2 異界の悪魔デュラン
「今度こそ幸せになる」そう決めた私はまず最初にやる事リストを作った。
恵まれない環境から幸せになるためにはどうすればいいか。それを具体的に紙に書き記していく。
一番大事な事はこの家から逃げ出す事。
次に手駒をそろえる事。
そして、「愛されたい」なんて気持ちは捨てる事。
「まずは私を助けてくれる魔物を召喚しなくちゃ」
回帰前、私は母と同じ魔物の召喚と使役の魔法使いだった。
魔界へと繋がる扉の封印を解き、溢れ出す魔物を使役した昔の私。
その知識は回帰した12歳の私の中にもちゃんと残っている。
この力を使えば王国騎士団に入る事も出来るだろうし、魔物を使役した運送業などの商売を考えても良い。
六年後には国家転覆さえやってのけるのだから何も恐れる事は無かった。
従順なふりをして”いつも通り”に家事をしてやり過ごす。
その間にこっそりとバートリンス伯爵の書斎に侵入して小さな羊皮紙の束とペンとチョークをキッチンからはパンを一斤貰っていく。
見つからない様に自室である物置部屋に戻って来ると、私は床に膝をついて羊皮紙に文字を刻んでいく。
回帰前の私が研究にを重ねて作り上げた最上級の召喚魔法の構図だ。
「ちょっと書きにくいけど・・・」
薄暗い物置部屋で何とか線を引いていく。
魔力が小さくても構図が正確なら召喚は成功するはず。
(慎重に・・・慎重に・・・・)
文字を書き終え、最後に自分の血を一滴魔法陣の中心に落とし魔力を込める。
「我が血に応え、我に従え!」
床に書かれた魔法陣からぶわりと白い煙が噴き出し、一瞬にして部屋全体を白く染め上げた。
「なに?これ・・・」
今までのどの召喚魔法とも違う感覚が私の肌を掠めていく。
ピリピリとしたものすごい量の魔力が部屋全体を包み、さらに膨れ上がっていった。
そして今度は何も無かったかのように急激に収縮していく。
「けほ、けほっ」
噎せ返りながら煙を両手で掻き分けると、煙の向こうで成人男性程の黒い影がゆらりと揺れ、落ち着きのあるバリトンの声が聞こえてくる。
「これは、これは・・・奈落の底のような深い欲望の持ち主の面を拝みに来てみれば、こんなか弱く小さい少女だったとは驚きだ」
煙の晴れた先で、深海のような深い藍色の髪と目の男が興味深そうに目を細めていた。
誰もが振り返る程の美人だ。
まるで絵画の様に整った顔立ちの男は、大抵の令嬢が恋に落ちるだろう柔らかな微笑みを浮かべている。
スラっとした体躯に葬式の時に着るような、飾り気の一切ないシンプルな黒の正装が良く似合っていた。
「初めまして。可愛いリトルレディ
私はデュラン・デュカ・ラデュイオット。
欲深く醜い人の子の欲を喰らい生きるラデュイオットの悪魔だよ」
以後、お見知りおきを。
貴族も顔負けの綺麗な一礼を披露して、悪魔は視線を私に合わせる様に跪いた。
言葉を返すことなく、私はただ茫然とその姿を見つめていた。
この世界には悪魔なんて生き物は存在しない。