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全ての支度が終わると、家の近くで待機していたであろう馬車に乗り城へと向かう。
『キーラ様からの資料はご覧になりましたでしょうか?』
一緒に馬車に乗ったタナーに尋ねられたルーズは、頷き、最後まで読んだことを伝える。
『必要事項はあちらにある通りですが、ルーズ様が今回どの立場で城に入るかによってまた変わる場合がございます。それをご承知くださいませ』
あの手引書は、平民が城で働く場合に必要な知識を書いているが、基本は文官やメイドとして働いた平民たちの叡智である。
それ以外の職種にルーズが就いたときはまた必要事項が追加または変更になるだろうとのことだった。
昨日の時点ではルーズをどの立場で城に囲うか決まっていなかったためのズレであった。
『もしかしたら、もっと下手に出なきゃならないかもしれないってことですか?』
タナーは少し考え、さすがにそれはないだろうと教えてくれた。下働きのメイドも同じ資料を使っていることとルーズが下働きと同等やそれ以下の待遇になることは、ないと断言する。
では、どうなるかと聞いてみたが、タナーはルーズの支度を手伝いと城まで同伴する役目であり説明の仕事は与えられていないため詳しいことは知らされていないとのことだった。
城についたらまた別の人間が詳細を教えてくれる手筈だと言う。
とりあえず行くしかないのね…
これからのことを少しでも聞ければと思っていたが、あちらが何も知らずに来いという考えであるなら仕方ない。聞くのは諦め、昨日は通らなかったメイン通りが流れて行く景色を眺めた。
やがて風景は有名な高級店に変わり豪華な馬車がすれ違うようになった。
視線を下にずらすと一等区を歩く人々を見下ろす形になっていることに気づく。なんとも言い難いむず痒さを感じ、また城に来るならば運搬道からが良いなとぼんやりと思った。
『もうすぐ城に着きます』
いよいよだ。
馬車は一度止まり、なにやら話し声がする。タナーに聞けば正面門は常に開いている代わりに、身分証と入城許可証明書を門番に見せて通るそうだ。
貴族の身分証の場合と異なり平民は時間がかかる、が今回の許可証が王直筆になっているためすぐ通れるとのこと。
へぇーっと感心していたら、外が一瞬ざわつく気配があった。直筆を見たのだろう。
その後すぐに馬車が動いた。外をチラ見すれば、門番たちが敬礼までして道を通してくれていた。お忍びで来た貴族の要人になったみたいでちょっと面白かった。
『ルーズ殿、昨日はよく寝れたか?
すまないが、事情が変わった。魔法士団に急ぎの仕事が入ってしまってなぁ〜。
仕事の手続きが整ったので先にそちらを行うが大丈夫か?』
馬車が止まり外から開かれたドアの前にいたのは、キーラ宰相だった。
昨日も出迎えてくれたのは不審者の如き宰相だったが、今ではルーズにとって慈悲深い神のような宰相様である。
『家帰ってすぐ寝てしまって…宰相様が下さった資料も魔法陣もありがとうございました。おかげで大変助かりました。
魔法士団にお話を聞けないのは残念ですが、仕事も早く決めなければいけなかったので今日でも大丈夫です』
ルーズは感謝を伝え、気軽に大丈夫と宰相や後ろの護衛に言うと、なんとも言えない可哀想な子を見る目の視線が集まったような気がした。
その視線は一瞬ですぐ『また魔法陣を手配する、頑張るように』と微笑んでくれた。宰相様お優しい。
タナーとはここで一旦お別れになる。第二王女宮に戻り本来の業務にあたるようだ。
今城のどこを歩いているのか不明だが、すれ違う人間全員が頭を下げ廊下の端に寄り道を開ける。
キーラ宰相が先導し案内役をするのだ国にとっての重要人だと誰もが思うだろう。だが歩き方はまるで平民、醸し出す雰囲気は小物とあれば様々な思惑を持ってルーズへ視線が集まる。
先人たちの叡智の手引書を思い出し、少し微笑みながら視線は斜め上か斜め下正面を見て歩く。まず目を合わせないように無害ですよ〜の気持ちが大事だ。
『おや、これはキーラ宰相どうしました?』
豪華な廊下の真ん中で、無害と言う言葉を表すに相応しい男性に声をかけられた。程よい曲線を描いたなで肩にお腹周り、丸い顔にハの形の眉毛と優しそうな目元のおじさん。
無害の見本!!
にこにこした顔のおじさんの襟元を見る。手引書に階級や役職は襟の勲章で見分けるとあった。
キーラ宰相は公爵でエメラルドのピンズに宰相を表す白と青のツートンカラーのリボンが下がっている。
おじさんは真珠に白地の赤ラインが3本入ったリボンだった。ということは、伯爵家、白は文官でラインが多いほど偉く5本が一番上なので3本はそこそこ偉い。
指を見ると家紋の入った指輪をしている。どこぞの伯爵家のご当主様だ。ルーズはスッと頭を下げて一歩下がる。
『ああハリダ伯爵か。国王が探してたアノ仕事にちょうど良さそうな人間がいたから連れてきたところだ』
『なんと!さすが宰相様だ。あんな条件の人物を見つけるとは、これで楽になりますな』
ハリダ伯爵と呼ばれたおじさんは、わっはっはっと大きな笑い声をあげて、横目でルーズを見て頷くと少し驚いた顔をした。
では、私はこれで、と最後まで無害そうなおじさんのまま立ち去って行った。
さあ、行こうとキーラに先を促され歩き出したルーズには、残念ながらハリダの独り言は聞こえなかった。
『あのエメラルドのブローチは公爵家の証…だがあんな年頃の公爵家の令嬢は見たことがない。訳ありか、?』




