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 キーラの横でルーズは挨拶に来た貴族となんとか会話を続けた。言葉に詰まりそうな時はシヴァンが、意地の悪そうな物言いには宰相が睨みを利かせた。

 

 列の中盤を過ぎたあたりからなかなか尻尾を出さない元平民に苛立つものや認めるもの様々な反応を示した。

 ルーズは見下される態度に懐かしさを感じ、つい笑顔になってしまった。明らかな格上に意図不明の笑顔を向けられた貴族は恐怖に慄きそそくさと会話を切り上げた。早足で帰っていく大きな宝石の指輪が目立った老夫婦に首を傾げた。

 キーラにもシヴァンにも出来ない撃退法に感心し褒めた。ますますルーズは首を傾げたがそれすらも彼らは満足そうにしていた。



 その様子をそっと遠くで眺める婦人方は楽しそうに話に花を咲かせていた。


『あの話は本当だったのですねぇ』

『いやだ貴女ビクトリア夫人が嘘を言うわけないでしょう』

『ふふ分かりますわ。キーラ家も王族も裸石を愛でているなんて信じられませんでしょう?』

『そうですわね。本当にしっかり磨かれた"ルース"ですことね』


 ビクトリア夫人の茶会から実しやかに流れた噂があった。

 それは"どこから手に入れたのか不明だが王族自らが見つけた美しい宝石があるのだと。ただし今はまだルースの状態でキーラ公爵家が預かり今後どんな形で世に出るのか国王も楽しみにしている"と。


 ルースまたは裸石とはカットされた状態の台座に嵌められていない宝石のこと。つまり何にでもなれる可能性を秘めた宝石である。

 そんな宝石に準えルーズ・キーラは、今は公爵令嬢という形だが今後さらに躍進すると王が確信している女性だという噂だった。


『ルースとはよく思い付きましたわ』

『ビクトリア夫人は面白いですからね。あら宰相もシヴァン子息もあんなに気を遣って…微笑ましいですわ』

『本当ですわ。あれを見ても嫌味を言いに行くなんて、噂もご存知ないようですしあちらの家は社交下手ですのね』


 人気のビクトリア夫人の茶会に参加できる者、噂を真に理解できている者、知らずとも空気を読める者であればこの場でルーズに一度たりとも冷めた目で見ることはない。

 宰相は自分の派閥のパーティーで自身の娘のお披露目ついでに有能な家かどうか見極めていた。


 ルーズの立ち振る舞いや話術も想像以上の出来に鼻高々であった。噂もよく機能しており、大満足だ。


 重要な貴族との挨拶が終わった頃、アリナーデたち3人の兄妹がパーティーに現れた。


『皆顔をあげてくれ。ルーズは私たちにとっても良き友人である。知っている者もいるだろうが、彼女はアリナーデの魔法教師を立派に務めている』


 ルディアシスは、ルーズとの仲をしっかりアピールしたことで先ほど嫌味を言った貴族らは居心地が悪そうに身じろいだ。シヴァンは満足そうにその様子を見た。

 


 

 アリア夫人とその友人たち、さらにアリナーデやサフィールを交えての歓談は、ルーズにとって目の保養かと思うほどの美しさであった。


 『美しさとは磨かれていくのですね…』夫人方の熟された美しさに思わず言葉が出てしまったルーズ。

 ご夫人方は、この貴族なりたてのひよっこを可愛がろうと決めた。素直に育てましょう、と目線だけで会話し頷く。

 アリナーデは楽しそうにお菓子を頬張った。


 

 そういえば…と言い出したのはアリアの友人のご婦人だった。

『ルーズ嬢の魔法が綺麗だとお伺いしたのですが、どのようなものかお聞きしてもよろしいですか?』

 夫人の身内に魔法士団員がいて家で『綺麗だった』と目を輝かせていたこと興味があったのだと楽しそうに話した。


 王女2人に視線を送ると、頷いた。

 

『綺麗、かどうか自信はないのですが…』

 ルーズは自身の魔法に嫌な気持ちは薄まったが、綺麗だと言い切るにはまだ難しいと少し困った笑顔になった。その場から立ち上がり空いている近くのテーブルを指差した。

 

『それではあちらをご覧下さい』


 ふぅーと暗闇の息を吐き出し、手で黒いクロスを広げるようにテーブルに掛けた。

 白基調のスミレが散りばめられた元のクロスから薄く煌めく黒いレースがかけられたようだった。その繊細な輝きに、婦人たちも王女も感嘆の息を吐き出した。


『これは、素晴らしいですわ!』『ええ本当に』『ベールのよう』


『ルーズの魔法本当にいつ見ても綺麗な魔法だわ』

 アリナーデも煌めく黒いベールのような魔法を褒め、婦人たちはさらに盛り上がった。


 ルーズはほっとした。

 人に魔法を聞かれた時のために、テーブルなどに掛けられるように練習していた。暗闇は通常では靄のようだが薄く氷で固めることで形作ることが出来るようになったのだ。


『ありがとうございます。これが私の魔法です』


 会場の人間によく聞こえるようにサフィールが声を風に乗せてくれた。

 ルーズの魔法は"綺麗な魔法"だと記憶に焼き付けてもらうためだ。特殊な魔法は一つしか使えない。先に見せてしまえば何か隠しているのではないかと勘繰られることはない。

 暗闇に手をかざし、魔力を消すと元の純白のテーブルに戻った。



 離れた場所でキーラはルーズが黒いテーブルクロスを生み出すところを目に焼き付けるように瞬きを忘れ見入っていた。遠い昔に笑いながら黒い布を広げた彼女を思い出しながら。

 

 『…シャリー』ぽつりこぼれ落ちた想いを拾ったのはシヴァンだった。シャリーとは母シャンリーの愛称だ。

 その想いの詰まった言葉にシヴァンは母親の不思議な魔法を見た記憶が朧げに蘇る。思い出の中で笑いながら大きく手を広げ"夜"を作った母親。その中に星を入れてきらきら輝く夜空を見上げた記憶。

 ルーズが作り出した"煌めく黒"と母が作った"夜"が重なる。

 

 『母上…?』今度は息子から落ちた言葉を父親が拾った。

『あの子はシャリーとどこかで血の繋がりがあるのだろう』

 ようやくルーズをわざわざ養女に迎えた意味を知る。彼女を迎えるのは我が家でなくてはダメだった。それ以外はありえない。


 言いようのない感情が胸を詰まらせる。

 忘れかけていた喪失感と見つけた喜びに頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 目に湧き上がった水分が溢れないよう歯を食いしばりながら義姉が義姉となってくれた奇跡の出会いに感謝した。





『夜会は私たちは参加できないけど、頑張ってね』

 アリナーデの言葉にサフィールも頷く。


『アリナーデ様大丈夫ですわ。私たちがそばで見守りますわ、ねぇ?皆様』『ええ、もちろん』


 明日は王家主催の夜会が行われる。公爵令嬢になった成人を過ぎたルーズももちろん参加しなければならないが、今日のように主役ではないため幾分かは気が楽だと思っていた。


『夜会は女の戦場ですからね。私たちがお守りしますわ』


 ちょっとそれは習っていない情報だ。


 ここで知らないと言えば、なんとなく良くない気がしてルーズは初めて分かるフリをしこの場をやり過ごした。が勿論、百戦錬磨の高位貴族にはルーズの"フリ"などお見通しであった。



 こうしてルーズは無事に、公爵令嬢としてお披露目された。



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