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ことこと煮込まれたガリックスープのいい匂いが部屋の中に広がる朝の一室。
ルーズは匂いを吸い込み、食べる前から分かる美味しさに思わず涎がこぼれそうになった。じゅるりと口元を鳴らしながらお玉でかき混ぜる。
…カタン
そろそろ食べ頃になった時にポストに何かが落ちた音が聞こえた。
玄関を見に行くと、見慣れた母の文字で[ルーズ・ベクタール宛]と書かれた手紙が入れられていた。
つい最近会ったばかりだというのに、ひどく懐かしい家族の顔を思い出す。
ルーズは、ほくほくとした大きな具の入ったスープを食べながら、母からの手紙を読むことにした。
……あー怪我もう治ったんだ、良かった。
…うん。うん。
ふふ、ちゃんと食べてるよ。ほんっと心配症なんだから。みんな元気そう。
あ……
…………そっかキーラ宰相の部下の方が、ギルドを辞めたこと話してくれたんだ。……良かった
……うん、うん、ありがとう。
お母さん、お父さんごめん……ごめん、なさい
ごめん…
手紙の一枚目には、近況報告や小言それから家族はいつまでもルーズの味方だから!と書かれていた。
何も聞かずただ寄り添ってくれる家族に感謝と申し訳なさが込み上げてくる。
じっと母の字を眺めていた。すると家族の優しさを映していた視界は水の膜に遮られ、ルーズの嫌いな一人の世界に戻されたようだった。
二枚目はそっと机の端に置き、温かいスープを一気にかきこんだ。
お腹を満たしたルーズは空になった食器を見つめ、気合いを入れる。
大丈夫、私には家族がいる。
続きを読んだ。
キーラ公爵家への養子縁組について承諾したと綴られていた。
寂しさが心の奥に湧いたが続いて、母の字のほかに父と妹の字で愛してる、大好きとずっとこれからも家族だからと書かれていて、もう本当に大好きだ。
実は魔法の専門書を譲ってくれた商団長さんにルーズは、ずば抜けて魔力量が多いことと特殊な魔法が使えることで将来貴族の養子に誘われる可能性を教えられていた、だから公爵家には驚いたが覚悟していたことも書かれていた。
さらにはキーラ宰相の部下によると養子縁組はルーズに家族という後ろ盾を増やすこと、今の家族とこれから増える家族みなさんで一緒にルーズを支えていけないかと宰相は考えていますと。
もうこれは承諾以外ないと家族で決めたんだ、ルーズを手放したわけじゃないからね。
『だから、これからも家族なんだよ…か』
母の文字を読みながら、やっぱり視界がぼやけていくがルーズの世界は一人ではなくなった。
家族が増えるらしい。みんな家族。
家族が増えるのか…ふふ
なんだか変な感じ、ってあれ。宰相のご家族…
そこで、ふとキーラ宰相のご家族について何も知らないことに気付いた。
どんな方達だろう。
それにルーズに詳しい説明をしていないのは、まぁなんとなく仕方ないで諦めていたが奥方様やご子息にはきちんと説明したうえで納得されて養子の話は進んでいるのか不安だ。
貴族は養子が当たり前で、実はもう何人も養子がいる?ただ書類上だけだから問題ない?
考えれば考えるほど分からない。
今度会ったら聞いてみないとな…と考えていたルーズだがその機会はすぐに訪れた。
その日の昼過ぎにルーズは部屋の片付けをしていた。部屋の隅に放置されていた職場から引き上げた私物を整理しようとようやく重い腰を上げたのだった。
無感情になりながら片付けを進めていると、来客を知らせるベルが鳴った。
『こんにちは、義姉上』
ドアを開けると、ちょっとだけ胡散臭そうな笑顔の黒髪の青年が立っていた。
『すみません、急に来てしまって…』
彼は、キーラ公爵家の一人息子シヴァン・キーラと名乗った。ルーズには本物かどうか知る術もないが、笑った顔が宰相に似ているので多分本物だろうと家に招き入れた。
粗末なお茶しか出せないがシヴァンは嫌な顔をせず口をつけ、意外と美味しかったようで僅かに口元が緩んだ。なんとなく憎めなそうな人だ。
『実は今日はこれを届けにきました。
本当は他の人が届ける予定だったんですが、家族になるのだしと挨拶も兼ねてお伺いさせていただきました』
そう言って取り出したのはルーズの国民登録証だった。ルーズ・ベクタールの文字が消えてルーズ・キーラに変更されている。
『あ、ベクタールの文字はこっちに書かれてますから』
シヴァンが指さしたのは出生の欄だった。養子になると生家の記載が増えるらしい。消されてなくて良かった。
ルーズはベクタールの文字を指でなぞった。
『本当に養子縁組したのですね…。あ、あの!シヴァン様はよろしかったのですか?こんな平民が公爵家に入り込んでしまって…それに奥方様も』
しばしの沈黙が流れ、シヴァンは眉毛を微妙に下げて母親はすでにこの世にいない事を伝えた。
でも、と話を続けて言った。
『母上もきっとルーズ義姉上を笑って歓迎したと思います。家族が増えると楽しいこともきっと増えるわね、と。そういう人でした』
シヴァン自身もそう言いながら笑った。
その笑顔は少し幼く見え胡散臭さはどこにもなかった。奥方様がとても素敵な人だったということをルーズが知るにはそれだけで十分だった。
『もちろん私も歓迎しています。シヴァンとお呼びくださいルーズ義姉上』
母親を早くに亡くし、父親の宰相も忙しく家にいない。兄弟もおらず再婚はしないと断言された。
なので家族と呼べる存在が増えて近くにいることが嬉しいと。
急にできた家族。しかも次期公爵さまを呼び捨て、は抵抗があった。なにか期待するような眼差しで見るシヴァンの前で散々悩み、悩み抜いて出した結論は…
『し、シヴァンくん…?』
伺いながら呼んでみる。
シヴァンは一言『あり』と感慨深げに頷いていた。




