71.5
夜会の中で起きている小さな出来事とビクトリア夫人の話
読み飛ばしても影響ありません
ラズールたち正装騎士団員の今日の仕事は警備とルーズに関した情報収集だった。
馬鹿なことするやついなきゃいーすけど…
ラズールは余計な仕事はしたくないな、と味気のない果実水を飲み干す。仕事中のためお酒が飲めないのだ、辛い仕事である。
あちこちで面白おかしく話される突然現れた公爵家の女性。憶測が飛び交い酒が進む。
ふらふらと貴族の塊をすり抜け歩きながら周りの音を拾う。
(…おいっ!あれ!)(どういうことだ!!)
『あ?どうしたんだ?』
当たりの塊を見つけたようだ。
なぜかルーズたちの方を見て驚いている集団がいた。他の集団とは違い、探るような視線ではなく純粋な驚きと理解できなそうな顔で固まっている。
集団の1人の手からグラスが落ちそうだった。
『おっと、大丈夫ですか?』
ラズールは男の手からグラスを抜き、手渡した。『顔色が悪いようですが、何かありました?』親切そうに声をかける。
『いや、いや…なんでもない』
『そうですか。お気をつけください。
あ…
もしかしてルーズ様を見ていたんですか?綺麗な方ですよね。公爵令嬢になられたルーズ・キーラ様』
では失礼、と後にする。
背後から『ルーズ…キーラ、ルーズ……ルーズ・ベクタールまさか…』と震える声が聞こえた。無事任務完了のようだ。楽勝楽勝。
ビクトリア様も人が悪い。
ギルドの連中を見つけたらルーズを褒めよ、だなんて。
言われなくてもやるのに、とほくそ笑んだ。
『あら、ラズールありがとう。旦那様もありがとうございました』
ビクトリア夫人は満足そうに微笑む。ライス衛兵隊長はそんな夫人を見て嬉しそうだ。
いいご報告ができたようで嬉しい限りだ。
では、次は…
そしてまた、花を咲かせた貴族の塊をすり抜けに行く。
『ビー。ギルドの連中はそのままでいいのかい?』
ライスは夫人のビクトリアに尋ねる。彼らにさらに追い討ちをかけるか、と。
国王からはギルドについては手を出さないよう通達されているが、夫人のためなら兵を動かす。
普段滅多にお願いを言わない妻の頼みは『彼らに立場をわからせたい』だった。
そんな可愛らしいお願いには全力で叶えたい。
『ふふ、ありがとうございます。
いいのです。彼らはもうすぐ勝手に自滅するでしょう』
男を惑わせる容姿に、何手も先を読む鋭い勘。
恐ろしい女だと僅か5歳で噂を立てられた可哀想なビクトリア。彼女に家族という味方がいなければ今頃は、実家から一歩も外に出ることはなかっただろう。
ライスは騎士団の中の衛兵隊に所属している。仕事は城の警備や護衛など。魔物討伐をしている隊と違うのは人を相手にしていることだ。
城の警備は特に貴族が相手になる。恨まれることも多々。
ある貴族の男を捕まえたライスは逆恨みで男の親族に妻が狙われた。毒を盛られ一命を取り留めたが、助からなかった。
自分のせいでと自暴自棄になり騎士団除籍寸前まで落ちぶれ謹慎になり数年過ごした。
息子は学園の宿舎にいたため問題なかったのが救いだった。
そんな彼の前に現れたのは『綺麗な毒花』の渾名で親しまれていたビクトリアだった。毒花と呼ばれ親しまれているなんて可笑しな話だが実際に社交界の花の一つになっていた。
久々に出ることになった夜会で彼女と出会った。たまたま2人で話す機会があり『君は毒と呼ばれているが良いのか?』と一回り以上下の女性に尋ねた。
今考えるとなんて愚かだったのか自分を呪いたい。
そんな人を馬鹿にした質問に彼女は妖艶に微笑み答えた。
『薬も過ぎれば毒。毒も必要なら薬。
私が薬になるか毒になるかは相手次第ですわ。
貴方には薬に見えるかしら、それとも毒に見えて?』
挑発的な眼差しが、ライスを射抜いた。
『いや……女神に見える』
疲れていた。酔っていた。
言い訳ならいくらでも出るが、本心だった。
他人からの悪評という名の毒をも喰らい美しく生きるビクトリア。その強い眼差しがライスの奥底で消えかかった活力に火を灯した。
妻を守れなかった後悔を死んだように生きる理由にした。強くなるべき時になんて情けなかったのかと自分を恥じた。
自分の愚かさを自覚すると同時に目の前の彼女の強さに強烈に惹かれてしまった。
ライスはその後正気を取り戻し、ビクトリアを囲いこんだ。誰にも文句を言わさずにかつて知将と言われた手腕を、親子ほど離れた女性に惜しまず発揮した。
自然にそうなるように偶然たまたま2人は結婚することになった。
後にビクトリアはライスのあの質問に『大変ムカつきました』と言っていた。
息子は歳の近い後妻を迎えると聞いてビクトリアを心配した。碌でもない父親の記憶が強かったから。
なんやかんや過ごすうちに碌でもない父が、ましな父になり尊敬する父になった。義母には感謝で頭が上がらない。
空にいる母もようやく安心するだろう。
爆破によって父は魔力を失った。持てるもの全てを母に注ぎ込んだのだ。母は最期にもういい、ありがとうと言い残したのだと乳母に聞いた。
父は母を見捨てたわけではないし、母は絶望し死んだわけではないと確かに2人に愛があった、と。
僕では父を支えられなかった。
だからビクトリアに父を任せる。
そしてライス夫妻は今日も夜会を楽しむ。周りを観察しながら。




