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『こんにちはー。結界に魔力注ぎにきました!』

『おやルーズちゃん。いらっしゃい、ちょっと待っておくれ』

 村にはギルドがないため村長さんの家が管理してくれている。村長さんは手慣れた様子で奥の部屋から小さな箱を持ってきた。

 他の結界魔法具は地面に固定された高さ1メートルほどのものが大半だったが、この村では両手で持てる大きさの箱だった。


『これが、結界魔法具…ですか?』

 タナーが驚くのは無理もない。多分この国でこれが現役で使われているのは恐らくもうここしかない。

『一応、中央の美術館にも飾られてた立派な結界魔法具よ』

 ただ古すぎて歴史的な扱いなだけで普通の魔法具だと説明するが、さらに混乱を招いたようでルーズは申し訳なくなった。



 箱を受け取るとルーズは魔力を注ぎ込んだ。


 国の結界魔法具は壊れたら申請し新しいのと交換する決まりがある。この村は魔物が少なく使用頻度が少なかったのと村人たちの手先が器用なため自分たちで修理し長年使用することができた。


 つまり壊れなかったので、ずっと古いままになってしまった。

 リーベの町も似たような感じで中央では歴史の教科書に載っているような魔法具がまだまだ現役だったりする。



 箱型の魔法具は今多くの町で使われている結界魔法具より容量は大きいため見た目よりも強い結界を張ることができる。

 だが容量をいっぱいにすればの話なので普段は村の人が少しづつしか魔力を入れられないため弱い結界しか張れていない。


『久々に入れるの緊張する…』


 古い魔法具は魔力を注ぐのにコツがいる。入り口が狭く無理に入れようとすると壊れるのだ。魔力コントロールが出来るようになってからは魔法具に魔力を注ぐ仕事をルーズはしていた。

 魔力を極力細くし長く注ぎ続ける。焦って早く流すと魔法具に拒否されるため魔力を目一杯注ぐには根気よく入れる必要があった。


 タナーはその様子をじっと眺めた。


 これは、ただの魔力操作の修行では…?


 恐らく昔の人々は魔力の鍛錬を生活に取り込んでいたのかもしれない。便利なものが増え廃れてしまった魔法文化を垣間見た気がした。

 



『終わったー!』

 満足そうなルーズの顔を見て『お疲れ様でした』とタナーは冷たいりんご水を渡した。

 ぷはーっと飲み切った後に『え、どっから出てきたの?』と困惑し呟く姿にメイドは満足した。


『おお、今日もいい魔力が詰まった。ありがとうなぁ。村のもんじゃこうはいかんからなぁ』


 これで村の結界は半年は持つはず。

 村長さんの嬉しそうな顔を見たルーズは、これで安心して中央に帰れる、とほっとした。

 良かった、と胸を撫で下ろしながらふと気付く。生まれ育った村にいても、中央都市が帰る場所だと思えていることに。

 寂しいような嬉しいような不思議な気持ちが広がった。




 村長さんの家からの帰り道にルーズは慣れ親しんだ村を見渡しながら歩いた。中央の街並みとはまるで違う。全く違うがどちらも自分の大切な場所。


 みんな、元気にしてるのかな…寝れているだろうか。


 中央の人たちを思い出すと不安が頭を過る。きっと彼らは最善を探して動いているはずだと、彼らを信じ自分のやれることを探そう。


『ねぇタナー、村周辺の見回りも行っていいかな?』

 魔力探知をしたところ変わった魔物も大きな動物もいなそうだが念の為。タナーは快く頷いてくれた。

 

 村の不満要素を少しでも潰すために草原の上から、林の中まで2人は飛び回った。

 辺りが暗くなりタナーがそろそろ帰ろうと言うまでルーズは出来る限りを見て回った。

 どんなに見てもこれで絶対大丈夫とはならなかった。やれることは他にないかを頭の中でぐるぐる考える。


『ルーズ様』

 優しい声に振り向くとタナーはルーズの目を見つめ『大丈夫です』と言ってくれた。根拠なんてないが、欲しかった言葉に縋り付く。

 分かっている。今何をしようときっとどうしようもない。この先は分からない。

 大丈夫だと安心するには村に被害が出る前に終わらせるしかない。大丈夫だとルーズは自分に言い聞かせた。



 家族が待つ家に戻ると、美味しそうな匂いが溢れていた。

『今日はルーズの好きなものいっぱい作ったから、いっぱい食べてね』

『私も手伝ったから絶対美味しいよ!タナーさんも食べて食べてっ』


 村でしか取れない山菜パンに薬草スープ、赤い実のパイ。乾燥させた果物も用意されていた。

 中央では食べられなかったものばかり。ルーズの好物がずらりと並べられていた。


『わぁありがとう!…いただきますっ』

 懐かしい母の味が口に広がる。噛めば噛むほど味が出てくる山菜パンに『美味しい…お母さんありがとう!』と言いたかったが言葉が出てこない。


 あれ?口がうまく回らない…ああおかしい。視界がぼやけてきた。


『おか、あ…さん』

 そう一言言うのが精一杯だった。そこからは嗚咽を上げながら時間をかけて最後まで味わった。何も見えないが大好きな母の味だけは見失わないようにとゆっくり味わった。

 食事が終わるまで誰も話さなかった。

 気付けばルーズだけではなく、父も母も妹も泣きながら食べていた。必死に声を漏らさないように歯を食いしばりながら。


 家族にはキーラからの手紙でこれから起こること、ルーズが戦場に立つことを知らされていた。だが家族が知っていることを知られては娘が姉が負担になってしまうかもしれない、そう考えて黙って何も知らないよう振る舞おうと決めていた。


 キーラからは知らせとともに大丈夫だと力強く本当に大丈夫なのだと思える言葉が書かれていた。だから大丈夫だと本当に思っている。いるが、もしもを考えてしまう。

 ルーズがもしも…と。

 

 歯を食いしばりルーズの覚悟を無駄にしないように、また会えるように願いながら家族は、ルーズの好物を口に運んだ。

 

 そんな家族の様子から彼らが何も言わなくても何を思っているかをルーズは知ってしまった。何も言わない理由も。


 ごめんね…絶対に戻ってくる。



『ごちそうさまでしたっ!』

 ルーズは涙でぐちゃぐちゃな顔のまま叫んだ。

『ごちそうさまっ!!』

 妹がさらに大きな声で叫んだ。

 あまりにうるさくて母が怒ったが、父も妹も笑っていた。ルーズも母もそれにつられて笑った。


『もーうるさいよー!あ、今度来た時も赤い実のパイ作ってー!』

 なるべく自然に聞こえるように"次"の約束をする。生きて帰ってくるから、と。

『じゃあ特製のジャムもつけるから、ね』

 何ジャムかは次来てからのお楽しみだからと言われてしまえば、絶対に生き延びるしかない。


『えー何それ。じゃあ楽しみにしてる』

 タナーも一緒に食べようね、と約束の道連れにしておいた。また、みんなでここで会うために。





『さあ明日も早いんでしょ?早く寝ないと』

 たわいのない話に盛り上がっているといつの間にやら窓の外には綺麗な月が浮かんでいた。

 村では夜遅くに家の明かりをつけていると虫や動物が寄ってきてしまう。もう寝る時間だ。

 こんなところにも中央との違いを思い出しくすりと笑った。

『うん、そうだね。みんなおやすみ!』


 ルーズの部屋にタナーの布団を敷き一緒に寝た。


『この村の夜は、私の故郷に似ております』

 外からは鳥や虫の生きる音が鳴り響く。うるさいはずがなぜか落ち着くのはルーズだけではなかったようだ。


 おやすみなさい、と声をかけ騒がしい夜の中2人は静かに眠った。



 

 

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