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『遅れてすまない、勝手に来たせいで夜会に出るのに手間取った』


 実は密入国した腹いせにキーラがわざと夜会に出せなくしていた。仲良く一緒に密入国した隣国の王子ボルデディオ殿下が取りなし参加することができたのがつい先ほどであった。


『そうなんですね…?

いえ、ほんとに誘われると思ってなくて…』


 勝手に来たというのがルーズには、よく分からないが突っ込むのはやめた。なんか面倒くさそうなので。

 

『何故信じてないのか。腹立たしいのだが』

 普段から表情が変わらない師匠は、怒っても変わらないらしい。

 おっと…失礼なことを考えているのがバレたようだ。眉間に皺が寄っていく。


『いやだって忙しいかと…すみません。信じてなかったわけではないですよ?』


 眉間の皺が伸びないままダンスが始まってしまった。大変に失礼だが、師匠はダンスが上手くない気がしていた。

 なのに、なんと意外な事にリードが上手い。


 シヴァンも踊りやすく楽しかったが、師匠とのダンスはお任せしているだけで自動的に足が進むようだった。


 師匠すごい!とルーズは1人感動していたが、キーラはイラついていた。


 距離が近い!


 親密そうな距離でルーズが身を任せながら踊る姿は仲睦まじい恋人同士のようであった。


 がっちり腰を支えられ、手をしっかり握られ動かされればルーズは楽だろう。

 楽だろうが、身を任せすぎではなかろうか。


 宰相の顔が険しくなる。微笑ましく2人を見ていた知人たちはキーラの様子を見て、すっと表情を消した。

 笑いを堪えるために。人の心しかも父親の気持ちがあったのかと震えそうになる肩を抑えるのに必死だった。

 シヴァンだけが複雑な気持ちで見る。


 そういえば兄を欲しいと思ったことはなかったな…




 ダンスが終わり、ルーズとアシェルは壁際の椅子に腰掛けた。喉が渇いたな、と辺りを見回すが近くには無さそうだ。


『どうした?ああ飲み物か…

ちょっと待ってろ』


 よっぽど疲れているはずの師匠。涼しい顔で行ってしまった。ありがたさと申し訳なさを感じながら遠ざかる背中を見送った。



 すると、ルーズが1人になるのを見計らったかのように男性が近づいてきた。


『……お、おい!あ、、いや、あの!

お前、じゃなくてあなたは、ルーズ・ベクタールか?』


 小声で怒鳴るという器用な声の掛け方に、思わず振り向いてしまった。こう言った人は無視でいいと言われていたのに。


 あーギルドの年下の元同僚の方じゃないですか。お久しぶりで。手を押さえつけられた以来ですね?と言ってしまいたい衝動に駆られる。

 

 言ったら最後、彼は職を失う。

 可哀想だから無かったことにしてあげる。


 

 ルーズは彼を見て自然と出てきた傲慢な考えに思わず失笑してしまう。…気をつけないと。


『おい、何笑ってんだ。何やってんだこんなところで!』

 小声にするのを忘れたらしい彼は周囲からの視線を感じないのだろうか。こんなにも冷たい視線に晒されているというのに。

 不思議に思っていると、さらに人が増える。


『やめろよ!さっき聞いただろう。

コイツは!公爵令嬢になったんだよ!』


 あー頭を押さえてた元先輩まで。…公爵令嬢だと分かって、コイツ呼ばわりか。


 2人でなにやら喚いているが面倒臭い。

 


『静かにしていただけますか?』


 背筋を伸ばし、お腹から声を出す。魔力を乗せて。

 イリア曰く気持ちを込めて言葉を言うの、だそうだ。


 ちょっとだけ威圧した、つもりだった。黙ってくれればいい、と思っただけだった。



 それが何故か、元同僚と元先輩は気絶した。


 どさっと重い音が響く、周囲の息を呑む音が聞こえるほど辺りが静まった。


 なんで!?


 突然倒れた男性2人に周囲は唖然とした。そこにキーラとアリア夫人、さらに師匠がやってきた。


『どうした?ルーズ。…なんだ、この2人は知り合いか?』


『まあ!2人の男性にいきなり怒鳴られましたの?!ひどいですわね、ルーズさんだいじょうぶ?怖かったでしょうに…』


『ルーズ、1人にしてすまない。これは始末する』


 全員同時に話すのでルーズは混乱した。

 とりあえず困った顔で『すみません、ご迷惑をおかけしました』と詫びておいた。


 アリアは『タイミングバッチリです』と褒めてくれた。嬉しくて笑いそうになるのを隠すために、急いで下を向いた。

 

『こいつらは、男爵家と伯爵家のものだな、別室で話を聞くか。とりあえず運び出せ』

 

 謎多き公爵令嬢は常に多くの視線を集めていた。

 先に絡んだのが男性であること、さらに不敬にも格下であるはずの2人が眼前で罵倒していたことも見て聞いていた。

 彼らが気絶したのも、公爵令嬢による威圧だというのも分かる人には分かっている。ただ強すぎでは…?とどん引いてはいる。

 ルーズに非がないのは明白な状態だ。



 そんな中に飛び込む人間がいた。




『お待ちください!

彼らはルーズの元仕事仲間です!彼女に何かされたはずです!調べるなら彼女の方です!』


 ルーズは吐き気がしてきた。忘れていた顔を思い出したのだ。

 かつての恋人のライザック。



『何故君は我が娘を呼び捨てに?君は 誰 だ?』


 誰かなんてキーラは分かっている。だが敢えて名乗らせる。逃がさないということ。

 

『私は上級魔法士のライザックと申します。彼女とはかつて同じ職場で面倒を見ていました』


 騒つく周囲。まさか嘘だろ…そんな声がどこからか漏れ出た。名を聞かれて家名を避けるなどあり得ない。格下相手ならいざ知らず、宰相閣下相手に…なんて馬鹿なことを。


『貴方、家名がないの?名乗れと言われたら貴方のことはどうでも良いのよ。どこの家のお子様か聞いているの、早くなさい。


ああ、失礼。私はアリア・タスペルよ』


 さあ、早く名乗れ。

 苛立ちを隠しもせず、アリアは自分から名乗った。これでライザックが名乗らないようなら切り捨てられても文句は言えない。



『たすぺ…る?何故??公爵家の方が?

ルーズには、関係ない、でしょう?』


 ギルドの人間は別の世界で生きているのか?

 ルーズは彼が言っていることが理解できなかった。キーラ宰相が娘だと言った。それでも分からないのか?

 本当に?まさか宰相の顔を知らないの…?



『貴様何を言っている。ルーズは我がキーラ公爵家の娘。アリア夫人はルーズの教師だ。


なぜ関係ないと貴様に言われなければならない?』


 

『なぜ宰相閣下の!?平民ですよ!?』


 気づくとシヴァンも近くに来ていた。

 『燃やしていい?』とキーラに確認し、ちょっと悩んだ父親にやめておけ、と止められた。

 



『なんだこの騒ぎは』


 重厚な声が響く。アリアやルーズ他も一斉に頭を下げるがキーラは前を向いたまま。それは彼が唯一許されている人間だからだ。

 なのにもう1人顔を上げたままの人間がいた。


 なんで…国王が、なんで?ライザックは分からないまま話は進む。



『陛下申し訳ありません。我が娘がこやつらに絡まれて。自分で追い払ったようですが、まだ言いがかりをつけるものが…名乗らないのでどこのものか分かりませんが』


 頭を下げながら、野次馬のように見守っていた周囲はある噂を思い出した。


"キーラ公爵家が預かったルースを国王が楽しみにしている"


 とるに足らない噂だと、聞き流した。


 ルーズを見てやけに高位貴族に受け入れられている女性だと妬んだ。あんなどこから来たのかわからないような人間、大したことないと嘲笑った。


 噂では"王族が見つけた"だったはずだ。どこから来たのか王族は知っている。



 目の前の女性が国王の"ルース"。自分たちはなんてものに不躾な視線を送っていたのか気付き始めた。


 背中に伝う汗がやけに冷たかった。

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