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『公爵家のルーズが誰に絡まれると言うのだ』


 キーラ家だぞ、なんて命知らずなと国王は笑った。だが笑い声を出しただけだ。目は不愉快さを物語っていた。


 頭を下げずにいたライザックが王の視線を1人で浴びる。冷たい、感情のない目。

 『なぜお前はここにいる?』そう問われたような気がした。

 王から声は出ていないのに。


 ライザックが勝手にそう聞こえただけ。

 ただ目が合った、それだけで彼は今、生きる資格を無くしたような気がした。



『あ、だ、…で、』

 アイツは、だって、平民で、なんで…

 最近上手く回らない思考がさらに動かない。同じことがぐるぐる回る。俺は、俺は…



『私は貴方とは無関係です』


 静まった会場にルーズの声が響く。

 

 ずっとイライラしていた。

 右も左も分からない時に声をかけてくれた貴方。感謝していた。本当に。

 知らない話をたくさん教えてくれた。…楽しかった。


 歩いていた道が、気付けばぐちゃぐちゃにされ何も分からず無くなった。あの時の気持ちを思い出すと一生許す気にはなれない。

 でも、どんな気持ちでも彼に対しての何かを自分の心に置いておきたくはない。


 許さないまま、それごと捨てる。

 

 ここで、お別れだ。



『貴方は最低の人間です。

貴方も、貴方の周りも恥を知りなさい。


それから、子爵家の貴方に呼び捨てにされる謂れはありません。


私は公爵家の娘ルーズ・キーラ。

二度と名を呼ばないで。


まぁもうお会いすることはないでしょう。

では失礼』


 鋭い視線に言葉が出なかった。

 ライザックの知り合いにはいないような綺麗な礼だった。高位貴族である証を見せつけルーズは去っていく。


 なんで、なんでお前が…公爵の娘??嘘、だろう?

 『あ、あ…』何か言いたいわけでもないのに出てくる無意味な音。

 ライザックは理解するのを拒否するように何かを口にしていた。



 ルーズは騒がせたことを国王に謝罪する。キーラもそれに続き頭を下げた。

 王は、気にするなと一言言うと『夜会を楽しんでくれ』何もなかったかのように戻って行った。



 すぐ横で倒れた仲間が雑に運ばれていく様をただ見ているしかない。誰の目にもライザックは映ってないかのように動き出す。


 視界が万華鏡のように歪む。チカチカした眩しさに目を瞑るが暗闇の中すらも歪んでいく。

 立っているのか横たわっているのかも分からない。

 

 なんだ…?

 どうなっている?


 愚かにもルーズに声をかけようと手を伸ばそうとした。そのとき、電気が流れたような痛みが全身を襲う。

 声も出ずに膝をついた。


なんの痛みかいつ終わるのか分からない全身を走る痛みに涙が滲む。

 もう無理だと思った瞬間永遠に感じた体中の痛みは元からなかったかのように消え去った。浅い息のまま顔を上げる。


 ルーズの姿は消えていた。

 自分が何をしたのかゆっくりと頭の中に流れ出す。今、あの時、それから…徐々に指先が冷えていく。



 『ライザック様…』声が聞こえて振り返る。そこには悲しそうな顔をした妻。見下ろされた視線が心臓に刺さる。


『話がある。帰るぞ』

 

 その横に、妻の父である現子爵家当主が無表情で立っていた。ライザックは無言で頷き、感覚のない体を無理やり動かした。

 いつも自分の一歩後ろを歩く妻が、前を歩いている。一度も振り返らずに。


 目を開けているはずなのに目の前が暗くなっていく。自分の行く末が黒く塗りつぶされていくようだった。





 キーラはライザックたちが出ていくのを見届けると、グラスの酒を一気に煽った。


『何故ルーズのそばにいなかった!』



 アシェルは自分のせいでルーズに嫌な思いをさせてしまったと落ち込んでいた。

 まさか、公爵令嬢にからむ馬鹿がいるとは思わなかった。まさかの馬鹿が存在した。


『ルーズすまなかった…キーラ殿もアリア殿も申し訳ない』


 彼が犬だったら、耳も尻尾もぺったんこになっていただろう。目に見えて落ち込む師匠にルーズは申し訳なかった。

 さっさと追い払っておけば良かったのだ。うっかり気絶させてしまったのが失敗だった。


『師匠のせいでは…!

私が、つい強めに威圧してしまったせいです…』

 あんなつもりではなかった、と犯罪者の言い訳のような事をルーズは必死で話した。


『あーそれについては、義姉上さっき食べたパイのせいです。

イノウの油で作られたバターがたっぷり入ってた。多分原因それかも』


 なんてことだ。まさかのイノウ…バターにもなるのか。そりゃ美味しかったはずだ。


 だけど、りんごパイでってそんなことある??

 これから迂闊に食べられない…


『預かったのに…私のせいだ。


ルーズこれからは守る』


 アシェルはルーズをまっすぐ見て宣言する。師匠として弟子を守るのは当たり前。そういう意味だが、側から見ればただのプロポーズ…にしか見えなかった。

 アリアは扇で口元を隠しながら目を、少女のように輝かせてその様子を見守った。

 キーラの顔つきはひどい。言い表せないほどに苦い顔をしていた。



『いやいや!次はちゃんと撃退します!

見ててください!』


 ねっ師匠!と力拳を見せつけ歯を見せ笑うルーズ。淑女という言葉を頭から捨てたらしい。

 アリアは色んな意味でがっかりした。早くお茶会を開こうとご婦人たちと日程を調整しに集団に戻った。


 キーラもシヴァンもほっとした。

 ルーズとは親子水入らずでこれから楽しく過ごす予定が詰まっているのだ。邪魔者はいらなかった。



『ああ、ちゃんと見ていく』


 アシェルは強くなった弟子の成長を喜び微笑んだ。




『あ、、あ、あの!すみません!』

 先ほどとは違って可愛らしい声。同世代の女性たちが数人が固まって声を掛けてきたようだ。

 何度繰り返すのか…嫌な予感しかしない。


 『何でしょうか?』少し冷たい対応をしてしまった気がするが許してほしい。このパターンはお腹いっぱいだった。



『ルーズ・キーラ様先日はご無礼をして申し訳ありませんでした!』


 後ろにいた女性達も一緒に頭を下げた。

 一体どういうことかと焦っていると『義姉上が声をかけないと頭を上げられない』と恐ろしいことを言われる。


『え!?

あ、あの頭を上げてください、何のことでしょうか?』

 記憶にないことで謝罪されるのは怖すぎる。

 ようやく顔あげた女性の顔を見る。


『あ、サリー・サザンダ様でいらっしゃいますか?先日は…こちらこそ誤解させてしまって申し訳ありませんでした。

それに素敵なショールを頂いてしまって、軽いし暖かいし風通しもよく一年中使えそうで気に入っています。ありがとうございました』


 ルーズを勘違いで注意してしまったサリー。

 ちょうど良かった。お詫びに貰ったショールが本当に良いもので直接お礼が言いたかった、とやっと言えた。


 サリーは、緊張が解けたようで一歩よろめいた。後ろの女性がそれを支える。

『突然お声かけして申し訳ありません。私はサザンダ家の寄家の伯爵家の者です。

先日はサリーが失礼をいたしました』


 キーラ家とサザンダ家で既に話はついていた。だがどうしてもサリーは直接謝罪とアリナーデにレースを紹介してもらったことのお礼が言いたかった、と。

 1人で行かせられないために寄家とそれに近しい家の娘と一緒に謝罪に訪れたらしい。


『もしルーズ様にご不快な思いをさせたままでしたら我らも連名で処罰を受けようと思いこちらに…』

 

 ルーズ様が寛大な方で良かった、とそう言って可愛らしい集団は一礼して下がって行った。


 貴族怖い。


『貴族って色んな方がいらっしゃるんですね…』

『西の伯爵家は古い家だ、あそこは礼儀を重んじる。縁ができてよかったと思うよ』

 

 それに、今のでルーズを見る周囲の目が変わった。

 威圧を使う公爵令嬢という怖いイメージから格下の貴族を見下さずに接する公爵令嬢という優しいイメージに塗り替えられた。

 もしかすると彼女たちはそれを狙い、王家御用達のお礼としたのかもしれない。


『いい子たちだね』

 シヴァンは楽しそうに笑った。

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