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『よくぞまいった。昨日の今日ですまぬな』
やたら天井の高い廊下を歩き、連れて行かれたのは謁見の間であった。中に入ると一段高い場所の玉座に座る国王陛下が待ち構えていた。
ルーズは赤い絨毯の上で片膝をつきスカートを少し持ち上げ頭を下げる。その姿勢のまま話は始まった。
ちなみにキーラ宰相はルーズを謁見の間に連れてくると一礼後、しれっと国王の横に収まっていった。
『ルーズ・ベクタール。
そなたの魔法は大変希少である。さらに扱いの難しい魔法を巧みにコントロールする実力は目を見張るものがある。
その力、我が国のために役立てよ』
この部屋に入る直前にキーラから、今日は希少な魔法使いを見つけたとして城で雇うための下命と簡易なお披露目式を行う流れだと説明された。
仕事の手続に王との謁見は聞いていないと、控えめに抗議してみたが、聞かれてないからなと貴族スマイルされただけであった。
頭を下げて話を聞くだけだ、と励まし?を受けた。
今ルーズは教え通りに頭を下げて話を傾聴中というわけだ。
玉座から少し離れた壁際にいる魔法士団を表す黒いリボンをつけた男性がにこやかに頷いていた。赤ラインは4本。
入室した時からルーズに熱い、圧に近い視線を送り続けていた人物でもある。
部屋には他に白いリボンの男性と女性が数人。騎士服を着た赤いリボンが1人、こちらは顔を覆った仮面を着用しており性別は分からない。体の線が細く、未成年かもしれない。
白、赤リボンともにラインはなく一般職のようだ。宝石は遠くて分からないが。
頭を下げながらも室内の様子を窺えるくらいにはルーズは冷静であった。乱れた心の準備は再び整っていたらしい。または国王のアデリーナと似たような空気が心を落ち着かせたのかもしれない。
『希少な魔法を保護するために、ルーズには準男爵位を授けよう…と思って準備をしたのだが。
キーラ。あれはどういうことだ』
準男爵の言葉に肩が揺れ体が傾いた。聞いていない。
だが国王の怒気の含んだもの言いにルーズの無作法は誰からも咎められなかった。
『はて?なんのことですかな。
ああ。はい、はい。ルーズがしているエメラルドのブローチが気になるようで。
ええ、ええ。私が与えましたが、何か?』
間近でキレ気味の国王を横目に涼しい顔で答えるキーラ。本当に悪気がないように見える表情にタチの悪さが際立つ。
『何かではない!
はああ〜……昨日準男爵位を与えるためにここにいる文官たちが準備していたのはお前も知っていただろうが』
あまりの涼しさに国王は怒る気が失せたようで、わざとらしくキーラに向かって声を出して息を吐き出した。文官たちが縮こまっていて可哀想になる。
『いえいえ、うちのルーズには準男爵位を授けてくださって結構ですよ。ただうちに爵位されたルーズが来るだけです。大丈夫変わりませんよ』
うちの、ルーズ…
ルーズは徐々に頭を深く下げ、何も聞こえないし何も見えない体勢になった。上段で繰り広げられている何かは無関係であると全身で主張する。
準男爵について何も知らないルーズ。
貴族位は男爵からのはず…準てなに??
『えーうちが欲しいんですけどー』
のんびり割って入る若そうな男性の声が部屋に響く。
黒いリボンをした魔法士団の男だ。
『キーラ宰相ずるくないですかー?てゆうかぁエメラルドのブローチの意味ちゃんとルーズちゃんに教えましたー?絶対騙してつけさせたでしょー。
かっわいそー』
ひどーいと離れた場所から、ヤジを飛ばす魔法師団の男性。ルーズは彼の言葉で、ブローチがエメラルドであり、この状況に影響を与えていると知る。
え、まさか着けてはいけなかった!?…なんの罠……
『人聞きの悪い。
何を言うかと思えば、言いがかりはやめるんだな。
デュオ副団長殿』
嫌そうな顔で宰相を見るデュオ副団長。はっと小馬鹿にしたように鼻で笑いデュオを嘲笑うキーラ。その横で眉間を揉む国王。視線を下げ空気になる文官、の横には真っ直ぐ前を向く仮面の騎士。
はっきり言おう最悪な空間である。
ルーズはこの国の上層部はまともに話を進めることができないのかと心配になる。顔には出さないが。
『ねぇーねぇールーズちゃんはこのまま公爵家のヨウジョになってもいいのー?
魔法士団に入れば変な家に入んなくても団長の加護下になるからーそのままでいいよー楽だよーねぇー?』
話しかけないでほしい。軽い調子で話してはいるが、デュオ副団長と呼ばれた男の目が怖い。
ヨウジョという単語は知らない。
断っても地獄、このまま行っても地獄。
神のようなキーラが敵らしい今、助けを求められる人がいないルーズは、迂闊に声を出すことができなくなっていた。
しばしの静寂が流れたが、突然均衡が破かれる。
ダンッ
床を強く叩く音が、割り響く。
仮面をつけた騎士が、腰に刺していた剣を鞘ごと床に突き立てていた。先程までまっすぐ垂れ下がっていた一つに括られた長い髪が、仮面の後ろで大きく揺れた。
『ルーズは私の妹の友人だ。それの以外のなに者でもない』
硬質だけど耳心地の良い声が拡声器も使わず広がった。デュオは仮面の騎士に睨まれ、ぴゃっと鳴いた。 大袈裟に肩をすくませると怯えたように黙り込む。
わざとらしいが本気のようでちょっと涙目だ。
『サフィールすまないな、ルーズはアリナーデの友人だ。
城に呼ぶ身分をと準男爵位と思ったが…そうじゃな足りぬな。
ルーズ、そのブローチは公爵家の証である。知らんかったと思うが……
それを着けて城を歩いたと言うことは、お前を見たものは公爵家の人間だと認識しただろう。
養子縁組はルーズの両親にも話を通すゆえ、すぐにはせぬが、我が国に三家ある公爵のうちどこかに入ることになる。心得よ』
いやいや得ない。得れない。得たくない。
思わず顔を上げると、可哀想な子を見る国王と朗らかにほんの少しだけ胡散臭そうに笑う宰相が見えた。




