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『シヴァン、久しぶりだな!

…あれ、そちらは…?』


 声をかけてきたのはシヴァンの学生時代の友人だった。顔を見た瞬間にシヴァン纏う空気が変わった。公爵家の人間から年相応の青年のよう。

 2人の雰囲気が気安く、仲の良さが分かる。


『あね?お前ねぇさんいたのか?』

『いや、最近姉になってくれた方だよ』


 義理の姉だと説明すると、彼は目を見開き『うっわ…まじか、え、あー噂はそういうこと?』と混乱し始めた。

 シヴァンは楽しそうにその様子を眺めてルーズを紹介した。



『ルーズ義姉上だ。宝石のように綺麗だろ?


こっちは学友の男爵家の長男アズ。バカっぽいけど学年主席で入学したやつなんだ。悪いやつじゃないよ』


 紹介の仕方に不満があるようで、すごい顔をしていた。貴族にしては表情の豊かな面白い人のようだ。


 学園に入るまでは爵位によって教育内容が違う。その中で男爵位で主席をとったのだという。教育環境の良さと本人の資質の高さが伺える。

『ばあちゃんが遠い国の王族なんだ。めちゃくちゃ厳しくてさー』


 平民の友人たちに似た雰囲気に、少しだけ肩の力が抜ける。話し方は砕けているが所々で品のある所作が見え友人たちとの違いが浮き出た。

 似てるようで違う。その寂しさがルーズの心の表面をざらりと撫でる。

 

『ルーズ嬢、一曲踊っていただけませんか?』

 上の空になっていて突然のことに対応できなかった。アズが手を差し出しルーズの返事を待っている。

 返事は受けても断るにしても迅速に、と言われていた。これではアリアに怒られてしまう。やってしまった。

 シヴァンが代わりに『今日は先約がある』と断ってくれた。


 特に気にするでもなく、そうなんだーと引き下がった。ルーズは困った笑顔で『ごめんなさい』と謝罪した。

 ちなみに困った笑顔は王妃様に教わった。だいたいこれでいけるわ、とのことだ。使い所は、微妙な謝罪の時と聞いた。多分合っているはず。


 アズはルーズのあまりに貴族らしい謝罪の仕方に驚いた。貴族らしいのに嘘くささがなかった。ただ美しく儚げな表情になんでも許してしまいそうになりどきっとした。

 思わず『お前のねぇさん、なんなの?』と聞いた。

 シヴァンは『私にも分からん』と呆然と答えた。


 弱々しくじゃあまた、と離れていくアズを見送る。ルーズは、次はちゃんと人の話を聞こうと気合いを入れ直した。


 知り合いに挨拶を、と辺りを見回すとビクトリア夫人を見つける。声をかけに行こうとシヴァンに声をかけた。


 『あちらにビクトリア夫人が…』と言葉の途中でラズールが夫人と隣の男性、恐らくライス伯爵と会話しているのが見えた。


『ああ。彼は先ほどの…確か衛兵隊所属だったかな。

ライス伯爵は衛兵隊長だから仕事の話かもしれない』

 そういえばライス伯爵は騎士団に勤めていると言っていた。

 衛兵は城の警護が主だった仕事だったはず。ラズールも正装で仕事をすると言っていたな、と思い出した。仕事中なら挨拶はまた後にした方が良さそうだ。


『仲良さそう…』

 ビクトリアからなんだかんだ仲良くしていると聞いていたが、ライス伯爵の溺愛の眼差しに見てるこちらが照れてしまいそうだ。可愛くて仕方がないと顔が物語っている。


『挨拶はまた今度にします』

 あの中に入っていく勇気が出ない。


『じゃあアリア夫人たちのところに挨拶にいきますか?』

 シヴァンが指さす場所に視線を向けると、華やかな集団がいた。

 アリア夫人たちだ。楽しそうに談笑していた。




『アリア夫人、今日も夜空のようにお美しいですね。

義姉上を連れて参りましたので、よろしくお願いします』

『あらありがとう、嬉しいわ。

ルーズさん待っていたのよ、さぁ来なさいな』


 ルーズは頭をさげ挨拶を披露した。散々ダメ出しと誉め殺しで鍛えられたカーテシー。

 アリア夫人たちは満足そうに頷き、居もしない孫を見るような眼差しで自分の横に座るよう促す。

 あまりのルーズの人気ぶりにシヴァンが若干引いた。だが嫌われるよりいいか、と後を任せた。


『あとで父が追い払いたい虫が来るかと思いますが、本人に任せていただけたら…ではお願いします』

 

 アリアは扇で口元を隠しながら、楽しそうな話に笑った。似たような年代に生まれたキーラとアリア。何かと比べられうんざりな腐れ縁。

 可愛がっていた後輩のシャンリーはキーラに取られた。シャンリーがキーラに嫁ぐと聞いた時は三日三晩嘆いたものだ。


 可愛いシャンリーに似た魔法を使うルーズ。どことなく抜けているところも少し似ている。

 ルーズのことを奴より早く知っていれば、タスペル家の養女にしていたというのに。イリアと2人で仲良し姉妹になったに違いない。あー悔しい。

 

 独占欲の塊の奴の顔が目に浮かぶ。


 最初からマリアドではなく私に教師を頼めばよかったものを…あんなしつこい男全然いいところないわ。

 ルーズは男を見る目があるといいのだけれど…



『アリア夫人、それに皆様のおかげで昨日もですが、今日の夜会も無事に前を向いて歩けました。

ご指導いただきありがとうございます』


 貴族として教えた全ての所作を全部忘れてしまったような、ただ純粋な心からのお礼にため息が出る。

 この小娘は私たちから何を学んだというのだ、全く…


 これではまだまだ教えなければならないじゃないか。


『ルーズさん、お礼の仕方教えましたでしょう。お忘れかしら』

 アリアの指摘に慌てて貴族の顔を作ろうとするが、出来ないらしい。ルーズ曰く『気が抜けて…』だそうだ。

 この集団を前に気が抜けるなんて普通はありえない。本当にこの娘は…


 はぁ…扇で口元を隠す。

 ため息を隠すふりをし本当に隠したのは緩んだ口元。夫人たちは、この優秀で不出来な可愛い生徒に呆れ果てる。


 そして一様に思うのは『我が家の嫁に来ないかしら』だった。娘しかいないところはキーラより先に見つけたかったと悔しがった。

 話すたびに成長するルーズに婦人たちは笑顔が溢れる。和やかな雰囲気を割って入る空気が読めない人間が現れる。



『失礼。よろしいだろうか?ルーズ嬢を迎えにきた』


 そんな集団に1人の男性。隣国の正装を纏いルーズを迎えにきたアシェル。

 ああこれが、虫ね…

 夫人たちは、すっと目を細め貴族の顔つきで微笑む。人の良さそうな笑顔で品定めだ。うちのルーズに何か用か?と。


『あら、今キーラ様から大事なお嬢様をお預かりしてまして、どちら様で?』

 アシェルは言葉に詰まる。今回は勝手に来たために名前を名乗れない。ちょっと密入国に近い。そしてアリアもその事情を知っている。

 名乗れば密入国、名乗れなければ不届きものである。




 長く一瞬の沈黙。両者の睨み合いを制したのは、呑気な一声であった。


『あ、師匠!ほんとに来たんですね?』


『私はルーズの魔法の師だ。弟子を連れて行く。失礼』


 アシェルは薄く微笑むとさっとルーズの手を取った。軽々とした足取りで集団から抜ける。


『やられましたわ』

 がっくりと大袈裟に肩を落とす夫人方。

 でも私たちのルーズが笑っているならまぁしょうがないわね、と彼女の背中を微笑ましく見つめた。


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