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『そうだ、2人ともご飯食べたの?』
『もう食べたよ。食堂のおばちゃんがお弁当くれた』
今はお昼を大きくすぎた時間だ。
通り道を作りながらの移動は普段よりも時間がかかってしまった。10時ごろにリーベを出たと言うとルーズの家族たちは『ああ、あそこの木のとこね』とすぐに理解した。
この周辺では数日通らないだけで道がなくなることはよくあることらしいと、タナーは自然豊かな土地とそれに対応している住人たちに感心しながら話を聞いていた。
『あ、そうだ。これここに置いておいて』
ルーズが取り出したのは土蜂に貰った花が入ったケース。魔除けの効果があるので置いておくだけでも効果があると説明した。
『あら、久しぶりに見たわ。私たちが小さい頃はたまに見かけたけど最近はあまり見かけなくなったのよね』
花は昔は村の近くによく咲いていたらしいが魔除けの効果があったのは知らなかったよう。
『ありがとう。可愛い花だし玄関に飾るわね』
母は可愛いというが、ケースにただ一輪の花が浮いているだけ。家に置く分にはそれでも良いと思ってたが玄関に飾るには味気ない気がする。
『飾るなら、ちょっと待って…』
ルーズはケースを少し開けて、ふぅーと魔法をかけた。すると夜空のレースを纏った可愛い花飾りが出来上がった。きらきらと優しく輝く花は神秘的な作品のようになっていた。
『あらいいじゃない!ありがとうね』
『お姉ちゃんの魔法、カッコイイから綺麗な感じになったんだね!すごい!』
父は何も言わなかったが、一輪の花を嬉しそうに眺めていた。
『キーラ"さん"から聞いていたが…ルーズの魔法がこんな風になるなんてなぁ。暗くなるのも使い道がありそうだったが。
頑張ったな〜』
父は笑いながら、うんうんと頷き、母と妹も『本当にね』と嬉しそうだった。
…ん?
いやいや、待て待て。
『キーラ"さん"て…なに』
まさか宰相のことじゃないだろうな。まさかそんな…
『何を言っているんだ。キーラさんはキーラさんだろう。流石に公爵家の当主をマイルズさんとはお呼びできないからな〜』
理解できないルーズを理解できない家族。
まさかのまさかだった。
こっっわ。うちの親こわ…
あとキーラ宰相の名前…マイルズなんだ、知らなかったわ。
この国では貴族の当主を家名で呼び、当主以外を呼ぶ時は名前で呼ぶ。そして当主を名前で呼べるのは近しい親族のみ。
ルーズの父はキーラにとって親族扱いになっているらしい。
『え、ていうか…やりとりしてたの?』
キーラの忙しさを考えれば頻繁に連絡が取れていたとは思えないが。
『え?毎週手紙が来てたが…知らなかったか?』
え?はこちらだ。そんなの知らなかったですね。
『ルーズより手紙が多かったわよ。いい人たちよね』
『そーそー!お義兄ちゃんも来てくれたし!』
知らなかった情報にルーズは頭を抱えた。タナーを見ると特に驚いておらず、知らなかったのは1人だけだったようだ。まじか…
家族の話によると、ルーズのことだけでなく貴族社会についてや魔法のこと事細かく近況の知らせや説明がされていたのだという。こちらからは、ルーズの好みや村での生活の様子を知らせたそうだ。
シヴァンも二度ほどこの村を訪れ、一度は泊まったらしい。
そういうやり取りを経て、キーラ家とベクタール家はとても良い関係性を築いた。ルーズの知らぬところで。
宰相のルーズへの説明不足は忙しくしょうがないかもしれないと思っていたが、完全に故意だったと判明した。
いや、知ってましたよ。
きっと嫌がらせではなくどうすれば一番物事が早く進むか考えてのことだ。そしてきっとそんな扱いをしてもルーズがちゃんと理解し受け入れることも分かった上でのこと。
ルーズのことを理解している証拠でもある。
優しいだけが父親ではないということを教えられている気分になるが、嫌な気がしないのはキーラがいい父親でもあるのを知っているから。
目の前の優しい目をした父と思い出すのは強い目をした義父。
正反対な父が2人も私にはいるんだな…
まぁ、うん。思うことが多々あるが…
『みんな仲良さそうで良かったよ』
本当に。
家族が増えて嬉しい。
妹からシヴァンが理想の兄の中の兄だったと語られ、母は息子ができたみたいとはしゃぎ、父はいつかキーラと飲みに行こうと約束していると楽しそうな話をたくさん聞けた。
村も変わらず長閑で土蜂のこと以外は問題はないそうだ。作物に異常はなくむしろよく育っているそう。
元々魔物も少ないというのもあるのだろう。影響がなさそうでルーズは安心をした。
『でも何があるか分からないから、村の外を出る時は気をつけてね』
町や村には魔法具による結界が張られている。そんなに強いものではないが魔物が近寄らなくなる嫌な音や気配が出ているらしい。
魔物自身が入ろうと思えば入れてしまうような代物だが、人が住む場所より自然の方が広いためわざわざ嫌な場所には近づくことはない。
ただし、中央都市は魔物が入れない結界が張られている。川から流れてきてしまうため結界壁になっているとイリアが言っていた。
『あとで村の魔法具に魔力補充しておくね』
ルーズは旅の途中に滞在した街や村の魔法具に魔力を注ぎ、結界を強化していた。濃度が高い魔力を注ぐと結界も強くなるらしい。
話したいことを話し終えたと思ったら気づけば夕方になっていた。あら、大変と母が立ち上がる。
『じゃあちょっと買い物に行ってくるわね』
私も行く〜と妹も出かけてしまった。父は犬の散歩に出かけた。
実家に置いてきぼりにされたルーズはタナーと一緒にしばしだらだら過ごした。と言っても礼儀正しいメイドは行儀良く座っただけだったが。
『そういえば、タナーの実家の方は行かなくて大丈夫なの?』
『私の故郷はこの国ではありませんので。あと家は遠い親戚が継いでいるので行くのも憚られて…』
びっくりしていたら、まぁ気にしないでくださいとにこやかに言われた。深追いすると危ない話なのか単に聞かれたくないのか…分からないので『分かった』とルーズは返事した。
澄ました顔のメイドに謎が深まる。訝しむルーズを面白がっているようにも見えるが…気にしないことにした。
『みんな帰ってくるの時間かかりそうだから、魔力注ぎに行こっか』
そうですね、とタナーも了承し外に出た。すたすたと魔法具のある場所に向かおうとすると、後ろから焦った声が聞こえた。
『え…!あの!ルーズ様!か、鍵は??』
え?
………あ。忘れていた。
『この村、鍵がないんだ』
ルーズはタナーに教える。
澄ました顔のメイドが理解できないとぽかんとした表情を浮かべ、やがて意味を正しく脳に届けたらしく驚愕の表情へと変わっていった。
『……本当に?』
『うん』
この村には知り合いしかいない。なので玄関に鍵をかけるという概念が存在しないため、鍵自体がない。
タナーは色々考え込み、どうにか現状を飲み込んだ。
『そう、なのですね』
いつもより崩れた澄まし顔を見れたルーズはしてやったりの気分であった。




