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第五話 初めての授業

それから五日後、蒼雲閣で初めての授業が行われた。

蒼雲閣の授業は経書けいしょを主にした授業が一般的だ。また、国子学、太学、四門学、律学、書学、算学を学ぶ。これを六学りくがくという。

「急げ!授業に遅れるぞ!」

全凛と恵伽が慌てて部屋に来てくれる。

先生たちの配慮で識夏はひとり部屋になり、楽しい蒼雲閣生活を送るーはずだった。昨日までは。

(ひー!初日からいきなり遅刻とかキツい!!)

「ちょちょっと待ってて!」

他の生徒と圧倒的に違うのは化粧をしなければならないというところ。

普段している化粧とは少し違うが、ほおを赤く染め、口紅を引き、眉をつくる。

これがかなり時間がかかって仕方ない。

「おっ…」

部屋を出ようとした瞬間、なぜかいきなり鐘善が出てきて識夏はいきなり頬を染めた。

なぜか恥ずかしい。鐘善にこれを見せるのが。

「何をもたついている。行くぞ」

「は、はい…」

識夏と鐘善たちは、急いで教室に向かう。



***


「それでこの数字にこちらを足すと…」

今日の一時限目の授業は数学書を用意たものだ。

蒼雲閣の数学は数学書と九章算術を用意るもので、ハードルはそこらの学校と比べものにならないくらい高く、蒼雲閣に入る前にしっかりと勉強していないとつまずいてしまい、落第の恐れがある。

「次の問題に移る」

先生の指示でページをめくるが、識夏が恐ろしいくらい美しいので、全く集中できない。

「どうしました?あ、い、いや…どうしたの…?」

「別に…なんでもない」

敬語ではなくともよいと言ったのは自分だ。自分だが、なんというか識夏の可愛さに参っている。

「なんでもないって…全然書いてないわよ?」

「だ、だからなんでも…!」

「そこ、静かにしなさい。授業中だぞ」

『申し訳ありません…』

先生に叱られふたりは落胆する。

元はといえはば識夏が悪いのだが、自分もそれに反応してしまったため謝ることにした。

『授業が終わったら、またお話できる?』

紙に書かれてあるひと言。

たったひとことだけど、鐘善には大切なものに見る。



だらだらと続いた授業が終わり、鐘善は識夏と話す。

「どうした?識夏」

「蒼雲閣に来れたらこと本当にありがたくおもってる。罪人であるわたしが、役人である官吏を目指せているのだから。でもね…」

彼女は淡々と言葉を綴る。それがいつ終わるかなどわからないが、鐘善は終わってほしくない、そう感じてしまった。

初めてできた想い人。この者と生涯を共にする覚悟。

彼女が望むのであればどんなことでも叶えてやりたい。

本当に望むことも、そうでないことも、全部だ。

「罪人である私は、ここにいる人間とし相応しくないの。決して」

消えるとでも言うのか?

死ぬとでも言うのか?

自分の前から消えるとでも言うのか?

やめてほしい、それだけは、なんとしてでも。

「今日初めて授業を受けてわかった。わたしには、全てが向いてない。高度すぎる授業はとてもじゃないけど、わたしには向いてないし、わたしはなんの取り柄も志もないわたしには男の中に混じって生きていく度胸なんてない。なのに、どうやって生きろと?」

自分のそばにだけいればいい。自分に仕えろとは言わない。ただ、そばにいてほしい。

「やめろ」

突拍子もないこの言葉に、自分でも驚く。

誰かの言動にやめろなど言ったとがないからだ。

「私のそばにだけいればいい」

識夏がいないあしたなど考えられない。

短い間だったけれど、自分はかなり識夏に引かれたらしく、識夏に惚れてしまった。

「そんなにわたしのことが好きなのですか?でしたら、わたしがあなたのことを好きと言わせるまで、待っていてください。そんなこと言われても、家のこともありますし…急にお返事できません」

「そう…だよな。すまない」

失敗…してしまったのか。フラれたのは初めなので、どうしていいなわからない。

(そんなに嫌いか、私のこと)

去っていく識夏のことを見ていると、なんだか初めての感覚に陥った。

これを恋だとしるのは、もう少し先のことである。



***


ーどうかしてる!

本当にどうかしている。出逢って数ヶ月と経たない人間に、愛の告白をするなど。

まるで恋愛小説のようだった。

恋愛小説ならば、あそこで結ばれていただろうか。

識夏は小説通りにいかない人間だから、あそこで結ばれることは絶対になかっただろう。

少なくとも、出逢って数ヶ月も経たない人間に口説かれたら誰でも驚くに違いない。

識夏はそれをされたのだ。相手を傷つけない返事ができたことがきっと、唯一の救いだ。

「少しいいか?」

「…先生?」

先生に呼び出された。何かよらからぬことをしてしまったのかわからないが、自分にとってよくないことだろうと思ってしまう。



静かな誰もいない部屋に呼び出され、識夏は表を伏せる。

「どうした、そんなに改まって」

識夏を呼び出したのは林渓だ。

だが林渓からはあの名家、林家の者とは思えない人格で、生徒からも高い評判を得ている。

なぜ林家から先生が出たのかは不明だが、名家の家の者が蒼雲閣に来るのは珍しい。

「い、いえ。先生と一緒に話すのは初めてだな〜と思い、緊張してるだけです。申し訳ありません」

「いやいや、こちらこそ。勉強の邪魔をしてしまってすまないね」

識夏は首を横に振り、そんなことないです、と控えめに言った。

通りで評判が高い先生だ。納得ができる。

「君は身分を偽って蒼雲閣に入った。その罰はとてもじゃないが重い。女人にょにんには耐えられそうにない罰が下るかもしれない」

女人に耐えられない罰ならば、識夏に耐えられる罰ではない。

死刑だろうか、追放だろうか、或いは身分剥奪か。

どれも考えたが、識夏には相応しい罰だった。女人禁制になったと承知して蒼雲閣に来たのだから。

「はい、充分承知です」

「ならばよい。そなたを死なせるわけにはいかないので、蒼雲閣はとある策を練った」

「…どんな…策ですか?」

自分だけのためだけに蒼雲閣が一丸となって策を練ってくれた。それがどんなにありがたいことか、識夏は充分理解している。

「そなたを隠し切る。つまり、隠れ鬼だ。楽しいだろ?隠れ鬼」

林渓はにこっと笑うが、隠れ鬼は政治には関係ない。寧ろ、庶民の遊びだ。

これがどう識夏に関係するのか不思議だが、政治のスペシャリストが考えてくれたから、きっと凄いものに違いない。

識夏は胸踊らせた。

「己を隠しながら、成績を上げなさい」

林渓が希望ある目で自分に微笑みかける。

そんな目で見ないでと言いたいが、これは受け止めなければならない。

「…はい!」

これから起こること、全て楽しもう、そう思えた。

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