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第四話 恋

人を好きになったことなどなかった。

婚約者といえど、人に決められた婚約。

そんなに好きになったことのない人と、結婚なんて無理だ。絶対に。

「合格したな」

「はい」

女の姿に戻った識夏。

識夏は豪華な衣を身にまとっている。

桃色の襦裙じゅくん、紫色のかんざし紫水晶むらさきすいしょうをあしらった歩揺ほようすみれの生花を挿した姿は仙女を想像させる程美しい。

「美しい…」

「そうですか?」

「はい」

自分ではない声に驚き、しばらく話せない。

誰だ。こんな雰囲気のいいときに、まったく。

「先輩?」

「知り合いか」

識夏の知り合いなら仕方ないが、よりによって何もこんなときに来なくてもいいのに。

鐘善は少し、しょぼんとなった。

「君は嫉妬深いね。すぐに嫌われてしまうよ?嫉妬深い男はね」

甘ったるい声に嫌気が差す。

「あなたは誰です?」

「俺は林集。林渓先生の甥だ。嫉妬には気をつけなさい。いずれ、己を滅ぼす」

まるで自分がそうしてきたかのような口調。

どうしてこの者はこんな口調なのか聞きたくなる程、いやらしかった。

「余計なお世話ですね。嫉妬なんてしてません。…お気になさらず」

「…そんなことより、ふたりとも。合格おめでとう」

話をそらすように言われたので、余計に腹が立つ。

「ありがとうございます」

余計に腹が立った理由は識夏と仲良くしているからであり、他のことは一切腹が立っていない。

「それくらいにして!」

珍しく怒鳴る。

そんな自分に今でも信じられないのだ。

「もう行こう、識夏」

識夏の手を引っ張り、識夏を教室に連れていこうとした。嫉妬…だろうか。十八の男が情けない。

「君、その男には気をつけた方がいいよ〜」

林集は識夏に手を振る。

歯ぎしりが怒る程、いやだった。



***


いつにもなして鐘善の機嫌が悪い。朝から自分の嫌いなものが出たのかわからないが、自分が関わっていないことを願う。

「鐘善さま…」

「どうした?識夏」

「鐘善さまが今日、いつにも増して気分が優れられないので心配に…」

「ああ、優れないな」

ビクッとした。

もし具合が悪いなら、医者に見せなければならない。

もし自分のせいで怒っているなら、機嫌取りをしなくてはならない。

「怒られるのがいやか?」

「はい…。あ、い、いえ!」

正直に言ってしまった。

誰でもいやだが、識夏はなぜか怒られるのが苦手だ。

昔怒られすぎたか理由はわからないが。

「では、お前には怒るのをやめよう」

鐘善が幸せそうに微笑む。ー信じられない。

「えっ?」

「いやなことは誰だってやられたくないだろ?」

「ありがとうございます」

「あと、これからは敬語はなしだ。お互い友として、全力を尽くそう。国のために」

「…はい!」

敬語を使ってしまい、慌てる。

敬語を使わないところでどうにかなるかはわからないが、それでも嬉しかった。

生まれてできた友だから。



識夏たちは教室に向かった。

これから、蒼雲閣で使う衣と規則を全て把握するためだ。

蒼雲閣の規則は全部で二百。多すぎるため、二回に分けて説明するらしい。

もし破れば授業に一日出られないという。

「この規則はただの規則と思うが、ただの規則ではない。この国を守るための規則と思え。規則は程々にしておいて、お前たちが楽しみにしている制服を渡すとするか」

蒼雲閣の制服は女子は深い青と白が混じった襦裙じゅくん

男子は深い青色の深衣しんい

これから見れる制服が楽しみすぎて、つい興奮してしまう。

「可愛いお嬢さん」

隣に座っていた生徒がいきなり話しかけてくる。

「は、はい!」

「そんなに嬉しいのかい?あ〜そうそう。兄上が迷惑かけたね」

「えっ?」

「聞いてなかったかい?林渓の甥、林集には玉のように可愛い弟がいるって。兄上にも困ったものだよ。あ、私の名前は林恵伽りんけいか。よろしく」

いかにも甘やかされて育ったんだな、という程可愛らしい笑顔に惹かれる。

そういえばこの前、自分には玉のように可愛い赤子のような弟がいるとかなんとか言ってたような。

「こちらこそよろしく」

「君とはいい友だちになれそうだよ」

気の抜けそうなふんわりした声に美しい茶色の髪。白い肌は健康的そうでないが、体自体は元気そうだ。

「恵伽」

りんか。君は全凛を知っているかい?全凛は私の親友。妹さんが後宮に入っていてね、陛下のちょうを得ているらしい。将来有望な官吏かんりってこと」

朝廷ちょうていと呼ばれる国内最高の行政機関の奥には後宮という女の城があり、そこではみかどの子を産むため寵 (帝の愛)を競う。

寵を得た者は皇太子を産む可能性もあり、その親戚の者は出世が約束される。

「そうなんですね」

「てか同い年なんだし、敬語はいいよ。呼び捨てでいいかな」

「はい、もちろん。じゃあわたしも凛と呼んでも?」

「もちろん」

ぜん凛は四方八家の者で、大金持ち。

もちろん将来を約束されているので、負担も持ち合わせているのだろう。

「ありがとう、よろしく」

今までにない友情に少し浮かれてしまう。

浮かれてはまたよからぬことが起こるというのに、つい浮かれてしまうのだ。

「何をぼさついてる。早く制服を取りに行け」

先生に言われ制服を取りに行く。

これから始まる蒼雲閣生活は、今まで以上に楽しいものらしい。



***


「凛」

「恵伽…。ゴホッゴホッ…」

「大丈夫か?」

「ああ…」

全凛は元々病弱で、官吏を目指せるほど体が強くない。

それにも関わらずここに来た。

何か強い意志を持っているに違いない。そうではないと無理だから。

「君はなんで蒼雲閣に来た」

「恋がしてみたい」

「…えっ?」

「ここは学園だ。学園ものの小説なら、ここで恋をするものだろう?だからしてみたいんだ。こんな体が弱い僕じゃ寿命もきっと短い」

「できるといいな」

全凛といえば本の虫。

それは大層凄いもので、皇帝陛下さえも絶賛するくらいだ。

陛下からはいずれ、本を出版するよう命じられている。

どうしてもふたつとも叶えてやりたい、そう思った。

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