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『ようこそおいで下さいました、ボルデティオ様。
皆様のおかげで我が国も安心して過ごすことができます。王と民に変わりお礼申し上げます。
皆様どうぞこちらでお疲れを癒してくださいませ』
天使のような笑顔で婚約者一行をを迎えたアリナーデ王女。あまりの可愛らしさにあちこちでため息が漏れた。
『突然の来訪ですまなかった。出迎えありがとう』
ボルデティオはアリナーデが2歳の時に決まった婚約者だ。隣国の第二王子で行く行くは騎士団長になるだろうと言われている。
隣国は王族の中で魔力量の多さで王位を決め、武力で騎士団長を決める。武力は、魔法も剣も体術も含まれ家柄や血筋は関係ない。
隣国は魔法を磨き、アリナーデの国は魔法具を発達させた。
両者の力を合わせるために2人の婚約は結ばれた、政略結婚だ。
武力に優れ魔獣退治を担うだけあり、まだ22歳と若いが壮健そうな体躯と精悍な顔立ちから前線で活躍している様子が窺える好青年。
両者が並ぶ姿は可愛らしい姫を守る騎士のようでお似合いだ。年齢差はあるが、貴族の婚姻ではよく見られ、王族なら殊更気にするところではない。
…のだが残念ながらアリナーデとボルデティオの仲はあまりよろしくない。
年齢差も大きいことながら夢見る可愛らしい姫と魔獣退治大好き王子趣味が合わない。
だというのに王子は勝手に城に来るのをやめないため、王女はこの婚約者が何を考えているのか理解し難い生き物だと認識している。
それでも会えば微笑み合う2人。
本日は朝からルーズに会えるとご機嫌だったアリナーデは突然の婚約者(仮)の来訪の知らせに魔力ボールを枕に思いっきり投げつけた。
『なんっで!?今日なの!?もうもうもう!』
むっとしながら、魔力ボールを当たっても無害な硬さに調節して投げまくった。部屋は、ルーズに!会いたかった!の声とぽよんぽよんと可愛らしい音がしばらく響き渡った。
その後、自身のとっておきのお菓子であるクッキーをルーズに出すように指示した。わざわざ来てくれた大好きな友人へのせめてものお詫びである。
自室にてそんな事があったなどおくびにも出さずに可愛らしい微笑みを絶やさないアリナーデ王女は、婚約者を自慢の庭園に案内した。
『久しぶりだね婚約者どの?変わりないかな?』
魔物退治大好きな王子ではあるが王子は王子、紅茶を飲む姿は美しく上品であった。長い足を組み優雅な動作が加わると大人の品ある色気が漂う。
正面に座る夢見る姫はすでに王族のマナーを取得済みであり、カップを持ち微笑む姿は可憐で美しさが交じる妖精姫のよう。
遠目で2人を見守る使用人たちは、この美しさを目に焼き付けた。目が美以外を映していないのだ。素晴らしい時間である。
『ええ。変わりありません……
と言いたいところですが、少し変わろうかと思いますの』
いつも微笑み『ええ』や『そうですわね』と肯定するが心は開かない、懐かない子猫状態だった婚約者アリナーデの雰囲気が変わった。
威嚇する子猫にでもなったかな?と呑気に目の前の姫を見つめる。
『綺麗な魔法は、幸せじゃないと出せないと以前おっしゃっていましたが…嘘でしたのね。なんなんですの?
騙されて不愉快です。謝罪を要求いたします』
以前この男は魔法操作が苦手で落ち込むアリナーデに、幸せなときに使える特別な魔法を見せましょうといって空一面に綺麗な虹を作り出したのだ。
以来すっかり綺麗な魔法=幸せを信じて、絶対不幸そうな状態のルーズに幸せか?などと聞いてしまった。
『私は不幸の底で沈みかけていた友人が綺麗な魔法を使うのを見ました』
どういうことかご説明を!と正面で思案顔の男を睨みつける。
大人を真似た微笑みで武装していた王女が、次は言葉の武器を装備するかと身構えていたが、予想に反して武装が解かれた。
ぷりぷり怒るアリナーデは、大変可愛らしかった。本人は本気で怒っており、まだ武装しているつもりかもしれないが。
『ぷ…あははははっ』
『な!笑い事じゃありませんのよ!?』
ルーズは分からないことはちゃんと言うという田舎の教えをアリナーデに教示したのだが姫は熟考した結果、新しい教えに生まれ変わった。
分からないと声を上げなければ知ることもできない。
何もしなければ変わることもできない。
分からなければ分からないと言う。
言いたいことを言う。
そうしなければ、私はただ流されたまま空っぽの大人になってしまう。
『ああ、すまない。
えーと確か、貴女がまだ6歳の時に言ったことだね。うん覚えてるよ。
いや嘘って訳じゃなかったんだけど。私が幸せな気分だと虹を出せるって話でね。
誤解させて申し訳な、い…ぷっふははは』
アリナーデは目を丸くする。普段は涼しい顔で淡々と当たり障りなく会話をし時間になれば帰っていく婚約者がこんなに笑っているのを初めて見た。
婚約者の反応が思ってたのと違う。何故だ。
何が彼をこんな風にしたのか不思議に思うが尋ねる気にはなれず放っておいた。
ただ不愉快そうな目線を送り、お茶を飲む。
その目線すら彼には面白かったようで笑いが収まらず時間が過ぎていく。
呆れたようにアリナーデはため息をつくと『そういえば、私川を見ましたの』と話し始めた。
思った展開にならず、話題を変えたのだった。
突然特に面白みのなさそうな話題にボルデティオは笑うのをやめ、どういう意味か続きが気になった。
『いつか手紙で貴国の川が綺麗だと教えてくれましたでしょう?私、川を知識として知っておりましたが見たことがありませんでした』
城に流れる川のような水流は見たことはあったが、自然の川は見たことがなかった。
その話に意外そうな顔で聞いている王子を見て、満足して続きを話す。
『貴方からの手紙に特別な感情なく"そうなのですね、いつか見たいです"と返しておりました。
見れたら良いな、くらいですね。
でもつい先日、わが国の川を見に行ったのです。
川の煌めき、流れる水の音、雄大な景色に驚きました。小川と大河の違いは本だけでは分かりませんのね』
そんな簡単なことも分からなかった。
大河の上流にある隣国。水が綺麗で、こちらの国とは別の川のような顔をしているという。
同じなのに違っていて面白いと、いつだかに教えてくれた婚約者。その時は意味が分からず、分からないとも言えずただ微笑んだ。
『私は知識だけで何も知りませんでした。想像することもできませんでした。
紙の上の知識を詰め込んだ私と知見を広める貴方では話が噛み合わなくても仕方なかったのだと知りました。
知ることが遅くなり、長い間申し訳ありません。
漠然とした不安は長らく私の中にあったのです、ですがそれを確かめずにここにいてしまった。
川に漂い気づいたのです。川はあるがままに流れてこそ美しいと。
貴方の生きた知識をちっぽけな私はいつか殺してしまうと。
だからその前に…
婚約を解消いたしましょう』
地位も力もあるボルデティオと幼く頭でっかちで魔力操作も不得意、兄と姉がおりいつかは消えてなくなるような地位のアリナーデ。
ずっと考えていた。
この人の隣に立つべきは私じゃないと。
ただどうしていいか分からなかった。
分からないから微笑んだ。
でも、
今は変わるために微笑む。
武装を解いた王女の柔らかく微笑んだ顔は大人びて見え、とても美しかった。




