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ルーズはお茶会用のドレスを着付けてもらって約束の場所に急いだが、すでにアリナーデともう1人の参加者と思われる女性が揃って待っていた。
『遅れてしまい申し訳ありません!』
2人がテーブルで談笑している姿を見つけたルーズは、慌ててそばに行き頭を下げた。アリナーデはふんわり笑い大丈夫よと声をかけた。
『お兄様から、ルーズを借りたと連絡があったわ。それに時間にはまだ遅れていないから気にしないで』
アリナーデの横に座る女性もルディアシス殿下が関わっているのなら仕方がない、それに今日は私的なお茶会なのだからいいのよと言ってくれた。
気にしないで?と柔らかい大人の余裕を感じさせる女性の視線に、ルーズは同性ながらドキドキしてしまい、しどろもどろになりながら『あ、あり、がとうございマス』とぎこちなく言葉が出た。
辛うじてちゃんと目を見て言えた。ルーズは頑張れた。
優しい2人に感謝しながらルーズはこの女性なら同じ状況でも恙無くお茶会に参加していただろうと感じた。貫禄というのだろうか、歳は近そうに見えるが経験値の違いが滲み出ていた。
ルーズが席に着くと、アリナーデは可愛らしく一つ手をたたきお茶会の始まりを知らせた。
『それでは全員揃ったわね。改めて今日は私のお茶会に来てくれて2人ともありがとう。
ビクトリア夫人今日はよろしくお願いね』
『久しぶりの城ですので、楽しみにしておりましたわ。初めましてですね、私はビクトリア・ライスと申します』
ビクトリア夫人は、優しい眼差しをルーズに向け挨拶をした。
『アリナーデ様本日はお招きいただきありがとうございます。
ルーズ・キーラと申します。ビクトリア様よろしくお願いいたします』
『ええ、ルーズ様"これから"よろしくお願いいたしますわね』
夫人は今後も付き合いを継続すると案に示した。公爵家に入った元平民のルーズを受け入れたということだ。
ルーズはアリナーデから、まずはビクトリア夫人に認められるかが大事だと教わっていた。そのためかなり緊張していたのだが、こんな短時間で合格が出るとは予想をしていなかった。
笑顔を作りながら何が良かったのか自問自答する。
綺麗な笑顔のビクトリアと硬い笑顔のルーズは微笑み合う。その様子を満足げに目を細めて眺める王女がいた。
ビクトリアは事前に王子や末姫からルーズを社交界に入る手助けをして欲しいと言われていた。だがライス侯爵を背負う身で下手な人間を社交界に受け入れたとなれば夫や家名に責任が追ってしまう。
王族の頼みとは言え、ある程度は"弾かなければ"ならない。
生家は代々城に仕える家系で、幼い頃から多くの人間を見てきた。学園を卒業後は王子宮付きの侍女になり、嫌というほど女性を見てきた。
ルーズは貴族としてはまだまだだが、魔法教師を務める実力を持ち、魔商ギルドに入れるのだ馬鹿ではない。それに加えて見知らぬ近い年齢の女に色気たっぷりに見られて顔を赤らめるような素直さと真っ直ぐ目線は外さない強さ。悪くない。
これなら大丈夫だろう…もし自分のこの判断が間違いであったら夫に一緒に沈んでもらおうとビクトリアは内心笑った。
バラの香りが広がる全面ガラス張りの温室は開放感があり風の音や鳥の声が聞こえた。初めて城にきたときのような些細な音に怯えなくて済むことにルーズは安堵した。
会話はアリナーデが中心となり進めらた。
その中でさりげなくビクトリア夫人がどんな人物かということが折り混ざられるなど、ルーズも話に入るのに苦労がなかった。
社交とはこうやるのだと、実戦で教えてくれているのだろう。
ルーズは高度な社交話術と所作や視線の動かし方に全然全く出来る気がせずたまに逃げ出したくなったが、会話自体は楽しい時間だった。
ビクトリア夫人は、ルーズより2つ年上で結婚するまで城の侍女として王子宮で働いていたそうだ。旦那様はライス侯爵家当主でありながら騎士団に所属しているのだという。
『義理の息子が結婚したら当主を譲りたいらしいのですが、なかなかいい縁に恵まれませんの』
ビクトリアは後妻で一回り以上歳が離れている旦那様よりも歳の近い前妻の息子がいるらしい。親子というより良い友人のような関係なのだと。
ライス侯爵とは色々な巡り合わせでの結婚だったが、今は仲睦まじく暮らしており穏やかな時間を過ごしていると惚気られた。
ルーズは、可愛らしく微笑んだビクトリアを見て素敵な話だなぁと心を温めた。
『あら、ルーズはあげられませんわよ?』
アリナーデはふいに言葉を投げ、ふふっと笑ってお茶を飲んだ。ルーズは意味が分からず、夫人を見たが彼女もアリナーデと似たような笑みを浮かべていた。
『あらぁ、駄目ですの?てっきりそういうことかと…失礼致しました』
『ごめんなさいね。顔の広いビクトリア夫人ならきっとすぐにいいご縁が見つかるでしょう』
『だと良いのですが…残念ですわ』
『『ふふふふっ…』』
急に2人から会話に除外された。
けれど全然悲しくないのでこのまま静かにお茶を飲みたい。
貴族の会話は急に始まるらしいと2人を見ながら学んだルーズは、まずはあの笑顔を練習しないといけないと強く思った。
『本当に残念ですが、諦めますわ。
ええ、今日のお茶会が楽しかったと友人に自慢しながらいい縁を探しますわ』
夫人の言葉に、アリナーデが楽しそうに笑った。どうやら貴族の会話が終わったらしい。
『そうそう、ルーズ様のお披露目会が二ヶ月後と伺いましたが、どのくらいの規模でやるのかしら?』
二ヶ月後に主要な貴族を集めた年に一度の報告会が開催される。それに合わせてルーズのお披露目会が開かれるとキーラから聞かされた。
『……規模…は知らされてはおりませんが、親しい貴族を呼ぶと言ってましたのでそこまで大きな会ではないかと…』
多分。
親しい人だけの集まりだと聞いていたので小さな会だと勝手に考えていたため自信はない。なんだろう急に不安になってきた。
『そうね。規模は小さいのではないかしら。
王族と公爵家4つと侯爵家幾つかと、他に親しい方達数枚招待状を送ったとキーラ宰相から聞いているわ』
『アリナーデ殿下それは、小さいと言いますの?』
参加者の顔ぶれの豪華さにさすがにビクトリアが突っ込む。次期当主のお披露目並みである。
それほど大事に…もしくは重要だと言うことね。
ビクトリアは今後のお茶会でルーズについて話さなければならない。どんな人物でどんな存在なのか、社交界に入る下地を広める役を王女から承った。
お披露目会までには、きっと王女の満足がいく噂が広がっていることだろう。
そしてルーズは今初めて、参加者を知って戦慄していた。キーラ宰相が細かいことは気にするな任せなさいと言うから気にしなかったが気にするべきだった。
その時の金バッチの文官ペイルの顔が思い出せない。
あからさまに怯え始めたルーズに気がついた2人は静かに微笑み声をかけた。
『『大丈夫よ。気にしないで』』




