7.真っ向勝負マン
瑠遊は、幾分緊張気味の面持ちで小会議室へと足を運んだ。
この日は大手のクライアント先である大谷情報産業株式会社との定例進捗会が組まれており、そこにチーム全員で参加することになっている。
定例進捗会はインターネットの会議用アプリを使用しての電話会議となっており、双方共にビデオ画像をONにして、互いの顔が見える形で執り行われる。
クライアント先の担当者は30代のいかにもバリキャリ然とした女性で、名を刈谷美羽といった。瑠遊のチームメンバーらは大半が恐れをなしている人物だ。
何かと当たりが強く、歯に衣着せぬいい方でずばずばと切り込んでくる為か、結構おっかない印象が出来上がっていた。
そんな経緯もあり、瑠遊の部下達は皆一様にこの定例進捗会では積極的には発言しようとはせず、全ての対応を瑠遊ひとりに任せっきりとなっている。
勿論、瑠遊はチームの代表であり、皆を牽引する立場である以上、美羽からの厳しいツッコミに対しても率先して矢面に立たなければならないと覚悟しており、この定例進捗会ではいつも自らを鼓舞している。
その一方でチームメンバーに対しては、大丈夫だよ、という安心感を与えられる様にと努めていた。
ところがこの日は少しばかり、勝手が違った。
今までは参加していなかった厳輔が、確認したいことがあるといい出して、この定例進捗会に参加することになったのだ。
厳輔は本来、設計からコーディング、更に必要とあればテスト全般までを手掛ける、いわば裏方の職人だ。クライアント相手に顔を表に出す立場ではない。
そんな厳輔がどうしても出させて欲しいといってきた。瑠遊としても業務上のことであればと断ることも出来ず、この日は厳輔を小会議室に呼び入れざるを得なかった。
「それでは今日も、宜しくお願いします」
壁に吊るされたスクリーン上に、美羽の如何にも気難しげな顔が現れ、いつもの緊張感が漂う中、定例進捗会がスタートした。
最初のうちは恒例の進捗報告や不具合の発生及び修正内容の報告などで、時間を費やす。
瑠遊が文書を読み上げ、画面内に共有した資料やデータで説明を加えてゆくのだが、その都度美羽が硬い声音で色々と指摘を加え、チームメンバー全員の肝を冷やしてゆくという場面が連続した。
美羽は別段、怒っている訳でも声を荒げている訳でもないのだが、その静かな威圧感と容赦無い鋭利な指摘が瑠遊を含めたほぼ全員の胃をキリキリと締め上げ続けた。
そうしてひと通り、定例の報告内容でのやり取りが終わったところで、末席に陣取っていた厳輔がちょっと宜しいですかと手を挙げた。
(うわーっ! き、来たーっ……笠貫さん、ホ、ホントに大丈夫かな……?)
内心ドキドキしながら、それでも平静を装って厳輔に発言許可を与えた瑠遊。
一方、他のチームメンバー達はもう気が気ではないらしく、全員なるべく美羽の目には留まらぬ様にと俯いて視線を落としてしまっていた。
「このUI仕様とシーケンス図なんですけど、一部背反の懸念がありまして」
「ほぅ……それはどの様な?」
美羽は意外そうな面持ちで、画面内の仕様書に食い入る様な目つきで覗き込む仕草を示した。
その傍らで瑠遊は、全く臆することなく美羽を相手に堂々と仕様の不備面を指摘する厳輔に、凄い物を見た様な気分で視線を送り続けた。
「このプロセス生成タイミングですと、こちらのONSが間に合わんタイミングがあります。シーケンシャルに動かすなら兎も角、パラで動かすならもっとシビアに詰めんといけません」
「……確かに、おっしゃる通りね」
美羽は真剣な表情で、厳輔が指し示すシーケンスの一部と、その隣に表示されたログを見比べていた。
この時の美羽の姿勢は完全に受け身であり、これまで彼女が見せてきた攻めのスタンスとは明らかに様相が一変していた。
「えぇと、笠貫さんとおっしゃいましたか……代案はありますか?」
「幾つか引き直したシーケンスがあります。まずは御社でお持ち帰り頂き、他のモジュールと組み合わせた時の背反が無いか、ご確認頂けますか」
厳輔が立て続けに幾つかの修正シーケンス案を表示し、それらを圧縮データとして会議アプリのチャット欄に添付した。
美羽は感心した様子で、是非そうさせて頂きますと頷き返してきた。
「中々鋭い視点でのご指摘、誠に痛み入ります。今日は本当に良い議論が出来ましたね……それでは、弊社からの回答は次回の定例で提示させて頂きます」
今までに見せたことも無い様な満足げな笑みを湛えて、美羽はビデオ通話を終了させた。
その一方で瑠遊を含むチームメンバー達は全員、平然と席を立とうとする厳輔に揃って感心と畏敬の眼差しを送っていた。
「いやぁ、凄いですね、笠貫さん……あの刈谷さんにあれだけ堂々と物がいえるなんて……」
チーム内の若手で、明るい笑顔にてムードメーカー的な立ち位置にある江田泰治が未だ興奮冷めやらぬといった調子で憧れに近しい視線を向けたが、厳輔は仕事ですからとにべも無い。
「いえいえ、仕事でも、凄いですよ! あたしらなんて皆、刈谷さん超怖過ぎて、いっつも若峰さんに頼りっ放しで……」
瑠遊の隣から、泰治の同期で小柄な少女然とした雰囲気の藤崎莉奈が更に囃し立てた。
厳輔の出来る男っぷりを初めて見たという感じだった。彼女は以前から、頼りになる先輩社員らに憧れの念を抱く傾向にあったらしい。
そんな莉奈の前で厳輔が、クライアント先の怖い営業担当相手に真っ向勝負を挑み、逆にこちらの凄さを叩きつけて黙らせたのだから、興奮しない訳がないといったところであろう。
「まぁ、あれの出来が良いか悪いかは向こうが判断することです。来週の定例はお任せしますんで、結果だけ聞いといて貰えますか」
厳輔は相変わらず眉間に皺を寄せた仏頂面だが、この日の彼の活躍で、チームメンバーらの厳輔を見る視線に変化が生じたのは、間違い無さそうであった。