第二話:青き制服、はじまりの誓い
【時代背景・世界の情勢】
かつて、世界は「抑止」の名の下に平和を保っていた。
第二次世界大戦を経て、国際社会は幾度となく危機に直面しながらも、冷戦とその終結、地域紛争と復興、そして人道支援による国際連携によって、表向きの秩序を保ち続けていた。
しかし、それも限界を迎えた。
2000年代初頭、とある国家の一方的な軍事侵攻を国連が止められなかったことを皮切りに、各地で戦火が再燃。
そして20XX年――。東アジアにも、かつてない規模の緊張が押し寄せた。
「東亜連邦」──軍事政権の下、急速に力を伸ばし海洋進出を強める新興連合国家。
その存在が、専守防衛を掲げる日本の海洋安全保障に大きな影を落とす。
日本政府は、戦後一貫して維持してきた憲法第9条の理念を堅持しながらも、「自国の領土と民を自らの手で守る」という新たな方針を明確に打ち出した。
その実現のために、国防の両輪となる二つの新組織が創設された。
一つは、外洋の脅威に対応する**「国防海軍(Japan Defense Navy/JDN)」。
もう一つは、沿岸警備と海上治安の維持を担う「沿岸警備隊(Japan Coast Guard/JCG)」**。
そして、これらの未来を託される若者たちを育成する場として誕生したのが、
神奈川県・横須賀港に設置された**「横須賀海洋特別高等教育機関」(通称:特海)**である。
【主な登場艦艇と登場人物】
◯横須賀海洋特別高等教育機関所属艦
・【まや型航洋教育艦「なち」DDG-182】
分類:イージス・システム搭載教育艦(国防海軍所属)
役割:戦術データリンク・対空戦闘の実戦教育、CIC訓練
特徴:艦内のCIC(戦闘指揮所)を実働可能な状態で維持し、現用イージス・システム(BMD機能含む)を搭載。
備考:「特海」の総合成績上位者のみが乗艦を許され、士官候補生にとって“憧れの艦”。事実上の精鋭教育艦。
・【ましゅう型航洋教育艦「しごつ」】
分類:補給艦型教育艦
役割:海上補給訓練、後方支援、燃料運搬
特徴:実際に艦隊への洋上補給訓練を実施可能。多科混乗教育艦であり、運用・補給・衛生に特化した実習が行われる。
◯横須賀海洋特別教育機関の仲間
・教育艦「なち」(DDG-182)
艦長:伊吹 遼介/3年・首席/性格:戦術的思考と冷静な判断力を持つリーダータイプ。
副長:朝倉 天音/3年/性格:気難しくも面倒見がよく、部下に厳しくも愛される。
砲雷長:藤村 翔/3年
船務長:三好 椿/3年
航海長:久賀谷 圭/3年
機械長:大隅 沙月/3年
補給長:安藤 匠/3年
衛生長:香月 結依/3年
4月7日(月)/0800
――横須賀海洋特別高等教育機関・第1訓練桟橋《まや型航洋教育艦『なち』ブリーフィングルーム》
「これより、『なち』年度初ブリーフィングを開始する」
艦長・伊吹 遼介の声が、艦内スピーカーを通して静かに響く。
出席しているのは、副長の朝倉 天音、そして砲雷長・藤村 翔、船務長・三好 椿、航海長・久賀谷 圭、機械長・大隅 沙月、補給長・安藤 匠、衛生長・香月 結依。
いずれも選抜された精鋭であり、この艦の運用と教育を担う“生徒士官”たちだ。
「本日より本艦への新入生受け入れを開始する。今日は艦艇見学、明日は甲板での整列と基本動作。その後、科別に分かれて初期指導」
遼介の言葉に、椿が即座に手を挙げる。
「船務科から補足。新人は31名。うち6名は外航経験あり。残りは完全な新人。初日はデータリンク演習に触れさせず、CICエリアには立ち入り制限を設けます」
「了解した」
天音が次いで報告する。
「副長から全体へ。受け入れ後、17時までには艦内点検を兼ねて新人に持ち場を歩かせます。特に機関室は迷いやすいから、機械長、同行よろしく」
「任せといてー」
沙月が頷き、整備用のタブレットを確認する。
「機関科、補機2系統チェック済み。空調も良好。……ただし、食堂の冷蔵庫が若干異音出してるから、昼過ぎに補修班呼んでいい?」
「やってくれ。補給にも影響する」
遼介が頷き、モニターに一つ記録を追加した。
「以上。各科とも、初日で“何を教えるか”ではなく、“何を見せるか”を重視してくれ」
「未完成な盾が、明日の海を守る、だね」
結依がぽつりと呟いたその言葉に、部屋の空気が一瞬だけ和んだ。
同時刻――
《ましゅう型航洋教育艦『しごつ』 艦橋》
「受け入れ準備、最終チェック完了しました」
副長・佐伯 瑞穂の報告に、艦長・塚本 慧は小さく頷いた。
「ありがとう。補給区画の鍵は開放済み?」
「ええ、各ロッカーにタグもつけました。あとは案内だけですね」
「混乱を最小限に抑えよう。初日で『迷っていい区画』と『迷っちゃいけない区画』は明確に」
『しごつ』は、教育艦の中でも特殊な存在だった。
戦闘能力ではなく、支援――補給、医療、整備、生活維持といった“後ろ”を支える役割を生徒に教える艦。
「今年も、“影の主役”を育てなきゃね」
瑞穂が笑うと、慧はわずかに口元を緩めた。
「俺らがいなければ、艦は動けなくなる。それを教えるのが、俺たちの役目だ」
0815
――横須賀海洋特別高等教育機関・潮風寮 講堂前
新入生の宇野 咲良は、制服の袖を軽く握りしめながら講堂の扉を見上げた。
深い群青に染まった制服に、銀の校章が鈍く光る。
それは、未来を守る“盾”としての誓いを刻む証だった。
兄は、緊張しなくても大丈夫って言ってたけど、
「やっぱり……緊張する」
思わずこぼれた言葉に、隣から応じる声があった。
「ま、緊張しない方がおかしいよね。あ、初めまして。山本 皐月っていいます」
ふわっとしたミディアムボブの少女が笑顔で名乗る。
彼女の手には小さな艦艇のピンズがついた手帳。おそらく艦オタクだ。
「宇野……咲良です。よろしく」
お互いに控えめに頭を下げると、すぐ近くから別の声が飛んできた。
「うわ、やっぱ女子ばっか集まってると思った〜!」
声の主は羽田 晴人。どこか人懐こく、動きも大きい。
「お前らも1年?よっしゃ、仲間仲間!俺、敎育艦『なち』の船務科配属なんだ。そっちは?」
「同じく『なち』の機械科です」
「一応、『なち』の砲雷科です。」
「えっ、みんな『なち』配属!?うわ、マジで!? 奇跡だよこれ!俺、羽田 晴人っていいます!よろしくねー!」
「山本 皐月です。こちらこそ宜しく」
「宇野 咲良です。こちらこそ宜しくお願いします」
咲良は、同じ艦艇の仲間がすぐに見つかって少し安心した。
「あの、すいません。先ほど、この学生証落としませんでした?」
そう話しかけてきたのは、切れ長の目元に細縁メガネがよく似合う、整った顔立ちの少年だった。
「え?これ、俺の学生証じゃん!マジでありがとう。助かったー」
「いえ、たまたま、落とされたところを見ていただけなので」
晴人が感謝を伝えると彼は、恥ずかしそうにそう話した。
「君も一年生?どこの艦に所属なの?」
「名前は、西田 陽です。『しごつ』の補給科に所属予定です」
皐月が聞くと陽がそう答えた。
「他の艦か…せっかく男友達が増えたと思ったのに…」
晴人が悔しそうに話すと、咲良が即座に反応した。
「確かに艦は違うけど、『なち』と『しごつ』は同じ第一訓練群だから、その他の艦に比べて一緒に行動できる時間は多いと思うよ。寮の区画も隣だし」
「え、マジ!?やったー。艦は違うけどこれからよろしくな」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
晴人が嬉しそうに言うと、陽も緊張していた顔がほぐれて嬉しそうだった。
その後も四人で不安を隠して笑い合う中、講堂の扉が静かに開いた。
「入場、始めます。座席は艦ごとに分かれて」
艦内仕込みの声が通るアナウンスとともに、咲良たちは整然と講堂へと足を踏み入れた。
講堂の中は、一階に新入生や在学生が座る席、二階には、保護者席が用意されていた。新入生の座る場所は、艦ごとに区分されている。
咲良たちが座ってからも続々と学生が入ってくる。
0830
――潮風寮 講堂・入学式
「只今より、横須賀海洋特別高等教育機関 入学式を挙行いたします」
壇上には、初老の男が立っていた。制服に肩章をつけたその男――
それが校長、古賀 啓吾 提督である。
「諸君。よく来た」
低く、だが力強い声が講堂に響く。
「ここは軍学校ではない。だが君たちは、武器を学び、戦術を学び、人を守る術を身につける場に来た」
講堂が静まる。
「盾は武器ではない。だが、力がなければ意味はない。君たちがここで学ぶことは、“守るとは何か”だ」
古賀の目は、まっすぐに生徒たちを見据えていた。
「国家は、簡単に守れない。人の命もだ。だが諦めなければ、守れるものもある。君たちの未来も含めて、だ」
言葉の重みが空気に沈む中、次に壇上へ立ったのは、スーツ姿の柔和な男性――
**蔦屋 聖一 教官(国際法担当)**だった。
「皆さん、こんにちは。法を教える者として一つだけ、伝えたいことがあります」
彼はポケットから小さな冊子――旧・国際人道法の抜粋を取り出して掲げた。
「戦う人にも、守るべきものがある。守れなかったものの数だけ、未来は重くなる」
その語り口は穏やかだが、言葉には重い真実があった。
続いて在校生代表として登壇したのは、「なち」艦長・伊吹遼介。
背筋を伸ばした制服姿が堂に入っていた。
「皆さん、ようこそ特海へ」
彼は言った。
「この制服は、まだ未完成の盾です。だがそれは、“成長できる”という証でもある」
ざわつく講堂の空気が、徐々に引き締まっていく。
「俺たちは、完璧じゃない。失敗もするし、悩みもする。だけど、決して後ろを向かない。海を背にして、前を見る――それがこの学校の誇りです」
拍手が静かに、だが確かに広がった。
0900
――潮風寮 講堂 オリエンテーション
講堂の空気は、入学式の緊張感から少しずつほぐれ始めていた。
壇上に立つのは、教務局主任の女性――ナディア・シュレイア教官。
長身に灰色のパンツスーツ、切れ長の瞳が講堂を鋭く見渡す。
「Good morning. I am Nadia Schreier, your instructor for electronic warfare and language integration.」
やや間を置き、日本語で話し始める。
「私は、東欧連合の防衛分析官を経て、ここに来ました。電子戦は“撃たない戦争”の最前線です」
モニターに映し出されたのは、波形のグラフとECM(電子対抗手段)の一例。生徒たちがざわつく。
「覚えておいてください。“誰かが敵に回る時代”ではなく、“誰かが既に仕掛けている時代”に、あなたたちは立っています」
次に現れたのは、対人戦闘と戦術講義を担当する――柊木 紗月教官。
黒髪をきっちり束ねた凛とした姿に、講堂の空気がまた引き締まる。
「座ってるだけで戦術は身につかない。まして、誰かを守る技術なんてなおさらだ」
教官の視線は、まっすぐ咲良を射抜いた。息を飲む。
「海に出る前に、まずは“人として、立って戦えるか”。そこから、私の講義は始まります」
続いて、学科課程の説明が教務教官によって読み上げられる。
【必修】防衛学/外国語(二か国語以上)/国際法/近代史/陸上戦/政治学など
【実習】艦内訓練(応急/機関/通信/運用)/救助訓練/潜水など
【生活課程】艦内当直/補給整理/艦内礼式・伝達実技など
咲良は、自分が“本当にこの中でやっていけるのか”を改めて考えていた。
「けど……やるしかないよね」
小さくつぶやくと、隣の皐月が微笑んだ。
「一緒に頑張ろう」
彼らの心の中には、緊張と不安、楽しみが入り混じり複雑な気持ちになっていた。
しかし、その心の中にはここで学ぶことの重要性を理解していた。
【次回予告】
無事に入学式が終了し、いよいよ新入生にとっての初乗艦が始まる。
そこには、新たな出会いが…。
二話が完成しました。
どうも、ねむりんと申します。
この物語は、昔から僕が「いつか読みたい」と思っていた、**学園×SF(しかも現代艦!)**という組み合わせを、思い切って自分で書いてみた作品です。
艦艇や海の描写については、できる限り調べて、現実に沿った内容になるよう心がけていますが、もし誤りや違和感のある部分があれば、感想などで教えていただけるととても助かります。
素人ながらも、真剣に、そして楽しくこの世界を描いています。
少しでも「面白い」と感じていただけたら、それだけで本当に嬉しいです。
これからもじっくり丁寧に物語を紡いでいきますので、どうぞよろしくお願いします!
追記:6月21日
今後の物語りの関係上少しだけ内容を変更させて頂きました。
申し訳ございませんが、もう一度読んでいただけると嬉しいです。