8 真夜中の空中散歩
そして夜になり、木製のベットで横になる私はなかなか寝付けずにいた。
もう怒鳴り声と共に叩き起こされる事は無いと分かっているのに、慣れない部屋にいるせいか、緊張が解れない。
「デュラン」
小さく呟くと暗闇の中からするりとデュランが現れる。
ラデュイオットの悪魔はその名を呟いて招き入れると、招いた相手の所まで瞬間移動出来るのだと、お茶会の後に教えて貰った。
「眠れないのかい」
優しいバリトンの声に「うん」と返すとデュランは私の手をそっと握った。
そのぬくもりにほんの少し心が解れていくのが分かった
デュランはいたずらっ子の様な表情を浮かべると、私の耳元で囁く。
「では、リトルレディ。夜の散歩にでも行ってみるのはどうだろうか?」
「・・・お散歩?夜に?」
「今日の星は一段と綺麗でね。ぜひリトルレディと一緒に見に行きたいのだけれど」
少し怖い。そう思う私と違ってデュランは酷く楽しそうだった。
藍色の瞳が爛々と輝いている。
彼は悪魔だから、もしかすると昼間より夜の方が好きなのかもしれない。
「少しだけ怖いかも」
正直な気持ちを言葉にする。
冷たく感じる暗闇への恐怖と孤独を感じる静けさ。
私は夜があまり好きではなかった。
「大丈夫。私が付いているから」
その優しい声に勇気を振り絞り、私はデュランが差し出す手を取りベットから起き上がる。
早く早くと言わんばかりに私の手を引っ張るデュラン。
ララを肩に乗せ、パジャマ姿のまま向かう先は玄関では無く窓際だ。
「ええっ!?」
デュランが迷うことなく窓から足を踏みだした先____それは空だった。
勇気を出して踏み出した足は落ちることなく宙に浮いた。
「・・・浮いてる!」
夜の空を二人で散歩している。
誰もいない、二人きりの屋敷だからこそ、それが出来た。
真っ暗なはずの世界は、星達の光で満ちていた。
空を見上げて思わず呟く。
「・・・綺麗」
雲一つない夜空には満点の星々。
大きな丸い月は手を伸ばせば届きそうだ。
デュランがぜひ見せたいと催促する理由が分かる位の美しい夜空だった。
私の手を握りながら、デュランはパチリと瞬きをする。
その瞬間、輝いていた星々が一斉に流れ始めた。
天から降るように。次々と光の線が夜空を横切っていく。
デュランが私の手を導く。
手のひらで流れてきた星を受け止めると、ぱちりと光って弾けた。
「夢みたい・・・」
「魔法だよ」
デュランは両手で私の手を包み込む。
青く光る星空の下、二人でクルクルと回りながら踊る。
ドレスも素敵な音楽も無いけれど、
この夜はどんな舞踏会よりも美しくて、幸福だった。
こんなに素敵な夜があるだなんて・・・知らなかった。
心の底からそう思った。
二人でしばらく空で遊んだ後、私たちは庭園にゆっくりと降り立った。
ふわりと夏の花々の花弁が舞い上がる。
星達は空へと帰っていった。
「どうしよう、余計に眠れなくなっちゃった」
ぱっちりと冴えてしまった目に頭を抱えていると、珍しくデュランが声を上げて笑った。
「ここには私と君しかいない。寝坊した所で誰も気にはしないさ」
そうして翌朝二人仲良く寝坊した。
パジャマのまま踊った星の夜____
その日を境に私は少しづつ。世界の美しさを知った。
私はデュランと色々な事をした。
ダンスや料理。ちょっとした悪戯も。
今までの生活とは比べ物にならない。
甘い砂糖菓子の様な、満ち足りた暮らしだった。