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『義姉上、次は私たちも踊りましょうか』
義弟の手を取り中央に進む。
ルーズが歩くと周囲の視線が追いかけてくるのが分かる。隠す気もないのだろう鋭い視線にシヴァンは苛立ちを込めて視線を返す。
『あれは子爵家の人間だな。
うわー睨まれて下を向くなら最初から止めればいいのに…』
情けない、とシヴァン言うが公爵家次期当主に睨まれたら誰だって黙るだろう。全貴族の顔と名前を覚えているのか…すごいな。
バレていないと思っていたに違いない子爵家の誰かにルーズはちょっとだけ同情した。
曲が始まりルーズは姿勢を正し、微笑む。
ただそれだけで周囲は息を呑んだ。
アリナーデ様直伝の微笑みを見せつける。これだけで小物を倒せるとサフィール様のお墨付きだ。
倒したいわけではないが、まずは貴族なのだと認めてもらおう。
周囲の反応にルーズは悪戯が成功したような気持ちだ。やってやった。得意そうな顔が高位貴族らしく実によく似合っていた。
シヴァンもそんな義姉に満足げに微笑む。不埒な視線には牽制し、姉弟の距離を保ちながらも仲の良さを見せつける。面倒なダンスを涼しい顔でやってのける公爵令息の技術。
会場中の視線はキーラ家の子供達に注がれる。
『彼女はなんだ…?どこから現れた』
『高位貴族の出か?』
驚きの視線の中、温かい目で姉弟を見守る華やかな集団がいた。
勤勉で真面目、山育ちの体力を併せ持ち素直なルーズ。そんな彼女を王族と高位貴族はみっちり仕込んだ。教えれば教えるほど吸収していく様に皆んなが面白がって詰め込んだ。
ルーズは皆が作り上げた作品だ。
誰にも嘲笑うことなど許さない。
私たちの自信作。
身元不明の大したことない女だと見下していた周囲の視線。それをルーズの微笑みひとつで覆る様子に気分を良くしたのはルーズだけではない。そんな彼女の後ろ盾の人間たちだ。
彼らは、息を呑みルーズに釘付けにされている貴族たちを見て酒を美味しくいただく。
『ふふ、いい顔しておりますわ』『ええ、ルーズ様も周りの方々も』
華やかな集団から少し外れた場所にアリアはいた。
『見なさいなマリアド夫人。貴女が教えた時より遥かに美しいでしょう?』
『…』
何も答えないマリアドにアリアは扇の中でため息をこぼした。
『…ルーズさんは貴女に感謝していましたよ』
ルーズにダンスを教えていたマリアド夫人。教師としての腕は確かだったが夫人は自分より身分が低い人間が嫌いだった。
教師であることに誇りにしていた。
教師として多くの高貴な生徒を持ち、ついに王族の教師にまで上り詰めた。
それなのに元平民に教えることになった。
許せなかった。教養も素養もなさそうな成人女性を教えるということが。
この私が?何故??こんな小娘に…
ストレスを吐き出すようにきつく教育した。
すぐに泣いて逃げ出すと思った。だがルーズは平然と毎日やってきた。昨日より成長して。
イライラが止まらなくなる寸前にアリア夫人がやってきて、教師をクビになった。正直助かったと思ってしまった。
これ以上は怖かった。何をするか分からない自分に。だからさっさと逃げた。それなのに…
『私に感謝、ですか?…何故』
『ルーズさん虐められてるなんて思ってなかったのですって。学ぶのに必死だったのでしょう。
彼女、理想の生徒よね』
しっかり元教子の晴れ舞台を見なさい、とアリア夫人は言うが視界が歪んで見れそうにない。
"理想の生徒"
その言葉が重く胸に響く。
毎日成長していく彼女を認められなかった。
自分より下でなければならないと、ミスを見つけるたび高揚した。
自分は何をしていた…?
真面目で勤勉。教えれば教えるだけ吸収する。
教師という仕事が誇りだと言うのなら、ルーズのような生徒を排除するなど理由がない。
教師として理想の人物を手放した。
教師ではなく、"王族の"教師という肩書きに囚われていた。高貴な人間を教える自分そのものが高貴な身分になれたようで酔いしれた。
最初から間違っていた。教師という誇りなどマリアドには最初から持っていなかったのだ。
なんて愚かな…
自分には何もないではないか。
他人の身分を己のものと思い込む浅ましさ。普段自分が見下す卑しい身分のものたちそのものだった。
自分には、何もない。
『貴女、プライドがねアレだけど教える技術はあるんだからこれからも頑張りなさい。王妃様も貴女がどこにいても見守っているわ』
掛けられた言葉に涙を堪えきれず、深く頭を下げる。
教師という技術があるのだと認めてもらえ、さらに続けてもいいという温情がかけられた。ただし王妃の目の届かないところで、つまり中央から出て、だが。
意味を正しく理解したマリアドは『ありがとうございました』とお礼を言って退席した。
その顔はつきものが落ちたようにすっきりしていた。
その背にアリアは『幸せにおなりなさい』と声をかける。一瞬足が止まったが振り返ることなく教師らしい綺麗な姿勢で扉から出て行った。
曲が終わった。
ルーズたちはキーラの元に戻った。
昨日お披露目会に参加した面々もルーズたちを待っていた。
『上手く踊れていた。良かったよ』
キーラは機嫌良さそうに微笑んだ。一瞬だったが。
貴族の顔が少しでも剥がれた彼は珍しい。それほどルーズとシヴァンの踊りを皆に見せつけられて嬉しかったのだろう。
シヴァンとルーズはキーラたち当主陣の集まりから抜けて、静かな場所に移動した。
王家主催ということで豪華な料理が並べられているが、綺麗に盛り付けられたままであまり減っていないようだ。
不思議に思いシヴァンに聞くと、夜が長いためまだ食べる人が少ないらしい。
作りたてが美味しいのでは、と残念がっていると料理全ての皿が保存魔法具になっているのだそうだ。
料理に使われる食材や使用された皿などの魔法具全てが一流品。この場に来ることが一種のステータスでもある。
『これらの魔法具の魔力源は全て王族が補っているんだ』
夜にも輝くシャンデリアの光は音楽に合わせて淡く時に強く輝く。露出されたドレスでも寒さを感じない室温は保たれたまま夜会が続く。
これら全てが王族のみの魔力で行われているというのだ。
一流品を集め、扱える力があるのだと示すのに十二分だろう。
『王族はやはりすごいですね…』
そっと玉座に座る王と王妃を見る。その視線に気づいたようで、凄まじいドヤ顔をされた。
思わず笑ってしまい、不敬だったかと焦るがシヴァンは呆れた顔で王を見ていた。
『なんでこの距離で褒められたの気付くんだ』盗聴は隠してくれないだろうかと嘆いていた。王は愉快そうに笑っていた。
えー…会場中の声を聞いてるのかしら。
下手なことは言わないように気をつけよう…
近くにあった不思議な味のりんごパイを頬張りながら余計なことは言わない、と心に決めた。




