第4話 俺はただの布だ……いや違う!
世間一般の常識では、俺たちのような“異能持ち”と呼ばれる能力者たちのことを“アンカー”と呼んでいる。
——理由は単純だ。俺たちの存在が、この世界と“異能”という常識外の力を結びつける“錨”のような役割を担っているからだ。
異能は空気のように誰にでもあるものじゃない。むしろそのほとんどは、血統や遺伝的素因、あるいはごく稀に起こる突然変異によって、限定的に発現する。つまり、才能と運命がたまたま噛み合った人間だけが“アンカー”になれる。
“アンカー”には大きく分けて6種類の系統がある。
一つは《物理干渉型》。炎を操るだとか、重力をねじ曲げるだとか、物理法則を直接いじる系統だ。派手でわかりやすく、戦闘向き。街を壊すのも救うのも、だいたいこいつらだ。
次に《認識操作型》。幻覚や洗脳、記憶の書き換えといった、相手の知覚や精神を揺さぶるタイプ。戦場よりも諜報や交渉で本領を発揮する。目に見えないからこそタチが悪い。
三つ目は《媒介感応型》。何かを“介して”力を行使するタイプ。道具、空間、物質、生物——媒介が何であれ、それを通して力を固定するのが特徴だ。俺の「ギフトステップ=魂付与」はこのカテゴリにあたる。
四つ目は《身体変容型》。肉体そのものを変質させるタイプ。超人的な筋力や速度、硬質化、再生能力など、生身を兵器にしてしまう。最も原始的でありながら、最も安定した強さを持つ。
五つ目は《環境適応型》。気候や地形、自然エネルギーとシンクロし、その場の環境に即した能力を引き出す。水中で呼吸したり、嵐を力に変えたり、都市そのものを味方につけることさえある。単体では地味だが、状況次第で戦局をひっくり返す“万能の裏切り者”。
六つ目は《情報干渉型》。電磁波、量子信号、数値データといった“情報の層”に触れるタイプ。近年になってようやく確認されはじめた新種で、電子機器を自在に操作する者もいれば、確率を改変する者もいる。最先端かつ最も不気味な系統。
共通して言えるのは、俺たちアンカーは“力を世界に固定する存在”だということ。異能そのものは本来、曖昧で不安定な現象に過ぎない。だけど、俺たちを媒介にすることで、それが現実に現れる。だからこそ世間は、恐れと敬意の入り混じった感情で“アンカー”と呼ぶわけだ。
……で、そんな立派な肩書きを持っている俺だが、現状はどうだ?
よりによってリンク先が“下着”。
これほどまでにアンカーの格を落とす出来事があるだろうか?
俺の「ギフトステップ=魂付与」は、“物体に新しい感覚を芽生えさせる”能力じゃない。
むしろ逆で、俺自身の感覚をその対象にコピーし、そこから世界を体験してしまうのが本質だ。
だからパンツに目や耳があるわけじゃない。
実際に見えているのは、俺の脳が勝手に補完して作り出した“疑似視界”だ。
……が、それが余計にタチが悪い。
視界の下半分にはひたすら地面。
その上には、左右から迫り来る太腿の“壁”と、時折バサッと揺れるスカート布。
そしてその向こうに、廊下や夕暮れの街並みが上下に揺れながらかろうじて覗ける。
(……これ、俺の精神に対する拷問装置じゃねぇか!?)
しかも聴覚までも“そこ”に引っ張られている。
パンツが音を拾うはずはないのに、なぜか彼女の足音や息遣いがすぐ耳元で響く錯覚。
距離の補正が狂っているせいで、彼女の存在が常に超至近距離にあると脳が認識してしまう。
(だ、ダメだ……これ以上意識したら……俺、完全に壊れる……!)
一歩進むたびに視界は上下に揺れ、太腿がぶつかるたびに世界は狭まり、スカートが翻るたびに暗転と点灯が繰り返される。
まるでホラーアトラクションとジェットコースターを同時に味わっている気分だ。
しかも、よりによってこれは帰り道。
すれ違う生徒たちが何気なく談笑する横を、俺は“下着の立場”で揺られながら通り過ぎていく。
もちろん誰も気づいていない。
だが俺だけは知っている。
この状況が、人類史上もっとも情けなく、そして間違いなく最悪にスリリングな帰宅風景であることを。
(落ち着け……俺はただの布だ……いや違う! 布に憑いた魂だ! いやもっと違う! ああもうどっちでもいいから早く解除させてくれぇぇぇ!!)
だが、解除すれば彼女に気配を悟られる可能性が高い。
このまま続ければ、彼女の生活空間にまで“同伴”してしまう。




