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第2話 よりによってなんで“そこ”なんだあああああ



…しかし、


我ながら自分の能力というものが恐ろしく思えてくる。俺が所持している能力「ギフトステップ=魂付与」は、学術都市が制定している評価基準では“B”に該当する評価となっているが、使い方によっては“規格外”と呼ばれてもおかしくない危うさを孕んでいる。

能力の一端を簡潔に説明するとすれば、“魂付与”というのは文字通り“自らの魂を共有できる”というもので、そこに空間的な制約はない。物質の種類や場所を問わず、指定した「物」に対し俺の魂の欠片を宿らせることができる。石ころでも、ペンでも、教科書でも、果てはお守りや机の脚にだって魂を宿せる。分配さえすれば、それは俺の「視点」と「意識」となり、同時に複数の存在としてこの世界を“体験”できるようになる。


便利? いや、それは時と場合によっての話である。今回の場合に限っていえば、「便利」という矮小な表現など無に期してしまうほどの行き過ぎた結果と成果を生み出してしまっている。

もはや便利というか“危険”だ。

制御さえ誤れば、見なくてもいいものを見てしまうし、感じなくてもいいものを感じてしまう。


……そして今、俺はまさにそれをやらかしてしまったのだ。


よりによって——よりにもよってだ。


なぜ「そこ」なんだ俺!? いや、俺が望んだわけではない。断じて違う。神に誓って違う。だが事実として、俺の魂は——三崎あかりの、清く正しく尊厳あるはずの“下着”に宿ってしまっている。


俺は目を開けていない。開けられるわけがない。

だがわかってしまうのだ。“視点”としての俺はそこに存在してしまっている。肌触りを——いやいやいや! 触れてはいない! 断じて触れてはいないのだが、意識がそこに存在している以上、布を隔てた柔らかな感触や、彼女の体温や、ありとあらゆる“情報”が流れ込んでくる。


ああ、やめろ俺! 冷静になれ! これはただの事故! 不可抗力! 望んだわけじゃない!

ただこれを“ただの不慮の事故”として処理できるような安易な事態でないことは、誰の目から見ても明らかだった。俺は今、未曾有の情報量の中で理性が焼き切れそうになり、人間としての尊厳が着々と失われつつある。


……しかも、だ。


そのことを彼女は知らない。ドアという壁を介していたこともあってか、幸いにも俺の人生最大のやらかしに気づいていない。彼女ともあろう優等生がこんな程度の低い失態に気づいていないのは神のご加護というべきか、不幸中の幸いと言ったところだろう。“本当に気づいていないかどうか”は神のみぞ知るといったところだろうか…?

…いやいや、とにかく今はそう願うより他にない。仮にバレていたら今頃俺の命は細切れになって消えていたに違いないし、こんな薄っぺらいドアの一枚壁など彼女の殺意と戦闘能力によって紙切れになっていたも同然だ。こんな時、彼女の能力が泡瀬里緒奈(学園のクラスメイト)の「メンタルクリアランス=思考透過」のような能力じゃなくてよかったと本当に思う。アイツの能力なら壁越しでも俺の思考回路や感情など手に取るように見通すことができていたはずだ。とはいえ、俺が魂を付与してしまった相手は“あの”学園随一の希少能力持ちと言われている少女で、そこらへんの生徒のようにのらりくらりと躱せる生易しい相手ではないことも事実。

なんと言っても目の前の彼女は、学年一の美少女として校内でも一躍有名になっているあの“孤高の天才”三崎あかりであり、都内どころか県外からも一目置かれている「学園ランクA」のカリスマである。

学園でも上位3%しかいないと言われている「A」というランクに、史上最年少記録となる入学30日以内での昇格という破格の実績持ち。

彼女は俺の初恋の相手——その人だった。今まで恋とか情事とかくだらないおままごと程度にしか思っていなかった俺の価値観を、たった1日で塗り変えてしまった人。入学初日に俺は悟ってしまったのだ。——ああ、この人はそこら辺にいる男子校生の人生の価値観など埃を払うように指先一つで押しのけてしまう存在なのだと。


そんな彼女が、である。

体調を崩し数日寝込んでいた俺を心配してわざわざ部屋まで様子を見に来てくれたのだ。ドア越しに「大丈夫?」と声をかけ、水分補給用にドリンクを置いてくれたその気遣い。俺は嬉しくて、ほんの少しでも彼女の近くにいたいと願った——その瞬間、俺の能力は無意識に発動してしまった。


よりによって“パンツ”に。


どうする? どうすればいい?

気づかれる前に解除? いや、意識を切り離せるのは確かだが、その瞬間“何かをした”気配を感づかれる可能性がある。バレたら最後、俺の学園生活は間違いなく終焉を迎えるだろう。いやそれどころか、人としての存在価値が地に堕ちる。


冷や汗が止まらない。心臓は限界突破のドラム演奏を繰り広げ、全身の血液が真っ赤に煮えたぎるのを感じる。


「……新戸くん?」


やばい。やばい。やばいやばいやばい。

ドアの向こうから、柔らかな彼女の声が届いた。俺の意識は二重になり、耳から聞こえる彼女の声と、“そこ”を通して伝わる彼女の体温とが同時に押し寄せてくる。


俺は叫びたい。

いや、叫んではいけない。

これは耐久戦だ。自分との戦いだ。


頼む、神様。せめて今だけは、俺に“無”の境地を与えてくれ。


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