13.納得いかないウーマン
週末の夜、会社近くの居酒屋内に第一ソフト開発課の若峰チーム総勢七名が顔を揃えていた。
この日はかなり遅くなってしまったが、厳輔の歓迎会という趣旨で飲み会が開催される運びとなっていたのである。
集まったのは主賓である厳輔の他、チームリーダーの瑠遊、最年長の勇喜雄、一年目の泰治と莉奈、二年目の若手である朝倉正弘と、三年目の木村亜美。
厳輔は主に正弘、亜美のふたりとの間で業務上のやり取りをすることが多く、この宴の席でも、三人で言葉を交わすことが比較的多かった。
逆に一年目の泰治と莉奈は最年長の勇喜雄が面倒を見ていることもあり、予約で二卓取った四人掛けのテーブルのうちの一方を、この三人で占めた。
正弘はまだ二年目ということで厳輔の多彩な技術と蓄積を重ねた知識には大いに助けられていると頭を下げ、亜美は厳輔の仕事の速さと正確さにはいつも驚かされると手放しで称賛していた。
対する厳輔はオフィスでのいつもの仏頂面とは異なり、少しばかり表情が柔らかい。
酒の席だからというよりも、単純に自分の為に歓迎会を開いてくれたことへの感謝の念から、僅かながら笑顔を見せる様になっているのだろう。
しかし仕事関連の話で盛り上がるのもほんの最初の内だけで、次第にプライベートな方向へと話の流れがシフトしてゆく。
亜美は或る程度酔いが回ってきたことを良いことに、厳輔の恋愛観に切り込んでいった。
「ところで全然話変わりますけど、笠貫さんって彼女居るんですか?」
「いや、居ませんねぇ」
素っ気無い厳輔の応えに、亜美は心底驚いた様子。しかしその傍ら、瑠遊は内心で、
(よくやった木村さん!)
と密かに拳を握り締めていた。
実は瑠遊も大いに気になっていたところではあったのだが、上司の自分が訊くと間違い無くセクハラ疑惑へと発展しそうな気がしていた為、訊くに訊けなかったのだ。
その点、同僚で年下でもある亜美が訊いてくれるのが一番助かる。彼女が問いかける分には、ただのコミュニケーションで終わらせることが出来るからだ。
それにしても、矢張り厳輔に彼女は居なかったのかと改めて思い直した瑠遊。
過日、彼のマンションに泊めて貰った際にも女性の気配は微塵にも感じなかったが、この夜改めて、その事実が証明された格好となった。
ここで亜美は更に切り込んでゆく。酔いが回って恋バナ脳になっているのかも知れない。
「結婚とか、考えてないんですか?」
「まぁエエひと居ったらそれもアリっちゃあ、アリなんでしょうけど」
まだそんなひと居ませんわ、と苦笑を返す厳輔。
と、そこへ隣のテーブルから莉奈がグラス片手に椅子を引きずって参戦してきた。
「えー? 何ですか何ですか? そーゆーお話するなら、私も混ぜて下さいよー」
どうやら彼女もそこそこアルコールが効いているらしく、赤ら顔でけらけらと笑っている。
瑠遊は内心で思わず、若いって良いな、などとアラサー気分で呟いてしまった。
そういえば、祐一と付き合い始めた当初も部署内で色々訊かれたことを思い出した。あの頃の自分はまだ、祐一の男としてのだらしなさを見抜けなかった。
今思えば完璧にただの黒歴史だが、当時の頭の中は本当にお花畑だったなと自嘲する思いだった。
「っていうか笠貫さん、主任とかどうですか? 年齢的にも丁度良いんじゃありません?」
と、ここで莉奈が盛大な爆弾を投下。
瑠遊は飲みかけのレモン酎ハイを危うく噴き出しそうになった。
「ちょちょちょちょっと藤崎さん! それは幾ら何でも、笠貫さんに失礼ですって!」
「えー、どうしてですかー? 主任って美人だしスタイル良いしバリキャリだし、全然良いと思いますよー」
すっかり歯止めが利かなくなっている莉奈に、瑠遊はひたすら慌てるしか無かった。
しかし当の厳輔は、社内恋愛ルール解禁早々いきなりそれですかと、静かに笑うのみである。
するとそこへ、正弘が助け舟を出した。
「笠貫さんって今まで、何人ぐらい付き合って来たんですか?」
「学生時代にひとりだけです。それも、そんな長続きしませんでしたけどね」
厳輔は大ジョッキで生ビールをぐいぐいやりながら、小さく肩を竦めた。
これは瑠遊にとっても意外だった。もっと大勢の女性を虜にしていても良さそうなものなのに。
亜美と莉奈も瑠遊と同じ感想だった様で、意外だ意外だと連発していた。
「えー、じゃあ社会人になってからは、誰ともお付き合いしたことが無いんですかー?」
「無かったですねぇ」
莉奈の問いかけに対し、厳輔の応えはシンプルだった。特に悲観している様子も無く、ただ単に事実を答えているという様な雰囲気だった。
「不思議ですね。笠貫さん、イケメンでマッチョで仕事も出来るし、普通放っておかないと思うんですけど」
亜美は未だ信じられないといった様子でじぃっと厳輔の端正な面を眺める。
しかし厳輔は、別に不思議なことじゃないとかぶりを振った。
「いや、俺ね、口うるさ過ぎるんですよ。最初で最後の彼女も結局、それが嫌やっちゅうて逃げられました」
「え、そうなんですか」
これには思わず、瑠遊も驚きの声を禁じ得なかった。
一方の厳輔、兎に角心配性であれこれ訊き過ぎてしまうと苦笑を返した。それが余りに母親みが強過ぎて、一緒に居る女性は大体辟易してしまうということらしい。
(あ、それは何となく分かるかも……)
厳輔のマンションに泊めて貰った夜、瑠遊も同じことを感じた。
あの日の厳輔はオトコというよりも完璧に保護者だった。親が子に接する様な感じで、何かと瑠遊に世話を焼いていた。
(でもそれってつまり、それだけ気にかけてくれてるってことだと思うんだけど……実際付き合ってみると、やっぱり口うるさいって感じてしまうものなのかな……?)
瑠遊には寧ろ、ありがたい話だと思った。
祐一が余りにだらしなさ過ぎた為に、余計にそう思えてならなかった。
(お母さんみたいなカレシ……良いと思うんだけどなぁ)
厳輔を拒絶してきたという女性達に対し、瑠遊はどうにも納得がいかなかった。




