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『只今戻りました』
『あーアシェルどこ行ってたんだ?さっきあっちの王子と話をつけたよ』
アシェルは滞在先に戻ると同行者たちが慌ただしく動いていた。
中でも王子であるボルデティオは忙しそうにしており、お前も早く着替えろと急かす。
面倒な魔物を倒しさっさと帰りたいところを無理やり連れてこられた隣国の城。
飽きてふらっと散歩に出掛けていたアシェル。思わぬ弟子との再会に気分良く戻ってくればまさかの準正装に着替え中の王子が待ち構えていた。
面倒な仕事の予感に嫌な顔をした。ただの会議に参加するのだと思っていたが違うらしい。
『俺も出るのか?』
『何当たり前のことを…強化された魔物の個体についてはお前が一番説明が出来るだろう。
頼んだぞ。我が国の筆頭魔法士アシェル殿』
やる気なさそうに返事を返したアシェルは渋々支度を始めた。
隣国には魔法士団という組織がない。魔法士が多いためだ。騎士であり魔法士、魔法士であり料理人が存在している。
魔法士でなくても魔法を自在に使う国民性であるモダーナリ国。
ただ、国で魔力量、技術力共に一番優れたものを筆頭魔法士と呼ばれ、命令できるのは王のみの権力と自由を授けられる。
アシェルは筆頭魔法士になる前から王家に仕えていたためボルデティオの願いを断ることはあまりない。
彼が嫌な命令もお願いもアシェルに無理強いしないということでもある。
『それでどこ行ってたんだ?』
『………散歩に』と呟いたアシェルに部屋にいた全員が嘘くささを感じた。だが普段の仏頂面が3倍増しになっており、聞いてはいけないのだと物語っていたため誰も王子すらも突っ込むことはできなかった。
コンコン、コンコン
『モダーナリ国ボルデティオ殿下、筆頭魔法士アシェル様、騎士団の皆様ご用意ができましたのでご案内致します』
晩餐会には国王、王妃ほか高位貴族当主や騎士魔法士団の関係者が列席した。
ルディアシスたちはまだ未成年のため残念ながら晩餐会には参加していない。
『モダーナリ国の方々よ、そしてボルデティオ殿下此度の見事な活躍ぶりに敬意と感謝を!』
国王の挨拶より始まった会は、和やかな情報交換の場となった。
中でもアシェルの話を聞きたいと次々に人が集まりボルデティオが上手く捌きながら交流を深めていった。
元より両国は程よく地理が離れ、山の民と地の民お互いの不足を補う間柄。交流し始めた数代前より良き隣人である。
あちらこちらで和やかな歓談が行われていた。
『モダーナリは魔法士の訓練が凄いそうじゃのう。なんでもコントロールを鍛えるのに魔法をぶつけ合うとか…』
そう言ったのは魔法士団長イリアの祖父であるタスペル前公爵。
孫のイリアが楽しそうに話していたのを思い出し雑談がてら気の良さそうな若手の騎士に話しかけた。
『ありがとうございます。
あの、ですが我が国でそのような訓練は聞いたことがありません。
あ、もしかしたら筆頭魔法士の訓練にあるかもしれないですが、私はまだまだでして…』
だいたいは安全第一で我が国は訓練してますとはきはきと答えた。
タスペル前公爵は、ではキーラ家が養女にしたという娘は相当鍛えられた魔法士ということか?いつか会ってみたいと密かに考えながら『そうなのか』とにっこり笑った。
ボルデティオはキーラにアリナーデの教師について聞こうとするが、狸の群れがそれを阻む。
キーラだけでなく国王も加担しているらしく先ほどからのらりくらりと話を魔物とボルデティオの賞賛に持ってかれている。
まだまだ若い第二王子は、荒波を越えることができず撃沈した。
『くっ狸どもめ。アシェル、あいつらにアリナーデの魔法教師について聞いてきてくれ』
ダメ元で頼むが面倒くさそうな顔で『興味が無い』と断られた。くそっ
『あ、アシェル様!さっき魔法士団の元老殿に我が国に魔法をぶつけ合う訓練があるって聞いたんですけど、知ってますか?』
何その訓練、とボルデティオが引きしているとアシェルが驚いた顔で『…知っている。やった』と答えており、さらにどん引かされた。
『誰が言っていた!?』
『え、あちらの…言い終わる前にアシェルが動いた。
『失礼。
魔法をぶつける訓練をどこで聞いたか教えていただいても良いだろうか?』
タスベル前公爵は孫娘から聞いた話で、訓練を受けたのは最近王室の教師になった女性だとアシェルに語った。
その話を聞き急いでボルデティオの元に戻った。
『ボルデティオ、アリナーデ王女の教師の名はなんと言う?』
『それも分からん。最近キーラ公爵家に養女に追加された女性としかあいつら教えてくれないんだよ』
『聞いてくる』
急な変化に追いつかないボルデティオは残された騎士とアシェルの後ろ姿を見送るしかなかった。何を焦ってるんだあいつは。
『キーラ宰相。
ルーズ・ベクタールという女性をご存知で?』
キーラはどんな質問でも躱せる自信があった。しかし直球でルーズの名前が出たことに僅かに反応してしまった。
アシェルはその僅かな変化も見逃さなかった。
『アリナーデ王女の魔法教師は、ルーズですか』
『……ああ。そうですが。…その名前をどこで?』
探るような目で宰相はアシェルの様子を伺った。
『そうですか、良かった……』
弟子は、一国の姫に教えられるほどの実力をつけた。元々不器用で普通の訓練ではダメだと早々に諦めかけたが、どうしてもと懇願され編み出したルーズのために考えた特別な訓練。
あいつはやり遂げ、俺がいなくなったその後も頑張り続けた。王族の魔法教師がその証。
ルーズは本当に偉かった頑張ったんだな。
また明日褒めてやらなければ…
何やら急に、頬が緩み満足そうな顔をしている隣国の筆頭魔法士。意味が分からない。キーラがもう一度問いかけると魔法士は満面の笑みで答えた。
『ああ、すまない。
ルーズは私の弟子だ』
『は?弟子?』
一番最初に反応したのは後ろからやってきたボルデティオだった。
普段仏頂面の魔法士がドヤ顔で頷いており、よく分からないが良かったな?という感想が思い浮かんだ。
『アリナーデ王女の教師をしているのは俺のかつての弟子だったようです。
一生懸命で良い子ですよ殿下。
俺の弟子は』
誰だこいつ。
こんなに流暢にドヤって…
ボルデティオは困惑した。
『…ああそうでしたか。少し関わっておられましたか。
まぁ長年1人で、 ひ と り で魔法の鍛錬をしたと聞いておりましたので弟子、ふっそうですか。
ええあの子は優秀な子です。
我が娘は』
キーラどうした…
横で聞いていた国王も困惑した。
笑顔でルーズを褒め合いながら何かの勝負に勝とうとする狸と狐。まぁ仲良くやってくれと王と王子はほっておくことにした。
先程まで狸ヅラしていた一国の王に戻り真剣な顔つきでボルデティオに向いた。
『災いきたる時インダスパ国は必ず駆けつけると約束する。それまでどうか 生き延びよ 』
『……!
ありがたきお言葉に感謝いたします。
その命、必ずや守り抜きましょう』
自分を簡単にあしらうような高見にいる人間からの強い言葉に心が震えた。心の何処かに潜んでいた、死んでもいいという僅かな弱さが消えていった。
生き延びたい、と全身が叫ぶ。国のため民のため、アリナーデのために必ず。
王と王子は固く握手を交わした。




