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『ルーズ様、部屋を黒くするのは危ないので今後はお気をつけください』


 後先考えず本能のままに撒き散らした黒い魔法は、部屋を一晩中暗くしていたとタナーたちから聞かされた。そして騒ぎに駆けつけた執事に優しく注意を受けた。


 今後は暗くしてもいい部屋を作ってくれるそうだ。今後があるかは分からないが、一度あるなら二度目があってもいいようにしますと強めの笑顔で押し切られた。


『義姉上大丈夫ですか?!』


 シヴァンも心配して来てくれたようだ。申し訳なさと情けなさで落ち込む。


『すみません、ついやってしまって…二、三時間ほどで消えるかと思ってましたが魔力量が上がっていたみたいで』


 執事は恐らくイノウの肉のせいではないかと教えてくれた。相性がいい肉は魔力を増幅させる働きがあるらしい。たまたまルーズの魔力とイノウの魔力の波長がぴったり一致してしまったのだろう、と。


 原因がなんとなく分かり今後は食事に気をつけようとルーズは"イノウ相性が良すぎる“と心に刻んだ。



『ルーズ様、イノウは貴族にとって一般的なものです。王家主催の夜会には出てこないと思いますが、念の為お気をつけください』


 イノウは鼻先から尻尾の先まで美味しいと言われる優秀な食材なのだそう。肉として出てこなくてもスープに入っていたりするので、食べてすぐ魔法を使う時は注意したほうがよさそう。



 ルーズはタナーの言葉に力強く頷いた。









『それでは義姉上、城に着いたら父が出迎えてくれるようです。行きましょうか』


 シヴァンのエスコートで馬車に乗り込む。

 今日は昨日より長々と磨かれ、化粧をし全身煌びやかな装いとなっている。結い上げられた髪に着けられた大きな飾りには彩豊かな宝石が光り輝く。

 シヴァンは誰よりも美しいです、と言っていたが宝石の数の話だろうと遠い目になった。


『もうすぐ着きます。

今日はドレスの裾が長いので足元に気をつけて。エスコートなしで歩くのは危険ですからね』


 こくこく、とルーズは頷いた。

 引きずるほどの長さにピンヒールは不安定だ。貴族は軟弱だと平民時代話していたがとんでも無い。

 こんな服を着て歩けるなど相当な体力と筋力、バランス感覚が必要だ。村に帰ったら貴族の凄さをみんなに伝えよう。


 



『失礼致します。キーラ家の馬車でしょうか?お迎えにあがりました』


 馬車が止まり外から声をかけられた。

 窓を開け確認すると、騎士団のラズールと、文官のペイルが並んでいた。

 


『宰相は控え室にいますのでご案内いたします』

 ラズールは普段の気軽な雰囲気を消している。

 騎士団の証のリボンを外し正装をしている彼は立派な貴族子息だった。


 今日は仕事が休みなのか聞いてみると、今回は正装が仕事着なのだと言う。

 客を装いながら怪しい人物がいないか警備するのが今日の仕事らしい。人が多いと対策も色々必要なのだと。大変な仕事だ。



『それでは、こちらに宰相がお待ちです。また会場で』

 最後まで真摯な態度のままラズールは会場へと向かった。ペイルに『どうぞ』と扉を開けてもらい中に入る。すると、不機嫌そうなキーラ宰相の他に何故かもう1人いた。



『ぅえ!?師匠!!』



 なんでここに?とキーラとペイルの顔を見るが朗らかに微笑む師匠とは反対にキーラは頭痛でもしてそうな顔をしペイルは無だった。

 シヴァンも『なんで?』と驚いているため知らなかったようだ。


『弟子からやっと手紙が来たと思って返事を書いたが一向に連絡がないから来た』

 


 うっわ…なんとなく返事はこなさそうと思って気にしてなかった。家に届いていたらしい。やってしまった。

 


 ペイルさんが後ろから『ボルデティオ殿下も一緒に』と付け足した。それで、宰相は忙しかったのかと納得したが当の本人は不満そうにしていた。


『今日はルーズの初めての夜会だ。時間がないのでアシェル殿早く出て行ってもらえないだろうか?


ああルーズよく似合っている。さぁ行こうか』



 キーラが差し出した手の横からアシェルの手が伸びた。バチっと音がしてキーラは横を睨みつけるが涼しい顔で犯人はルーズを見ていた。


『私がエスコートする』



 差し出された手にルーズは戸惑う。明らかにキーラに攻撃したのに何平然としているのか。

 今日はルーズのデビュタント替わりでもある。なので親族のエスコートが好ましい。



『あの、師匠。

私今日がデビュタントみたいなものなので、親族のエスコートじゃないと面倒なことに…』

 デビュタントは親族か婚約者というのはアリアから習った。師匠のエスコートは受けられない。


『……』

 師匠が動かなくなった。大丈夫だろうか。『ししょー』と呼びかけるが反応がない。

 キーラを見るとほっておけという顔をして手を差し出している。本気で放置して夜会に行こうとしている。


 仕方なくキーラの手を取ろうとすると『じゃあ後でダンス誘いに行くから』と言ってアシェルは部屋から消えた。


 師匠踊れるのか…さすが貴族。

 ぽけっと感心している後ろでペイルは残念そうな目でルーズを見ていた。気づいてはいないが。




 夜会は爵位が低い順から入場するため宰相を務めるキーラ家は貴族の中で一番最後になる。いつもは仕事として王族の後ろから入場していたが今日はルーズがいるため、正式に招待客として入る。

 

 名前が読み上げられた会場内からのざわめきが扉の前に立つルーズにも聞こえた。一歩踏み出すつもりが足が床にくっついたように進めなかった。


『お前は私の娘だ』

 キーラがほんのり顔を赤らめそんなことを言うので、ルーズは緊張から放心状態に変化した。

『父上……。義姉上我々は家族です』

 父親の様子を見て少し笑っているシヴァンの言葉で心が戻る。

 2人に挟まれたルーズは『はい』と返事をし顔を上げる。大丈夫。


 行くぞ、と子どもたちの了承を得ないまま足を進めるキーラにいつも通りだなと笑いが出た。


 何故か宰相に好かれているらしい。

 …いつか義父さん、と呼べるだろうか。


 照れ隠しで仏頂面になったキーラといつも通りの貴族らしい笑顔のシヴァン。その真ん中に笑いながら現れた女性。

 キーラ家の入場にざわめいていた会場の人間は口を閉ざした。

 宰相をよく知る人間は照れていることに驚き、それ以外はキーラが怒っていると恐怖した。


 どよめきが広がる前に国王と王妃が入場したため、多くの混乱のもと夜会は開催された。



 ちらちらと視線を集めながら、ルーズたちは国王らのファーストダンスを見守った。


 

『あれは、誰?』『ルーズ・キーラと紹介されていたわ』『後妻?』『いやまさか…』『あんな子見たことないわ』『宰相様の怖い顔見ました?』『嫌われているのかしら』『そうよ』


『『そうに違いない』』


 ビクトリアの噂を聞くことも出来ず、お披露目会に参加した貴族とも接点のない有象無象の貴族たちの雑音に、眉を顰めるのは顔の広い下位貴族たちだ。


 会場は自然と入り口から離れた場所に伯爵以下の貴族が集まっている。

 侯爵位と伯爵位の一部だけに流された国王とルースの噂。普通は男爵位まで噂は広がるものだ。だが今回はなぜか広がることはなかった。

 

『貴族は情報戦とあの方達普段お茶会三昧ですのに』

『上手く情報が流せたらしいとは聞きましたが…』

『もしかして噂は聞いたが理解できなかった、のかも』


 あー。これだから貴族は怖い怖い。声に出さずに扇で口元を隠しながら、情報を知っていそうな家同士で徐々に固まって行った。



 

『ルースの話なんて興味出ませんものね。普通は』


 ビクトリアは上手く意味深めいて噂を流したが、噂を聞いた人間は上手く噂を繋げなかった。人から人に流れる噂。人を介する度に徐々に薄まる言葉に込められた意味。

 下位貴族に流れる時には、ただ"王がキーラに預けたルースを早く装飾品にしたいらしい"というつまらない話になっていた。


 この噂は公爵家に養女が迎えられたという事実と合わせて初めて意味が分かる仕組みだった。

 


 分からないというのは致命的だ。


 貴族なのだから。


 キーラたちの貴族の選別は全体に渡っていた。

 

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