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ん、あれ寝ちゃってた。
夕飯食べなきゃ…
お腹すいたー
窓を見ると綺麗な夕焼けだった。買い物に行くか、と外に出ると人の気配に違和感がある。誰も外を歩いていない。
夕暮れ時は、仕事終わりの人間やご飯を食べに行く人で賑わう時間帯だ。だが今日は特級避難令が発動した直後のような静けさだった。
避難令が発動するとけたたましい音が町中に響く。発令後は速やかに家にある結界装置を起動させ家に篭るのが決まりだ。だいたい100年に一度現れる巨大な 変異種の魔物に備えられた機能である。
どんなに深く寝ていても確実に起きるほどの災害級の音量で、それ自体が魔物への威嚇になっているのだと伝えられている。
なので寝ている間に発動して皆が避難しているわけではないのは確かだったが、何かあったとしか思えない静寂さ。
えー…今日なんかあったっけ……
全然覚えてないけどお腹減った…
空腹に負け不気味な静けさの街に繰り出す気満々のルーズ。しかし日中の暖かさがなかったような肌寒さにもう一枚上着が必要だったと辛うじてあった理性により部屋に戻った。
上着上着…と棚から服を出そうとすると、棚の上に置いてある自動日付時計が1日進んでいることに気付く。
あれ?日付が…壊れたかな?
時計を手に取り魔力を注ぎ故障箇所を探るが正常だった。時間も日付を合っているということだ。
もう一度窓の外を見ると先ほどより空が明るくなっていた。
雲の間から見える光が徐々に照らす面積を増やしていった。淡い光が雲に反射し彩り付けながら闇を祓い進んでいく、その様子は息を呑むほどの美しさ。
呆然と眺め続けた。
人が踏み込んでは行けない領域が目の前に広げられる光景は、まるで新たな世界が広がるかのようだった。
朝が、来た。
時計は4時を指している。夕焼けに見えた空は朝焼けだったようだ。
ちょっと横になったつもりが朝まで寝ていたらしい。疲れたまま仕事に行き、あんなことがあってからの国王との会食。疲労が限界を超えていた。
おかげで時計を一周するほどの時間眠っていたらしい。体感的には数時間程度しか経ってないため疲れが取れた気はしないが今は眠気より食い気だ。
日の出の時間にやっているお店はなく、実家に2週間帰っていたため家に食材がなにもない。あるのは水のみ。
贔屓にしてる店の名物であるさっぱりした栄養満点の魚介のスープが飲みたかった…
がっくりうなだれる。食べられないと知ると余計に口の中に味が蘇り空腹を刺激する。酸味があって塩気が効いた濃厚な魚介出汁。ピリッとした薬味をかけるとより一層香りが広がり元気がない日でも食欲がそそられる逸品。
具は日替わりで、ルーズはプリッとした貝に噛むたびに味が出てくる白身を好んでいた。
あぁ食用保存機買っておけば良かった。
料理しないから要らないって一人暮らしを始める時にもらった母の助言も突っぱねてしまった。保存機は中の時間が停止していて入れると腐らず劣化せず長期保存することができる優れもののため値段が高い。
実際にこれまでなくて困らなかったため油断した。非常用にあれば便利だと認識を改め次給料が入ったら買おうと決めた。
今は仕方がないので空腹は水で誤魔化す。
やることも無くなったルーズは昨日キーラ宰相から資料をもらったことを思い出し、確認することにした。
ベッドの横に置いてあった紙袋の中には布で包まれた服と資料。服の存在を忘れていてルーズは慌ててシワにならないように取り出し壁に吊るす。
平民の富裕層が着ていそうな袖がひらひらした白いブラウス、丁寧な刺繍が施されたリボンがついたワンピース、わざわざ歩きやすそうな低めのヒールの靴も入っていた。
ひとつひとつ恐々と取り出していくと最後に緑色のブローチが出てきた。
『……アリナーデ様』
手に取り光にかざす。思わず同じ輝きを持つ王女様の名前を呟いた。入っていたということは、着けて来いということだろう。
明らかな宝石の輝きに家の金庫に入れて厳重に結界を張り認識阻害を掛けて仕舞っておきたいのが本音であるが。
資料の方を手に取り一ページ目をめくると、基本的なマナーや貴族階級の見分け方、役職階級の見分け方、貴族に出会した時の平民の対処法など、恐らく城で働くことになった平民に配られるもののようだ。
資料に書かれた手引はどれも大変分かりやすく、読みやすかった。これが作られるまでの苦労が垣間見える注意書きに涙なしには読めない貴重な資料。納得の分厚さだ。
最後の方のページは付け足されたのか、紙質が違っていた。
[ 要注意人物リスト ]
平民嫌いなため近づくべからず。
第一王女殿下 サフィール・アティザスパ・ルチル
護衛騎士 、、
魔法士団 、、
。、
、
十数人ほどの名前が並ぶリストの一番上をアリナーデの姉である第一王女の名が記されていた。
これは重要人物順か嫌いレベル順なのか悩むルーズだった。




