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騒がしかった夜会は普段通りの落ち着きを取り戻した。和やかな雰囲気が流れ、耳心地のいいざわめきが広がっていた。
その中で一部、ただ空いたグラスを手に持ったままの人間がいた。話すことも動くこともできず、下を向き終わりを待つだけ。
『さっきの聞きました?
なんでもサザンダ地方のレースが急に王家御用達になったのは、ルーズ・キーラ様の口添えだそうよ』
『まあ!じゃああの噂は…』『ええ…そうみたい』
急に現れたルーズ・キーラは既に王家まで影響力を持っているらしい。男2人を黙らせる能力にダンスの優雅さは高位貴族並み。
下を向きながら聞こえてくるのはアレの賛辞ばかり。
『なあ、俺たち…』
仕事仲間が口を開く。その先を言ってどうなるというのか。今から何が出来る?
私たちギルド職員は、平民のルーズ・ベクタールを見下しライザックの言うことを鵜呑みにして追い詰めやめさせた。
まさか辞めさせた相手が自分より格上になって現れるなんて普通は思わない。なんでこんなことになった?
遠くで優雅に微笑む彼女。それを視界に入れたくなくて下を向く。顔を上げたら、どうしたって目で追ってしまうから。
『そういえば!ルーズ様が仰っていた“貴方と貴方の周り"てどなたのことかしらね』
『確か、子爵家の方だったわね。婿養子の』
『あの家が愚かってことはないでしょうから…ご友人がた?』
類は友を呼ぶ、と言いますしね。近くにいる婦人たちの話がやけに耳に入る。大きな声ではないのに普通の声が頭から出ていかない。
上品な笑い声が上がるたびに気持ちが悪くなる。
自分だけかと思ったが、仲間たちも顔色が悪い。そのことに少しだけ安心する。
『出よう…か』数人に声をかけ退席しようと扉に向かう。その背に誰の声かわからないがはっきりと『さようなら』と投げつけられた。
性別も不明な声。どういう意味かと聞きたかったが、振り向くことはできなかった。聞いてしまえばきっと貴族として終わってしまう予感がしたから。
青ざめながら外に出ると、冷たい空気を吸い込む。
くらくらした頭が少し落ち着いてくる。
『さようならってさ、死ねってことじゃないよね…?』
ルーズが床に押さえつけられているとき、笑ってみてた女が言う。
『さすがに…ライザックさんが生きてるしそれは…』
ルーズに仕事を押し付けていたが、ライザックよりは罪が軽いと思っていると話した。
ライザックが一番ひどいと思うが、あいつだけが酷かったわけではない。それを皆自覚をしているため、さようならの言葉が重くのし掛かる。
『家に連絡して、家から謝罪文をまずは送る。それからはキーラ家次第、になるな』
『それで、死ねって言われたら…?』
断れない。きっと家からも死んでくれと言われるだろう。ギルドにいる貴族は、家を継がない長子以外のものたちだ。不利益を与えるような人間であれば親兄弟であっても捨てられる。
今、最大の不利益を家に与えてしまった。
『ルーズさんに直接ちゃんと謝ったら許して、くれないな。流石にムシが良すぎる』
『……いや、でも。死にたくない…あーでも彼氏が既婚者で、おまけに付き纏われてるって言われて仕事失ったら…』
『ライザックは調査の時に付き合ってはないみたいなこと言ってたらしいけど』
『でもあの写真見たら、な…』
つい最近ギルド職員数名は、魔法士団が押収したルーズの写真を見せられていた。ライザックが満面の笑みで肩に手を乗せルーズが控えめな笑顔で映る微笑ましい写真。
"これを見てもお前らはルーズが付き纏ったって言うのか?"問われたが、知らなかったんだ。
ルーズの無知を嘲笑った私たちにそのまま返ってきた。何も言えなかった。
ちなみにさっき突撃した三名に写真は見せられていない。意図的な何かを感じて背筋がゾッとする。
『私なら、関わった全員この手で滅します…』
そうだよねーと遠い目で綺麗な夜空を見上げた。
許してもらえなくても生きさせてもらう方向でどうにか出来ないか、みんなで話し合った。
結論が出ないまま、死ぬ前に最後に何を食べるか話し合っていると『ねぇ、君たち』と声をかけられた。
『あのさ、さっきから物騒な話やめてくれないか?ここ一応城だからね?誰が聞いてるか分からないんだ』
彼はシヴァン・キーラと名乗った。ルーズの義弟で次期公爵様だ。
疲れた私たちは生きるのを諦め、ここで終わるのかと凪いだ心で首を差し出した。
『なんでだよ!?止めて、命はいらないから!
はぁー、ただ今後は義姉上に近づかなければいい。
本人がもう君たちを捨てると、そう言った。
だから自己満で謝罪をすることも許さない。
家から謝罪の手紙もいらない。送るな。
君たちは永遠に許される機会を失った。それが罰だ』
ルーズが許さずそのままと言うことは、キーラ家、タスペル家そして王家も許さないと言うことだ。
先ほどの西の貴族との繋がりを見ると影響はどこまであるのか計り知れない。
許されなくとも謝罪をしたという事実があれば、最低限貴族として体面が保たれる。
それをするな、と彼は言う。
さようなら、の意味を理解した。
大きく息を吸い込み。頷く。
『承知いたしました。温情に感謝いたします。
ルーズ様並びにキーラ家の皆様方の今後に光多き未来あれ。
もう会うことは叶いませんでしょうが、我々は遠くで皆さまのご活躍をお祈りいたします』
彼らは人生最後の貴族の礼をシヴァンに贈る。
『……私がいつ消えろと言った。義姉に近づくなと言ったんだ。
お前たちは今後ギルドでこき使うから覚悟をしろ。謝るより成果を出せ。
分かったか?』
貴族やめるかどうかはどっちでもいいから、とひどく面倒くさそうに言われた。
各家にも除名してもしなくても待遇は変わらないし、今後キーラ家がこき使うと既に連絡を回したらしい。
キーラ家と僅かでも繋がりがあるのなら、除名せずに席は置かれるはずだ。待遇はひどいものだろうが。
それでも家名があるかないかでは、全く変わる。
貴族というだけで仕事がある。私たちは彼女の仕事を奪ったというのに…
大きすぎる温情に、私たちは涙を流し何度も頭を下げた。
シヴァンは中に戻るとため息をついた。
『義姉上ほんっとーに生かしていいんです?あいつら』
ルーズは困った顔をして頷いた。
『優しい義弟や皆様に会えたのは彼らのおかげでもあると思えば、そこまで恨んではないの。許せはしないのだけれど』
そう言われてしまえば、シヴァンは何も言えない。納得できないが、彼らがいなければルーズはここにいない。複雑な心境だ。
『こき使うなら魔法契約がいい。手伝う』
師匠が物騒なことを言い出した。魔法契約は奴隷契約みたいなものだ。違法スレスレと聞いた覚えのあるものだ。
『…なるほど。ではその時は』
いやいやいや。やめて欲しい。彼らと繋がりを持たなくていい、とルーズは必死に説得した。
結果シヴァンはしぶしぶながら普通にこき使うことを約束してくれた。
師匠は残念そうにしていたが、見なかったことする。
『もう、いいのか?』
キーラが少しだけ不満そうにしている。
格下に舐められてはダメだが、彼らにやられたことから考えればこのくらいが妥当なところだと思う。
今日来ていない人間には、彼らがギルドで話を広げてくれるだろう。それで後悔してくれれば良し。何かあれば次は捕まるだけだ。
言いたいことがなかったわけではないが、ライザックにもちゃんと自分の口から言えた。彼らにも最後に国王の力を借り言葉を届けることができた。
『さよならを伝えられたのでもういいのです』
心に刺さる黒い棘は残っている。でもきっといつか無くなる。そう思えるからもう良い。
新しい居場所がルーズにはあるから。
『ありがとうございます』静かにキーラにお礼を伝える。優しくルーズの頭を撫で『娘のためだ、気にするな』と少し笑った。




