6 悪魔との再会
「さあ、街に回ったお迎えの日だ!」
私が監禁されてから半月後、伯爵がいつになく上機嫌な様子で私を部屋から出した。
白いシルクのワンピースを着せられた私は、執行の時を待つ死刑囚のような気持ちでカリディス侯爵の迎えを待つ。
ララが慰める様に私にすり寄った。
「いらっしゃったわ」
軋んだ音を立てて小さな馬車が家の前に止まる。
噂によれば、カリディス侯爵は私を買う為に私財の殆ど全てを投げ打ったらしい。
何故カリディス侯爵はそんなにも私を欲しがるのか。
その疑問はすぐに解ける事になった。
飾りのない小さな馬車。そこから降りてきた一人の男。
藍色の髪と瞳。すらりとした体躯に黒のスーツ。
見間違えるはずがない。
ずっと待ち焦がれていた私の悪魔。
デュラン!迎えに来てくれたのね!
そう叫んで駆けだしたくなるのを必死で抑える。
伯爵の前では私は「醜悪なカリディス侯爵に売られた卑しい娘」なのだから。
「・・・これはこれは、遠路はるばるよく来てくださった。」
デュランの美しさに一瞬言葉を失いつつも、伯爵はカリディス侯爵_____デュランと握手を交わす。
「こちらこそ、養子縁組を決めていただき誠にありがとうございます」
でっぷりと太った伯爵と違い、デュランの所作は洗礼されていてとても美しい。
パトリシア夫人が思わずぽつりと「素敵な殿方・・・」と零した。
シェリーも私を押しのけると、親し気に「私、シェリー!カリディス侯爵様ってとっても素敵な方なのね」と勝手に自己紹介を始めた。
「初めましてお嬢さん」
デュランがシェリーに一礼して微笑むと、シェリーの頬が真っ赤に染まった。
「バートリンス伯爵、来て早々で申し訳ないのですが、新しい娘との歓談を楽しみたいので、これにて失礼させていただきます・・・行こうか」
そう言ってデュランは私の手を引いて馬車へとエスコートしてくれる。
「シェリーも行きたい!!」
「これこれ、無茶を言うんじゃない」
赤子の様に駄々をこね始めたシェリーをなだめると、伯爵は「カリディス侯爵様、今後とも我が家と仲良くしてやってください」とデュランにすり寄って来る。
デュランは少し冷めた目でそれを見つめていた。
「機会があれば」
とそれだけ短く答えると、デュランは私の後に続いて馬車へと乗り込んだ。
馬車がカラカラと音を立てて進みだしたのを確認すると、私はデュランに勢いよく抱き着いた。
顔を埋めると体がふんわりと暖かな手に包み返される。
「約束、守ってくれたのね!」
「久しぶりだね、リトルレディ。遅くなってしまってすまない」
デュランが申し訳なさそうに微笑む。
低いバリトンの声が耳に心地よい。
迎えに来るなら事前に教えて欲しかったとか、もっと早く来て欲しかったとか。言いたいことは沢山あったけれど、今はただこの暖かな温もりに浸っていたかった。
「どうやって侯爵になったの?」
「なに、簡単な事さ。願いを一つ叶える代わりに爵位を貰っただけの事だよ。思ったよりも時間がかかってしまったけれどね」
デュランはなんて事の無いように言ってのけるが、伯爵よりも位の高い、侯爵の座を手に入れるのは簡単な事では無かっただろう。
「ああ、それと。一つ謝らなければならない事があるんだ。
君を養子にするために私財の殆どをあの伯爵に渡したせいで、今、私達は貴族の中で一番の貧乏人になってしまった」
使用人一人雇えない位に。
困ったようにデュランは肩を竦めたが、私はそんな事全然気にならなかった。
あの家から抜け出せた。
今はその喜びで胸がいっぱいだった。