5 絶望の白いワンピース
____あれから二か月の時が過ぎた。
デュランに会ったあの日から、何故か継母が私を殴る事は無くなった。
相変わらず私を”いないもの”として扱ってはいるけれど、殴られない分少しだけここでの暮らしが楽に感じる。
デュランが去り際に私に「ほんのおまじない程度の魔法」をかけたらしいのだけれど、それが原因かもしれない。
「あなたの主人はまだなのかしら」
腕の中に収まったララに目を向ける。
ララは私の言葉に応える様に、くるりと首を傾げ、「カァ」と小さくひと鳴きした。
まるで「もうすぐだ」と言っているかのように感じる。
私だって何もせずにただデュランを待っているわけでは無い。
父の書斎に侵入し、新聞を読み漁ったり、伯爵家の帳簿を盗み見て家計のひっ迫具合を確認していた。
分かったことは伯爵家はの貯蓄はそろそろ限界を迎えるだろうという事と、過去が少し変わってきているという事だった。
跡継ぎが亡くなり、家に引きこもるようになったカリディス侯爵。
領地の管理もままならなくなった彼は3年後に無くなり、カリディス侯爵家はお取り潰しとなる筈だった。
所が、一か月前突然カリディス侯爵が平民を跡継ぎとして養子として迎え入れたという。
それだけでも驚いたけれど、その養子の子とやらが、非常に商才に長けていたらしく、
この一か月で荒れ果てた領地を緑豊かな土地へと変え、所有していたダイヤモンド鉱山で莫大な資産を得たという。
今や彼は社交界の注目の的であると新聞に大々的に書かれていた。
徐々に未来が変わっている。
不安と期待が入り混じる中、ここ数日間深刻そうな顔で家を出入りしていたバートリンス伯爵が打って変わったようにニコニコと笑いながら家に帰って来た。
「今日は素晴らしい日だ」
その両手には綺麗に包装された沢山の箱が抱えきれない程重ねられている。
「今日は一体どうしたの?」
猫なで声で伯爵の元へ急ぐパトリシア夫人に満面の笑みを浮かべながら「喜べ!プレゼントを買って来たぞ」と右手に持った箱を全て渡した。
嬉々とした様子でパトリシア夫人が中身を開けると、箱の中には幾つもの豪華な宝石と服、靴が次々と出てくる。
遅れてやって来たシェリーはその膨大なプレゼントの量を見て、「ねえ!パパ私には?私にもプレゼントがあるんでしょ?」と飛び跳ねながら伯爵の左手に乗った箱の山を狙っている。
「勿論だとも、可愛いシェリー」
左手のプレゼントが自分の手に渡ると、シェリーはものすごい速さで箱の包装を解いていく。
大きな赤いルビーのペンダントを見るなりシェリーは歓喜の声を上げた。
「きゃー!これ欲しかったの!パパ大好き!」
可愛い娘に抱き着かれてまんざらでもない様子の伯爵は二人の興味が次の箱へ移ったのを確認すると、私の所へやって来た。
一体どういう風の吹き回しだろう。嫌な予感がする。と身を固くしていると、伯爵は私に白くて飾り気の無い小さな箱を手渡した。
「卑しい身分のお前にも買ってきてやったぞ」
(伯爵が私に何か物を買ってくるだなんて・・・!)
こんな事は一度も無かった。それに、今の伯爵家の財布事情を鑑みるにこんな贅沢な買い物は出来ない筈なのに。
恐る恐る中身を確認すると、白いシルクのワンピースが一着入っていた。
「一体何があったの。教えて頂戴あなた」
もったいぶった様子でニコニコと笑う伯爵に手を絡めながら、パトリシア夫人が待ちきれないと言わんばかりに何があったのかを聞いている。
「聞いて驚くなよ。カリディス侯爵がエリサをぜひ養子に迎え入れたいと申し出てきたんだ!山のような金を積んでな!」
ガハガハと笑いながら両腕を広げて積まれた金の多さを再現しながら伯爵はそう言った。
金に困った伯爵は私を多額の金で売ったのだ。
「まあ、商才はあるけれど性格に少し難があると有名なあのカリディス侯爵が?」
驚いたような声を上げながらもパトリシア夫人の口は弧を描いている。
彼女は私が今よりさらに不幸になるだろう事を楽しんでいた。
「良かったわねエリサ。カリディス侯爵様は幼い子供を鞭で打つのが何より好きな方らしいわ」
赤いルビーのペンダントを首元で光らせながらシェリーは私の耳元で囁いた。
「半月後に迎えに来るらしい。それまでそのワンピースは取っておくように」
ガハガハと豪快に笑う伯爵とは裏腹に私は絶望を感じていた。
(デュランとの約束まで後一か月だったのに・・・)
「お姉様が感動のあまり家から飛び出しちゃったら大変だわ」
シェリーのその一言で私はカリディス侯爵に売られるまでの間鍵のかかった部屋に監禁されながら過ごすことになった。
物置小屋よりも一回り大きな窮屈な部屋の中で私は腕に抱いたララに話しかける。
「ララ、もし私がカリディス侯爵に売られちゃったらデュランを呼んでくれる?」
ララは私の話を聞いているのかいないのか。小さな黒い目をクルクルと回している。
必ずデュランは私を助けに来てくれる。
何故だか分からないけれど私はそう確信していた。