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ボルデティオは笑っていた。
見たことのないような笑みで、アリナーデはその顔で見られるとむず痒さに居心地が悪い。
なんだかそわそわしてしまい気分が、良くない。
『しないよ』
一瞬何のことかと理解ができず、怪訝な顔をしてしまう。
『婚約解消はしない。
俺はアリナーデ王女が大人になるのを待つから』
むず痒くなる顔で微笑み、婚約を解消しないと言う婚約者(仮)に、うっかり眉間に皺がよる。顔がさらに険しくなったような気がするが直せない。
おかしい。
なぜ?
何一つ楽しい思い出などないこの婚約。解消を申し出れば話が進むと思っていた。何故だかうまくいかない。
『貴方は、この婚約が決まった時こんなチビとは嫌だ!て怒ってどこかに消えたわ。
嫌でしょう?この婚約』
こてん、と首を傾げるアリナーデ。頬に手を当て考える。政略結婚だが、まぁ解消しても大丈夫なほどには今では両国ともに持ちつ持たれつの関係であるはずなのに、何を言っているのだろう。
アリナーデが不思議に思い問うとボルデティオの余裕の微笑みが途端に崩れた。
『なっ…!?』
王子は両手で顔を覆い天を仰いだ。目でも痛いのだろうか、アリナーデは不思議そうな顔で彼の奇行を眺めお茶に口をつけた。
言った。
確かに言った。
まさかアレを覚えてるのか?
おかしい。
なぜ…
なんせ赤ん坊と結婚しろと言われたのだ。それは流石に言うだろう。だって当時のボルデティオは13歳の思春期だった。魔物を倒し始め実力を磨き、調子に乗っていた。
王子という家柄に権力、実力も備わりつつある少年。
2歳児を目の前に婚約者だと言われて……
9年前。
『隣国の第二王女がお前の婚約者となる。いいな?』
父である国王は魔力を威圧に変え周囲に是と言わせるような人間だ。このいいな?はただの飾りだ。
分かっていても反抗しそうになる気持ちを抑え13歳のボルデティオは『はい』と答えた。
絵姿を見せてもらえるでもなく、どんなお方かも知らされるでもなく王より婚約を強制された時から日々は過ぎた。
そしてある日突然に両国の中間で顔合わせと調印式が行われると言われ連れて行かれた。
『普通まず文通とかから始まるって聞いたんだけど、なんなの急すぎない?』
俺は一緒に馬車に乗っている幼馴染に悪態を突き続けた。涼しい顔して難しい魔導書を読みながら、なんか違うなぁとか言ってる変人の幼馴染。
『…ん?え…僕に言ったの?文通…
どうせ婚約するならなくてもいいんじゃないかな?』
心底どうでも良さそうな笑顔で返された。本当にどうでも良いのだろうがもう少し気を使って欲しいと思う。
隣に座る護衛官も苦笑いである。
『まぁ文通はしなければならないものではないですからね。これから親睦を深めれば良いではないですか』
全く納得がいかない。
何も希望を見出せないまま四時間かけて着いた場所は、白亜の小さな城のような建物だった。
『ここは、昔どちらの国にも属さない公国だった時の領主の城だったそうですよ。
信仰心が強く神に仕えた一族だったとか。まぁあまり資料が残っておらず詳しいことはわかりませんけど』
護衛官が歩きながら説明してくれた。
なるほど、城というより大きな教会のような雰囲気という方がしっくりくるのはそのせいか。建物の中の空気が綺麗な気がするのは白い壁のせいではなさそうだ。
天窓から差し込む光が足元を照らし続ける廊下は、歩くだけで気が引き締まる。
『あちらの国はもうすでに到着されております』
案内は先にここに着いていた自国の文官だった。婚約のために両国から少なくない人間がここに集まっている。
見たこともない模様が刻まれた一際大きな扉の前に両国の騎士が立っていた。
『モダーナリ国第二王子ボルデティオ・サ・モーナリ様がご到着いたしました!』
この先に、俺の婚約者がいる。
覚悟を決め、開けられたドアに入った。
ちょこん
大人たちが押し込められた部屋の真ん中に小さく、立ってるのか座ってるのかもよく分からない生き物がいた。
光を反射させ輝く銀色の髪。大きな瞳はじっと何かを見つめたまま動かない。
部屋の天井一面に描かれた天使が一匹落っこちたと言われても信じてしまう程に整った顔をした生き物。
綺麗や可愛いより強さ不明な魔物と対峙した時の感覚に近かった。
『おはつめにかかります。
いんダスぱ国だいにおうじょ、アりなーで・ぐラッつぃる・るちるです。
りょうこくが、ともに、はんえいできるよう、いのり、ささげます』
スカートをとり、膝を曲げ挨拶をした。片足で立つのが難しいのか足は引かずに少し開いたままだったが、醸し出す雰囲気が王族のソレ。
不恰好な挨拶でも様になるのだな、と感心して数秒後理解した。
このまだ正式なお辞儀もできない生き物が婚約者なのだと。
天使の赤ん坊が婚約者…そんなバカなと混乱してつい、口走った。
『こ、、こんな、こんな!
小っちゃいのと婚約は、むりっ!!』
アリナーデはこのセリフを怒ったと感じたが、事実は"怖かった"だ。小さな生き物を人間と認識する前に、婚約者だと知り混乱による恐怖。からの逃走だ。
末っ子で小さい子供と触れずにきたので、ボルデティオにとって幼児は未知の生き物だった。
必死の闘争も虚しくあっけなく護衛官に捕まえられ、こってり絞られた。年上のくせに何をしてるんだと。そう言われて、やっと気づいた。
俺が年上…つまり兄貴…?
同じ第二子と聞いていたため勝手に歳が近いと勘違いしていたのもあったが、小さすぎた。予想の範囲外だった。それだけで取り乱してしまった…年上なのに。
ボルデティオは即反省した。
『少しびっくりしてしまって…。アリナーデ王女、申し訳なかった。
調印式を始めよう。
皆もすまなかった』
『いえ、きにいたしません。よろしくおねがいします』
そうして調印式は進められ、なんとなく不穏な何かを感じた双方の文官からいい感じに理由をつけて(仮)の婚約が結ばれたのだった。
ボルデティオはその後反省し、いいお兄さん的ポジションになろうと交流を重ねてきた。
逃走劇は今後言わないように両国の大人に頼んだ。これからは心を入れ替えるから、と。
普通に会話できるまでにアリナーデが成長し、あの時のことは忘れただろうと安心していたのだ。
覚えていたかー。そうか。
昔の俺最悪だな。
『あの時は本当に申し訳なかった。
これからは良き婚約者になれるように務める。だから婚約はこのまま継続したい。どうかな?』
22歳の男が11際の少女に言う台詞ではないなと思わなくもなかったが、まだもう少し成長を見守らせて欲しい。いつか彼女が大人になりもう一度婚約破棄を申し出たらその時は……
『ぷ、あはははは』
婚約破棄がすぐ出来ないと気づいたアリナーデは露骨に嫌そうな顔をしていた。
『そんな顔しないで?
またすぐ会いに来るから』
こんな面白い成長するなんて予想もしなかった。どんな大人になるだろう。だからもう少し…




