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『さーて。あれどうしますー?』
インダスパ国に魔法士団副団長のデュオは隣国に来ていた。呑気に"あれ"呼ばわりしているのは谷底で寝ている天災だ。
『どう、とは…?』
困惑するのはモダーナリ国筆頭魔法士のアシェル。いつ天災が起きてもいいように濁った魔力が充満する谷に住み込み監視をし続けている。
『寝てる間に攻撃しまくって、体力削った方が楽じゃないですかー?』
一緒に着いてきている両国の騎士たちが声もなくどよめく。天災を自ら起こすような真似をするなんて命知らずすぎる。起こした瞬間に命がいくつ散るか分からない。
なるべく対策を立てるための時間を稼ぎたいというのが話し合いで決まったはずだった。
『あー…それが物理も魔法も効かなかった』
どういう事だとツッコミたかったのはインダスパ側ではなくモダーナリだった。
『筆頭魔法士様…そんな報告は受けておりませんが…』
何勝手なことやってんだ、と言いたいところを飲み込んだ。
『魔力の塊があったので調べるために剣と魔法を投げた。だがダメージが入らなかった。
それで、ああこれが天災かと気付き報告をした』
ああそう言うことかーと納得したのはデュオだけだ。最悪アシェルの確認作業で今頃全滅の可能性があったという血の気の引く話を聞かされた騎士たちは泣きたかった。
今この場にいる両国のトップの頭の思考回路が大変まっすぐで雑な人間であることが確定した。これらに自分たちひいては国の命を託すことになる。
天災が現れたときの絶望からさらに落ちることがあるなどあるなんて知りたくなかった。
『じゃあ起きてからかー…命拾いしたねー』
『そうだな』
それはどちらの命だったのか。騎士たちには分からなかった。
『それじゃー監視頑張ってー。
あ…あの、さ怒んないで欲しいんだけどールーズちゃんが文官として異変処理班してる…』
んだよねー、とデュオが出すはずの言葉は消えた。
アシェルの表情が抜け落ちていたから。徐々に眉間に皺を寄せ下を向いた。息を吐き出し、顔を上げた。
『……そうか。いや、あの子がそれほど強かった、のだろう。
…強く、してしまったんだ。俺が』
そう言いぎこちなく笑った顔は痛々しかった。
誰もルーズに戦うことを選ばせるつもりなどなかった。でも誰もがルーズに戦う力を知恵を授けてしまった。
『……アシェル殿はきっかけかもだけどー。ひとりだけじゃないでしょーそれは』
デュオは慰めるように、アシェルの頭を撫でた。
『気持ち分かるよー?僕も好きな女の子がね戦わないようにしたいしー』
だからがんばろー?と励ました。アシェルはぽかんとした顔をして『僕、も?…あぁ、ああそうだな?』と腑に落ちなそうに頷いた。
えー?なにその意味分からないこと言われたみたいなのー。えぇ?まさか…アシェル殿。ルーズちゃんのこと、無自覚に囲い込んでるー?
こわー。
アシェルを見ながらデュオは、思考を巡らせる。どうするのがルーズの、いやイリアが喜ぶかを。
ルーズちゃんが悲しむとイリアが悲しむからールーズちゃんが笑って過ごせればなんでもいいけどー…
えー……怖いけど…うん。まぁアシェル殿でも大丈夫かなー?
またデュオに『がんばってー』と言われたアシェルはさらに話の流れが分からず頭を悩ませた。
『ごめんねー僕たちはインダスパに帰るねー』
デュオや両国の騎士たちは、国に戻る。天災が眠るこの場所は悪質な魔力が濃く充満し普通の人間では吐き気が止まらない。
魔力が多いものほど症状が出るため、魔法士はここには来れない。魔力の少ない騎士団が来ているのはそのためだ。
アシェルとデュオは悪質な魔力を取り込まないように薄く空気を体に纏わせているが、そんなこと常時出来る人間は限られる。
デュオですら短時間しか滞在ができないこの場所にアシェルは常在し監視を続ける。
『ああ、何かあれば知らせる』
こっちもねー、と約束して別れた。
『って感じでしたー』
いやーあの場所さいっあくでー、と報告以上にいかにあの場所が臭いやらじめっとしてるとかアシェルがやばいか、を延々とデュオは自国のルディアシス王子殿下に聞かせた。
『分かった。ご苦労』
状況は理解したが、いらない情報に頭が痛い。アシェルがやばいのはすでに知っている。情報をいくら追加されようがやばい以上の感想はない。不要だ。
『では、戦うならやはり別の場所だな…』
王子と双子のサフィール王女殿下は騎士団所属。彼女は剣技に優れるが魔力も多く、天災の眠る谷には行くことができない。
『そうですねー。騎士団の中の魔力が少ないものだけじゃ戦えないですしー。目視で約20メートルくらいかなー?丸まって寝てるから全体は分かんなかったし、遠すぎてどんな魔物かも不明ー』
それから魔力が濃すぎて属性も不明だった。最適な訓練など分からない、必要な魔法具も分からない。それでも大量の兵が必要なことだけは分かる。
『天災が目覚めたらーアシェル殿が良さげな場所に誘導するってー』
多分この辺りになる予定ーと地図を指差しながらデュオは説明した。
『では、隣国から合図があればその場所に向かえばいいんだな』
その場所までは、馬で半日ほど。馬車では6時間以上かかる。隣国からは3時間。
応援が来るまでアシェルは1人で天災と戦わなければならない。
『筆頭魔法士の荷が重すぎるだろう…』
『あー今回は予兆が出たらーボルデティオ殿下たちがその場所に待機するってー。1人じゃないみたいー』
少しでも生存率を上げる。0%からどれくらい上がるのか、死者をいたずらに増やすだけになるのか…最善策は分からない。
『魔法士団に魔法具の制作を急がせよう。数を確認してくれ』
例え生存率が0%だとしても少しでも長く命を繋げるために全力を尽くす。
『はーい。魔法具部に聞いてくるー』
『デュオ!!』
魔法士団の塔に入るや否や泣きそうなイリアに出会した。
『谷への視察は私が行くと…!』
今日の谷への調査は本来なら団長のイリアの役目だった。それをデュオが無理やり奪った。
『アシェル殿に会いたくてー行っちゃいましたー』
半分本当半分嘘。
『嘘ばっかり!私は貴方にとって頼りない団長ですか!?私は役に立てませんか…?』
前魔法士団長が退任した時、次の団長はデュオだと誰もがイリアさえも思った。
だが指名されたのはイリアだった。ざわめきが起こった中、デュオひとりが笑って『おめでとー』と拍手をしていた。最初から知っていたかのように。
まだ若い公爵令嬢のイリア。魔力はあるがまだ経験の浅い赤子のような魔法士団員。
なんでお前が、そんな目に晒されながらがむしゃらに働いた。その名に、奪った地位に、恥じないように。いつしか魔法士団長イリアの名は絶対のものになった。
誇りと責任を持ち団長として君臨するイリアの姿勢を誰よりも見ていたはずのデュオ。
『私ではダメですか…?』
喉が震えているが、目元は潤みながらも強い眼差し。
『えーごめんねー?本当にちょっと行きたくてー。次は団長お願いー。あ、王子から仕事頼まれたー』
何も気づかないふりをしてデュオは、話を変える。イリア団長は仕事第一だから、私情より仕事を優先させると知っている。
仕事の顔に切り替えたイリアを見て、デュオは心の中で謝る。
ごめんねー?
自分の手でどれだけ傷つけたとしても、生き延びてほしいんだー。
テキパキと指示を出しながら歩くイリアの後ろ姿をデュオは静かに眺めた。
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