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『ようこそ我がインダスパへ。予定より遥かに早いお越しに感激しております』
城に着いたボルデティオは、ルディアシスに嫌味どストレートに歓迎された。勝手に来て夜会に出させろ、泊まりたいと我儘放題したのだ仕方がないだろう。
密入国した王子が嫌味を甘んじて受け止めていたのか、聞き流していたのかは隣にいたシヴァンには判断ができなかったが。
『それで、川の様子はどうでした?』
キーラと騎士団団長も加わりウツギの間にて話し合いが行われた。
『インダスパ内の川にそこまでの異変はなかった。やはり我がモダーナリから国境付近までの魔物が強くなっている。
普通の魚がいなくなるのも時間の問題かもしれん』
移動ついでに川の水質検査や調査を行っていたらしい優秀な隣国の王子。
密入国の代わりの土産ということだろうが、普通に入国して情報共有してくれた方が何倍もありがたい。
騎士団は魔物の他に人の侵入も防ぐ役割があるため騎士団長は渋い顔で、ひょうひょうとしたボルデティオを見つめた。心の中は睨みたいが不敬はいけない、とせめぎ合う。
その視線に気づいた彼は困った顔で笑った。
『すまないな、バレないように街に入る時は飛んで入ったから気づかなくても仕方ない』
飛んで、と言いながら両手をばたつかせ空を飛んできたとアピールしていた。
『『は?』』と驚いたのはキーラ家とルディアシス。
『飛ぶ?』と純粋に疑問に思ったのは団長だった。
『分かる!驚くだろ…アシェルが"飛ぶ"って言いやがって舟ごと空を飛んだんだ』
『そんなことが出来るんですね…はぁすごい』と感心したのは団長一人のみ。他の人間は唸った。
それ、なんか知ってる…
『風で足場作って、とかいうやつですか?』
シヴァンが恐る恐る質問すると、ボルデティオは『よく分かったな!アシェルの最近の新しい魔法らしい』と教えてくれた。
聞かなきゃよかった…
お前なんで聞いた!
余計な情報が…
三人が目線のみで会話する。
『おい、何故そんな反応になる?使えるのは多分アシェルだけだから大丈夫だ気にするな』
そうか筆頭魔法士しか使えなそうな魔法なのか…部屋の空気がさらに重くなる。
多分ルーズはアシェルと同じ魔法を使っている。目の前で見たのは我々ではないが、報告書は見た。彼らがいうのだ、ルーズも空高く飛べる。
あーすごい、な。ルーズは…
『あーーぁ…すまない…ルーズが同じ魔法を使ったと報告を受けたので驚いただけだ。次密入国する際は連絡をするよう伝えて欲しい』
ルディアシスの勘ではあるが、彼はまたやる気がする。きっと悪びれもなく。
『あーそれについては…アシェル殿は義姉上に連絡していたそうです。ただ手紙を読んでなくて行き違いが…申し訳ありません』
義姉の代わりにシヴァンが謝る。正式な来訪連絡をしなかったあちらが悪いと言えば悪いが、重要人物からの手紙を無視したルーズにも多少の非がある。
シヴァンの謝罪に微妙な空気が流れる。普通は師匠からの手紙を無視しないし弟子から返事がなければ連絡する。
『似たもの夫婦『師弟だ』あ、ウン。なんかごめん宰相。師弟は思考が似るんだなぁ』
シヴァンにも睨まれ早めに訂正したボルデティオ。えー不敬…と思ったが言える雰囲気ではなかったため引き下がる。
ちゃんと父親なんだな…いい家族じゃないか。
『まぁそれは良いとして、魔物の活性化が顕著だ。予想より早いかもしれない。警戒を』
今両国は、合同訓練や学者たちの意見交換や魔法具開発を水面下で進めている。
急いではいたがどこかで、まだ時間があると気が緩んでいた。学者たちからも油断ならない状態と報告が上がってはいたが、やはり時期の推測は難しい。せめて発生場所をと今割り出しを行っている。
『あーそうだ、収納付きマント助かった。今回使ってみたが水に濡れても高速移動中でも使用できたよ』
使用データまとめたから渡しておいて欲しい、と土産が増えていく。実はこの王子優秀なんだよな、とみんなが思った。
『それでは、俺は婚約者に会いに行ってくる。ではまた後で』話したいことを話すとボルデティオはアリナーデの元へと向かった。
ルーズと婚約者のおかげで随分と表情豊かになった妹。彼には感謝しているが本人が結婚したくないならさせたくないなぁーとちょっとだけ兄は思っている。
だが彼は人の心に寄り添える人間だ。結婚してもしなくてもどちらを選んでも妹は大丈夫だろう。
『さて、マルス家より報告が上がった。次期当主よりライザックの今後の全責を彼に代わり負う、と。
魔法契約を彼と結んだそうだ。もう二度と我々の目には映させませんと笑っていたよ』
すごいよね…愛だねぇとしみじみ呟く王子。
宰相と団長は、それは愛と呼ぶのか??理解できないと唸った。
『はぁ分かりました。キーラ家はそれで良しとします』
他の夜会で気絶させられた2人はギルドのどこかの支部で頑張るそうだ。二度と会うことはないが大いに頑張って欲しい……魂が天に昇るまで。
その後は少し話し合いをし解散となった。
自宅に戻ると、執事に待ってましたとばかりのいい笑顔で出迎えられた。キーラは嫌な予感しかないが、どうしたのか一応聞いた。
『お嬢様が地下室の壁を壊されました』
地下室は天災時の避難場所でもあり訓練場とも使用できるキーラ家の防御室だ。
壊すことは不可能だと聞いている…が、出来たんだなルーズは。
あり得ないと思ったのは一瞬。すぐにその考えを飲み込んだ。彼女の魔力の強さを測ったことも本気で魔法を使っているところも誰も知らない。
『分かった。ルーズをあとで執務室に呼んでくれ、出来れば…アシェル殿も一緒に』
執務室にはルーズとアシェルが呼ばれ、シヴァンも同席することになった。
『執事から魔法訓練中の事故と聞いたが偶発的なものか?』
『事故と言いますか…師匠に魔法を見せたくて全力を出した結果です』
イノウの肉を食べた訳でもなく、突然力がみなぎったとかもなく、ただ単に全力を出したらああなった。
『ルーズの魔力を計測して出た値では、壁は壊れないと判断した。すまない俺のミスだ』
ルーズの魔法を組み合わせるセンス、絶妙な魔力調整によるもの。せめて大きく放てば貫通することはなかったとアシェルは言った。
最近のストレス発散に、魔法士団の訓練場で的当て練習をしていて精度がどんどん上がっていた。
訓練場では、何発も撃つため一発必殺的な魔法は使っておらずまさかこんな威力を持っているとはルーズ本人すらも知らなかった。
『本当にすみませんでした。次からは屋外でやります』
アシェルが隣で頷いているが、キーラはそんな魔法どこで使う気だと固まった眉間を揉んだ。
『…分かった。これからは気をつけるように。アシェル殿も訓練していただきありがとう存じます』
魔法士団に連絡して壁の修繕を頼むか…あとは…
『義姉上、その魔法はアリナーデ様に教えないでくださいね』
絶対に。シヴァンは念押しした。そんな危ない魔法を教えたら流石に国王から面倒な抗議をされそうだ。
ルーズに約束させもう部屋に戻って良いと伝える。しょんぼりして帰って行った後ろ姿は完全に叱られた子どもだった。
キーラはすぐさま『若い子に人気のスイーツはなんだ?』とメイドに相談していた。
父がスイーツの手配をしている横でシヴァンはアシェルに封筒を渡した。
『マルス家からの報告書と魔法契約書の写しが入っています』
アシェルは中身を確認すると興味なさげに元に戻しシヴァンに返した。
『これなら送電はしないが…やっぱり生きているのが気に食わない』
それはそう。分かりますと父と一緒に頷いた。
陽が落ち始めた頃に、ボルデティオが城から上機嫌で帰宅した。今日も婚約破棄を迫られたらしい。
意味が分からないが楽しそうでなにより。
『では、世話になった!キーラの皆、息災でな』
隣国からの突然の来訪者は、こうして帰って行った。
『父上、なんだか疲れましたね…』『本当にな』ルーズも頷いた。
インダスパに"疲労"という最大の置き土産を残して。
『やっと帰りましたね…婚約者(仮)様は……はぁ』
婚約破棄を撤回しなければ帰らないと言い放った男の顔を思い出すだけで疲れそうだ。
…次こそは!とアリナーデは気合いを入れた。




