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ビクトリア夫人を交えたお茶会から早いもので一月半が経った。
その間、ルーズはダンスレッスンや国、王族の歴史や家門の勉強など最低限だが体と頭に詰め込まされた。それはもうぎゅうぎゅうに。
たまの息抜きに魔法士団での魔力全開放の許可が無ければ全てを投げ出していたかもしれない。
アリナーデの散歩も慣れたもので、楽しく過ごした。何故かパンツスタイルの制服が支給されたが動きやすく、考案してくれたルディアシスに感謝したくらいだった。
魔法授業の方は迷走を極めて、王女は魔力ボールを簡単な形にして作り出すことが出来るようになった。
初めてうさぎ?のような猫?のような形のボールを作り出したアリナーデは『見て!お父様を作ったの!』とはしゃいでいた。
王冠を被った国王陛下だったらしい。陛下は初めての作品?にとても感激し、今は寝室に仰々しく飾られているそうだ。親馬鹿である。
それを見たルディアシスは『えっと…犬?』と聞いてアリナーデに怒られていたが、サフィールは『これは…父上か!すごいなアリナーデは!』と褒めていた。王妃は口を開かず優しく微笑みアリナーデの頭を撫でた。
温かい家族の団欒を見られたルーズは、授業はあんまり進んでいない気がするがこれはこれで良いか…と自分を納得させるという事があったり、忙しい毎日だった。
そして今日は久しぶりの休みだ。
昨日はダンスレッスンの後にタナーによる全身マッサージを受けたおかげで連日の疲れが嘘のように消え去り体が軽い。
今日は何も考えず好きな本を読むと決めている。
城の勉強で読んだ本はどれも読んだこともなくさらに専門家の解説付きで楽しかったが、頭が休まらなかった。今日はだらだらと好きなペースで本に浸りたい。
本棚から数冊取り出し、タナーに分けてもらった紅茶を淹れお気に入りのソファーに寝転べば最高の休日スタイルの完成だ。
紅茶の残り香も消え去ったころには、部屋は紙を捲る音だけが響いた。
新しい紅茶を入れ二冊目の本を読み進めていると"心と魔法"という項目があった。今読んでいるのは教育用の基礎魔法の本だ。
"心が大きく動かされた時、魔法の威力は上がる。
だが心とは、曖昧なものである。
人には大きく6つの感情があるとされる。
喜び、怒り、悲しみ、驚き、恐怖、嫌悪。これらの感情が作用する働きは人によって様々だ。
心とは感情に揺れ動いた先にあるものと考える。
喜びが力になるか。怒りが力になるか。個人差が大きい。これは心を動かすのに必要な感情が人によって違うためである。
安易に、特定の感情を受けた時に魔力が上がるなどの指導は注意が必要である。
個人によって条件が異なることを十分に配慮すること"
ふむふむ…
感情に心か。
今まで魔法と心について関連づけたことはなかったが、確かに火事場の馬鹿力などはよく聞く話だ。
ずいぶん昔のような気がするがアリナーデに『あなた今幸せ?』と聞かれたことを思い出される。
もしかすると彼女は、幸せだと魔法の力が大きくなると考えていたのだろうか…とこの本で少し納得した。
実際は王女は仮の婚約者に微妙に適当なことを吹き込まれたせいだがルーズが知ることはない。
そうなら、やっぱり可愛いな…
あの時のあどけないアリナーデの顔を思い出し、あまりの可愛さに頬が緩む。
二冊目の本も読み終えたところで時計を見るとお昼をだいぶ過ぎた時間になっていた。今までなんとも感じなかったお腹が時間を確認したことで途端に空腹を主張し始める。
ぐうぅ〜
部屋に響く情けない音。
いつもは近くの店で買ってきて家で食べるのが定番だったが、今日は時間もある。
『せっかくだし、ご飯食べに行こうかな』
毎日城に行くために渡る橋は今日も多くの人が行き交い、時々ギッと壊れそうな音を鳴らす。
最初は音が聞こえるたびに、いつ崩れるかと恐怖を感じていたが、いつしかこの音を聞くとまた鳴っていると笑えるようになった。
耳に音が馴染んだのか、ルーズが街に馴染んだのか分からないが今では、この街の音だと思えるようになっていた。
あちらこちらで度々鳴らされる音に耳を傾けながら歩く。
川は静かに流れずっと遠くまで続いていた。
川の最後はどうなっているんだろう…
"海"というものは本で読んだが、川と海の境というのが分からない。名前が変わる瞬間はどこになるのかどうやって決めたのか。
世の中分からないことばかりだ。
もしかしたら全知であろうとする王族ならこんなことも知っているのだろうか。
ぼんやり川を見ていたら、何故だかアリナーデなら知っていそうだと思えた。
川のことを考えていたら、ふと川の上流にある隣国のことを思い出した。
この川が隣国まで続いているのか…
…隣国…何か忘れて、あ。
師匠!
大変だ。
手紙を書くと言っていたのに色々あって忘れていた。家には家族に送るような粗末な紙の便箋しかない。新しいのを買わなければ。
ルーズは予定を変更し、急いで雑貨屋に行き新しいペンと綺麗な便箋を買い食事はいつも通り持ち帰りとなった。
ゆっくり手紙を書ける日が当分なさそうなのだ。今日しかない。
読みたい本がまだあったけど、また次の休みにとっておこう。こういう時、本はいつまでも腐らず待っててくれるから有難い。いつか読む、必ず。
心の中で本にしばしのお別れをし、足早に橋を渡った。今日はあの日のように泣きながらではない。
何を書こうかと胸を躍らせながら走りたい気持ちを落ち着けて帰った。たまにギッと鳴らしながら。
家に帰るとすぐに食事を済ませ、ペンを走らせる。感謝も報告も言いたいことも全部詰め込んだ。どれだけ感謝しながら過ごしていたか思いの丈を書き記し気づけば5枚以上の手紙となっていた。しかもまだ書き途中である。
どうしよう。師匠忙しいよね…あーでも書きたいことがあり過ぎて削れないし手も止まらない。
少し悩んで昔は勝手にずっと話しかけてたことを思い出し、師匠なら大丈夫だろうと結論づけて好きなようにルーズの想いと歴史を文字に認めた。
漸く書き終え読んでみると、あまりの長文に自分でもちょっと引いた。念の為長くなりすみませんと最後に書き足し封をした。
師匠からもらったブレスレットに魔力を通しながら手紙を触る。するとブレスレットに付いていた石が光り手紙が吸い込まれた。
あ、もう光が消えた。あっちに着いたのか
早いなぁ…
師匠が指定した場所に転送完了だ。これで無事に一つ約束を果たせた。
きっと本人の手元に渡るまで時間がかかるだろう、返事はあるか分からないがのんびり待つとしよう。
アリナーデに分けて貰ったクッキーを食べながら窓の外の夕陽を眺めた。
…まだ読む時間がありそうだ。




