第1話 どうしてこうなった?
説明しよう!
…いや、説明すると言ってもどこからどう説明すればいいのかわからないのだが、少なくとも今から話す「内容」は、何か悪いことをしでかしてしまった時の罪悪感や羞恥心から来る心苦しい“言い訳”などではない。
自慢じゃないが、俺はこれまで人に咎められるような間違いを犯したことはないし、できる限り誠実な人生を送ったきたつもりだ。
学校を休んだこともなければ、誰かの悪口を陰で言ったこともない。
俺のことをよく知っているクラスメイトたちは、俺がよもや“好きな人に振られたショックのあまり自暴自棄になり、自らの能力を暴走させてしまった”などとは思わないだろう。少なくとも俺には一般常識並みの了見があり、ついうっかり能力を暴発させました⭐︎なんてレベルの幼稚な問題行動を起こす輩ではないことは、俺を知っている者であれば誰もが思うところである(と思う)。
間違えて欲しくないのは、俺は至って平常心であり、いつもに増して気分は晴れやかであり、“狙ってそうなることを望んだわけではない”ということだ。これは非常に重要な部分であり、くれぐれも誤解なきようにお願いしたい。俺だって混乱しているところなのだ。こうなってしまった以上は嵐が過ぎるのを待つしかないのだが、問題はどのようにしてこの困難な「状況」から脱し、“平穏な日常を取り戻すか”だ。
…え?わざとじゃないのなら今すぐ誠実に真実を明かすべきだ?
いやいや、物事には順序というものがあって、いまさら正直に話して自分の過ちを正すなんて行為は、自分に非がないのに非を認めるような意味のない自白に値する愚行である。相手がただの知り合いや友達ならまだしも、俺にとって“彼女”は人生のラスボス以上に壮大で雄大な、——大自然の神秘や神の囁きに匹敵するかのような存在なのだ。俺はこんなところで人生を終わらせたくはない。“こんなところ”でというよりもこんな形で終わらせたくはない。今さらどう説明したって手遅れなのだ。今俺が直面している事態をそっくりそのまま説明でもしてみろ?相手がどんな聖人であっても“許される”という選択肢はいの一番に排除されるだろうし、仮に許されたとしても俺とその人の関係はそこで綺麗さっぱり終了だ。その事実は俺にとって「死」を意味する出来事で、………いや、これ以上話すのはよそう。今はとにかく集中するんだ。さっきから頭の付近に乗っかってくる未知の感触は、これまでの人生の全ての経験を凌駕するようなとてつもなく暴力的でファンタジーな“出来事“に他ならない。それに鼻の先に掠める芳醇な香りときたら……hshsh
悪気あるわけじゃないんだ(真顔)。決して、そんなつもりは毛頭ない。だがどう頑張ってもこの状況を冷静に対処できるほどの技量が俺には備わっていないというか、そもそもそんな心のゆとりが無い。
悲しいかな、普通の人間にはそんな都合のいい感情や度量は備わっていないもので、慎ましい人間には慎ましい人間なりの”身の丈“というものがあるのだ。
俺にはわかる。才能に限りのある人間にはどう足掻いても超えられぬ「壁」があることを。越えられないのならばいっそ静寂に身を任せているしか他に取るべき選択肢が無い。事態が収束するまでただ石の上に生える苔のように緩やかな時間の流れに身を任せ、四季折々の風情に耳を傾けていれば良かろう。さっきからどうも視界が暗くて仕方がないのだが、正直なところ今目を開けてしまえば、あまりの衝撃的な映像に人が人で無くなってしまう可能性があるため自重したい。俺はまだ人間でいたい。人間らしく人生を謳歌していたい。脳みそが焼き切れてしまうほどの過剰な刺激は老後の楽しみにでも取っておいて、今は深呼吸をし正座でもして茶でも啜っていようと思う(そんなものはどこにもないが)。