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『それでは師匠!よろしくお願いしますっ』
広い地下室は声がよく響いた。
髪をきっちり結い上げ、パンツスタイルでやる気を見せるルーズと先ほどの服装にマントを羽織っただけのアシェル。
『まず初めに…
ルーズは自分の魔力量を把握してるか?』
子どもの頃のように聞くより見ろ!見るよりやれ!なめちゃくちゃな訓練を想定して、いつでも魔法を出せるよう構えていたルーズ。
不意打ちの質問に、間抜けだ顔を晒した。
『…ぇ?まりょくりょう…ですか?』
えーと、と真面目に考えるが答えが出てこない。成人前に魔力の器が安定してから魔力が溢れることがなく量については考えることがなかった。人より多いのだろうなと漠然と把握しているだけ。
どれくらいだろ…多そう…ってことくらいしか。
うーん。と腕を組み考え込むルーズの様子にアシェルは疲れた顔を見せる。
『言わなかった俺も悪いが…普通は自分で魔力量を把握するだろう。何故しない』
何故、と言われても…えぇ?困る。
なんとなく自分の中で使える量は分かるが、魔力量を人に言う機会がなかったのでどれくらいと言われると分からない。
『…独りで学ぶとそうなるのか…。ああ、ルーズの状態がなんとなく分かった』
アシェルは思ったよりルーズがのびのび育っていたことを知った。これは良かったのか悪かったのか判断が分かれる事案だ。
子どもの時に魔法を教えたのはルーズの調査のために接触した成り行きだった。魔力量が多いために最低限制御させてやろう、と仕事中の合間を縫って訓練した。時間がなかったために本当に最低限だった。
当時を振り返ってもあれ以上は難しかっただろう。ルーズがモダーナリ国の人間なら保護すれば良いだけだが、隣国では手が出せなかった。
『分かった。ひとまず魔力量を測って、どれくらい制御ができてるか見せてもらう』
アシェルはマントの内側に手を入れると魔法具をひとつ取り出した。マント自体が収納魔法具だったようだ。
取り出された平たい箱のような形のそれは、手を載せて魔力を込めると体内の魔力を計測できるらしい。
早速ルーズがやってみると箱の横から紙が吐き出された。
[濃度 S 量300〜 …… ]
濃度やら量やら色々書かれていたが基準値が分からないので、判断ができないルーズは紙をアシェルに手渡す。
『魔力は体の中の器で作られるのは知っているな?』
器の大きさは一般的には心臓と同じ大きさではないかと言われているが目に見える臓器ではないため確認は取れていない。
体内の血液のように魔力も作られる。健康な血液だったり貧血気味だったり色々あるように魔力にも量以外の要素が個人で違う。ルーズは本で読んではいたが、僅かな違いだろうと気に留めてはいなかった。
『この濃度で効率的に魔法が使えるかどうかが変わる。
それから人の魔力量は大凡体重の三分の一程度。モダーナリでは100以上あれば魔法士になれる』
それを大幅に超える魔力量がルーズにはある。
濃度はC〜SSまでランク分けされている。Bあれば魔法が使いやすい。
ちなみにルーズを攻撃しようとしたアメリの魔力濃度はBだった。大きな水の塊にルーズの僅かな魔力で相殺できた理由は濃度の違い。
『なるほど…ちなみに師匠は?』
『濃度SS+に量は正確には測定できないが5000〜だった』
すごいのだろうなと思ったが本当にすごかった。
だがSSまでのはずがしれっとさらに上のクラスぽいことを言われた気がする。師匠すごい。
『だいたい把握した。これならこの部屋が壊れることはないだろう思いっきりやれる』
珍しく師匠がちょっと笑った。可愛いな。
それからは師匠の出す課題、200度以上の火を出せやら火に溶けない氷を作れやらをやり続けた。
『何故ルーズは魔法士じゃないんだ?』
課題を楽々こなすルーズを見てアシェルは首を捻った。どの魔法でも正確に素早く出せるのはすでに中級になっていてもおかしくないほどの実力。
『インダスパは災害に向けて準備していないのか?即戦力を作る気がない…?』
師匠が真剣な顔で悩み始めた。ぼそっと聞き辛い声は、独り言だろう。何を言っているかさっぱりだ。
それより、もう何人にも言われた"なんで魔法士じゃないの?"という質問に考えさせられる。
初めに会った魔法士が師匠だったために、あれくらい出来なければ慣れないものだと思っていた。
遠いいつかの目標にしていた魔法士が既になれると言われるとちょっとだけ複雑だった。
イリア様に相談しようかな…
貴族の勉強で忙しく、あまり考えていなかったが次は魔法士を目指して頑張ろう。次の目標を見つけたルーズは『よし!』と頷いた。
『…なにが良しだ。良くないだろう。
試しにモダーナリの魔法士試験やってみるか?』
師匠の提案に目を輝かせる。
やり方は簡単だ。モダーナリの魔法士の資格を持っている者は魔物狩りを行う。つまり強ければ良い。
『得意な魔法で"一撃"試験官に打つ。実力が認められれば合格だ』
さすが、豪胆というか雑というか…とにかく必殺の一撃魔法を出せば良いというわけだ。
問題はルーズに必殺魔法が、ない。
戦ったことがないので、どの魔法が一番威力があるのかが分からない。ルーズはアシェルにそう説明すると『小さい魔物くらい倒したことあるだろ…』と呆れられた。
小さい魔物は簡単に倒せるので本気でやったことないですが…?ええ?何を出そう…火が一番攻撃っぽいかなぁ。
攻撃…と思考を巡らせてからルーズは思い出した。
あ…魔法士団でやっている的当ての訓練!あれは一番褒められている。師匠にまともな魔法が見せられそうだ。
『決まりました!いつでもやれます!』
アシェルは頷き『俺に打て』と言うが、人に撃つのは少し抵抗があった。師匠を信用していないわけではないが、攻撃することに手が震える。
師匠なら大丈夫という気持ちと、もしも…が頭をよぎる。どうしても穴が空いた的を思い出してしまう。
もしも当たったら?もし自分が制御を失敗したら?自分が師匠を傷つけるかもしれない怖さにルーズは『無理です』と訴えた。
この質の高い魔力を持って戦えない弟子に、なんとも言えない感情が湧き出る。モダーナリでは国民全員が魔物と戦うことを前提で暮らしている。
戦いに出れば強いものでも危険はある。弱ければ生きるのも大変な土地。
インダスパは平和なんだな…
魔法具の結界は凄まじい魔力量が必要だ。常時展開で国を守っている。
民の力を攻に使うモダーナリと守りに使ったインダスパ。
強くて弱い弟子が危険な目に遭わないのならそれもいいのかも、な…
アシェルは無言で弟子の頭を撫でた。
『え?私何かしました?それはどういう意図で…?』
その答えはもらえないまま、人に撃てないなら壁にでも撃てと言われた。腑に落ちないまま、壁ならいくらでも!と張り切って的あて訓練のときのように集中した。
速く、疾く。
細く、強く。
指先をまっすぐ壁に向け、全力で放つ…!
無風の地下室で近くにいたアシェルのマントが靡いた。アシェルが『あ…』と何かに気づくが時すでに遅かった。
ルーズが風を感じた、と認識した直後に地下室に鳴り響く警告音。
何事かと師匠と顔を見合わせていると、執事が飛んできた。
『何事ですか!?』
私には分からないが師匠が気まずそうにしている。執事や屋敷の警備隊たちが地下室を調べたところ、絶対防魔法壁に穴が空いていたそうだ。勿論犯人は、ルーズ。
なんで!?
執事は2人まとめて優しい口調で幼子に教えるように丁寧に『バカか。考えろ。止めろ(意訳)』と注意した。
『ルーズ…すごかったな…人にあんな怒られ方したの初めてだ…』
あまり人の言葉を気にしなそうなアシェルでさえ心に響いた執事の注意はルーズに恐怖を植え付けた。
屋内で全力魔法は、ダメ、ゼッタイ…
『ルーズは魔法を組み合わせるのが上手い。一つ一つの魔法はただの高威力だったが掛け合わせることでさらに何倍もの威力に仕上がっていた』
ルーズの全力一点集中で打てば流石に穴が開く。
実践経験を積んだ魔法士がやる魔法だ。本当になぜこんなルーズをこの国は野放しにしているのか…アシェルの疑問は深まるばかりだが目の前のしょぼくれた弟子を見て、本人がいいなら良いかと考え直した。
落ち込むルーズの頭をアシェルはまた無言で撫でた。




