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ルーズは今、見たこともないような高価そうな家具に囲まれていた。暖かな日差しが入るとても上品な部屋で1人アリーナを待つように言われた。
『ルーズごめんなさい、少し着替えてくるから待っててね』
アリーナに可愛くおねだりされ、夢現の中頷くしかなかった。去っていくアリーナの後ろ姿を眺めていると、キーラ宰相に指示されたのか気付いたらそばにいたメイドが『こちらです』と笑顔で案内されたのがこの部屋だった。
落ち着く甘い香りが部屋を満たすが、高級そうな白さのティーカップは細かい細工が美しく、取手は恐ろしく細い。縁が金色なのも恐ろしい。横のスプーンは歪みのない光を放ち傷ひとつないことが伺える。
この紅茶一杯の価値がルーズの一年分の給金と変わらないかもしれないと想像すれば香りを嗅ぐことさえ躊躇してしまう。
多分すごくいい香りなんだと思うけど、今はただこの香りさえも恐怖の対象だわ…
かといって一口も飲まないのも大変失礼である。震える手を叱咤しながらカップに触れる。
意を決して持ち上げると、カチャンと静かな部屋に雑音が響いた。
案内してくれたメイドはお茶の用意をした後退出しており、誰もいない。知っていてもルーズは思わず後ろを振り向いてしまった。
怖い。
これは何かの罰だろうか。
ルーズが平民であることは誰の目にも明らかだ。それでなお、このような歓待を受けている理由は単に、アリーナが客だと認めたからに他ならない。
分かっている。分かった。ルーズもそろそろ事実を事実と認めなければならない。
覚悟を決めて持ち上げたカップを、えいっと味わうでもなく一気に飲み干す。
空になったカップを見つめると底には黄色い可愛らしい花が描かれており、甘い残り香が気持ちを落ち着かせる。頭痛も消えたようだ。
日差しがたっぷり入り込む大きな一枚ガラスで出来た窓の外をぼんやりと見ていた。彩豊かな花々が静かに咲いている。
綺麗な色彩もだが、どれも満開に咲いていて萎れたものが一つもなく手入れの細やかさに感嘆の声が思わず出てしまう。
ソファーの座り心地や肌触りを楽しむ余裕が出てきた頃、重厚なドアがノックされた。
『!、、は、い!』
返事の後、女性から『失礼致します。第二王女殿下がいらっしゃいました』と声が掛けられた。
覚悟を決めたはずがいよいよの時になり、また手に力が入る。喉がカラカラになりそうだ。
外開きのドアが開けられ、現れたのは見たことのない美しい少女だった。
艶やかな銀髪は後ろにきっちり纏められているが、くるんとした後毛が揺れ、意志の強そうな緑色の瞳は、ルーズが見たことがある色よりも濃く宝石のような輝きをしていた。
『改めて、
私は現国王が娘。第二王女アリナーデ・グラッツィル。
ルーズ。ここまで連れてきてくれてありがとう』
頭を下げるのでなく微笑みと頷きでもって感謝を伝えるアリナーデ。背後にいたメイドが身分の高い主人に代わりに頭を下げるのが見える。
ルーズは慌てて立ち上がり、平民が行う貴族への最敬礼をぎこちないながらも咄嗟に行った。
ギルドで最敬礼を知らないなんて、と絶句されながらも繰り返し練習をしたかいがあった。
おかけで王女からの感謝を受け取ることが今できた。
『何から話せばいいかしら』
ルーズの前には、新しい紅茶の香り、音もなくカップを持つアリナーデが微笑んでいる。
『大変不敬かと思いますが…
こちらから質問よろしいでしょうか。
アリーナ様がアリナーデ様だったんですよね…あ、いやえ、と…アリナーデ様はアリーナ様なんでしょうか?』
王族の話を遮るような形になったがどうしても確認したかった。
何をどう聞くのが正解なのか、聞きたいことが山のようにあるがうまく言葉が出てこない。
『ええそうね、そこからよね。私は少し前までアリーナとして貴女と一緒に歩いていたわ』
アリナーデの姿でアリーナだった、と言われてもいまいちピンとは来ないが、ルーズはそうなのだろうと半ば無理やり飲み込んだ。有り得ないが目の前の状況がそうだと主張する、なら納得するしかなかった。
そこからアリナーデは、どうして5歳くらいの姿で街にいたのかを話してくれたのだった。




