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『ルーズ…あれは気にしなくていい。本人も言ってたが逆恨みだ。あなたは悪くない』
貴人牢を出てからも思考が定まらず不安定だったルーズにルディアシス殿下は歩きながら声をかけた。
『私は……本当に悪くないのでしょうか。
無知は恥ではないとアリナーデ様にお伝えしたのに…何も分からない自分が情けないです』
王子は少し考えて、いいことを教えてやろう!ついてこいと言って城の中をずんずんと進んで行った。
『ここならいいだろう』そう言って着いた場所は、パルド前ギルド長と対面した部屋だった。この間は気づかなかったが、柱に卯の花の絵が描かれており可愛らしい部屋だったようだ。
前に来た時にあった机や椅子はなく、ただの空き部屋のようで少し広く感じる。
『確かに貴族や王族は本当の無知ではダメだ。
だが、全知ではない。
当たり前だ。ただの人間だからな。
1人の知識では足りないんだ、だから王族はこれらを使う。
来い 』
その掛け声で何処からか現れたのは全身黒い服と面をつけた3人。背格好もバラバラで髪の色も瞳の色すら分からないように黒で覆われた人たち。
突然のことに声もなく驚くルーズは殿下を見た。
(なんで我々呼んだんです?)
(暇じゃないんですけど?)
(もういいですか?)
戸惑っていると、いきなりすごい文句が前方から聞こえてきた。
口元も見えないため目の前の3人から発せられているか分からないが、ルディアシスがものすごく嫌そうな顔をして睨みつけているので直立不動の彼らからなのだろう。
彼らからの文句は声と言うには音に近い。なのに言葉として認識できるから不思議だ。変声の魔法具を使っているようで年齢も性別も分からない。
『…………君たちを紹介しようと思ったんだ。もう少しいてくれ。
ルーズ、彼らは王族の手足や知識や道具になる者たちだ。
そしてこの3人が私のために動く。私が指示をした場所に行き、私の指示した行動をする。
制限はない。
私が死ねと言えば、死すら受け入れる。
…文句は言われるがな』
戯けたような仕草で笑えない冗談のように笑顔で言う殿下に冷や汗が背中を伝う。王族というものが近づくたびにその大きさに押しつぶされそうだ。
(そりゃ最期くらい言います)
(たまに、お試しに命令される大きな子様がいて困ります)
『いつも文句ばかりだろう。
お子様…それは血族たちがすまんな。私はいざという時しか言わん安心しろ。
この者たちを使う事ができるのが12歳になってからだ。それまでは裏で私を外から守るだけに存在していた。
もう行っていいぞ』
(((御意)))
彼らはあっという間にルーズの目の前に現れ、またあっという間に視界から消えた。
隠れる場所が見当たらない。魔法具で姿を隠しているにしても魔力が一切漏れ出ておらず、その謎の技術にルーズは感心した。
『王族はすごいだろう?こういうのがいるんだ。
私が知らない知識をあいつらが集めてくれる。どんな危険があっても彼らは私の言葉で動く。あいつらがいるから私は僅かだが全知に近づける。
人を使い、命を使い潰しておいて無知であっては恥知らずだろう?
それが王族が無知ではいけない理由だ。
貴族は無知であってはやっていけないだけだ。知らなければ学べばいい。考えれば良いだけ。
アリナーデもまだ無知で良いんだ。幼い王族は本当の恥にはならない。
恥じたなら学べばいい。王族以外はそれが許される。
そしてルーズ、君はまだ貴族になったばかり。
しかも無理やりこっちに引き摺り下ろされたんだ、知らないことを分かるのは無理がある』
まだ成人を迎えていないが、すでに王族として公務をこなすルディアシス。自分のために確実に死ぬ人間が日々いる生活を受け入れ、それに相応しくあろうとする姿にルーズは自然と頭を下げた。
自分が本当に形だけの貴族だと実感した。だが貴族になったからにはルディアシスの言う通り学べば良い。これからだ。
『精進いたします』
『ルーズは真面目だなぁ。無理しないでね。君が悲しむとアリナーデもシヴァンも悲しむから。
それだけは覚えておいて』
困ったように笑うルディアシスに、ルーズは彼にも心配をかけていたのだと気づく。年下たちに励まされ情けなさに少し落ち込むが、優しい彼らのために前を向こうと思えた。
『それじゃまたね』
『ありがとうございました。それでは失礼致します』
ルーズが退室したのを見届けると影たちは姿を表し、机や椅子を準備しだした。
『殿下、何でルーズさんに俺らのこと言ったんです?お忘れかもですが、俺らの存在機密情報扱いですよ』
卯の花別名ウツギが咲き誇るウツギの間は、何もない空き部屋から瞬く間にルディアシスが3人の影たちとのお茶会部屋へと姿を変えた。
『忘れていないよ。だってルーズはアリナーデ付きにしたいからねぇ。機密情報を知ったとなれば、絶対逃げれないだろうし、念の為ね』
『えぇじゃあちゃんと秘密だよって言ってくださいよ』『適当すぎです』『ちゃんと影扱いして下さい』
ぶーぶー言う3人を尻目に、大丈夫だろうと涼しい顔の王子。
『シヴァンが教えるだろう』
このお茶美味いなと呑気な王子。そんな様子を見て影たちはシヴァン様可哀想に、と同情の眼差しを遠くに向けた。
急に義姉が王族の機密を知ってたら、対処に困るだろうに。この王子は優しい反面気遣いがない。
そもそも貴族になったばかりの人間に機密を知られて大丈夫なのかという話。
『お前たちの機密事項は存在もだが、一番は王族として相応しくないと思ったら処分していい権限があるってとこだろう?
そこは言ってないから良いだろう』
昔、あまりに愚王がいた。命を使い過ぎた。
影は言った。
"我々は王に忠誠を誓うが、王ならざる者は処分する"
次代の王は、権力に溺れただの愚物に成り下がったと判断すればいつでも首を落とすよう命じた。
新たに密約が結ばれ、王族は影からさらなる忠誠を得た。自らの命を剥き出しにすることで。
王族と影は命を狩る権利を互いに有する。
ルディアシスはいつ殺されるかも知れない相手と優雅にお茶を楽しむ。その白く細い首を晒しながら。
『ルーズは大丈夫だ』
アリナーデがそばに置くと決めた人間なのだから"大丈夫"だと言う。
影は2人の王族が決めたことならと理解した。
『タナーここまで迎えにきてくれて助かりました。ありがとうございます』
空き部屋にタナーが次の予定の迎えに来てくれたことでルーズは丁度よく退室することができた。ルディアシスと話すのはまだまだ緊張するためタナーを見た瞬間肩が軽くなった。
『いえ、しっかりルーズ様を案内するのも私の仕事です。まさかあんな部屋に行かれるとは…迷ったら大変ですからね』
お任せください、と力強く頷くタナーに嬉しくなり顔が緩む。
次の予定はアリナーデと一緒に侯爵夫人とお茶会だ。公爵令嬢としてのルーズお披露目の準備の一環だそうだ。
キーラ公爵家に泥を塗らないように、気が重いがやらなければならない。
アリナーデ様と一緒なのだから、頑張らないと…よし!
小さく気合いを入れるルーズをタナーはそっと見守った。




