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『あの、師匠。二人を置いてきちゃって大丈夫なんですか?』

 ルーズとアシェルはアリナーデが大粒の涙を流した時に、そっと穴から出ていた。師弟は空気が読める方ではないがなんとなく出たほうがいいと意見が合った。

 ただルーズは外で待つつもりだったのに対して、アシェルはさぁ帰ろうと空を飛ぶという若干の認識の違いはあったが。

『王女のペットもいるし、帰れるだろう』

 帰り方の心配をしたわけではないがアシェルが大丈夫だと言うなら、大丈夫なのだろう。責任は王子と筆頭魔法士に任せよう。


 アリナーデと歩いた野原を今度はアシェルと空から歩いて帰る。不思議な感覚に夢の中のよう。星の近さに手が届きそうだった。

 遠くで明るくなってきた空が見え始め、こんな時間まで散歩していたのだと驚いた。アリナーデの様子を見ると散歩に来てよかったと思う。


 ボルデティオを見て涙を溢していた。


『アリナーデ様はボルデティオ殿下の前だと子どもに戻れるようで安心しました』

『ボルデティオも素直だった。あんな必死に謝れるんだなあいつは…』

 いつも偉そうな王子の焦った顔を思い出し愉快そうに笑うアシェル。その顔は無防備で優しくて、ルーズの心を落ち着かせた。


 師匠の笑う顔を見ているのが心地よい。


 じっと眺めていると突然、自分の中で何かが広がった感覚があった。もし、その音が聞こえたなら"じゅわっ"だろう。

 溢れ出したあったかい何かがルーズの心に広がり染み込み、深く深く満たしていった。


『あ…』

『ん?どうした?』

『いえ、ナンデモナイデス』


 なんだろう。急に師匠の顔が見れない。顔が…

 顔が熱い。


 みるみる赤くなっていくルーズの顔や耳。首までもほんのりと赤かった。

『どうした?大丈夫か??』

『え!?あ、大丈夫です、平気です!あーそれより…えーっとジャム!ジャムってなんですか。急に何で作ろうと?』

 動揺のあまり頭で浮かんだのはジャムだった。


 急なのは自分だろう、何故今!?と内心落ち込んだが出てしまったものは取り返せない。暑かった顔が今度は急に冷たい。温度差にくらくらしそうだった。


 しかしアシェルは突然の話題にも気にせずに口を開いた。


『ジャム…か。そうだな。キーラ宰相に聞いた。ルーズの実父がジャム作りが上手いのだと。

俺は結婚というものが分からない。だからまずはルーズの日常に馴染みたいとジャムを作ってみた。

ジャムが上手く作れるようになれば、俺はルーズの横にいられるかもしれないと思ったんだ。すまない今思えば浅はかな考えだったな…』


 項垂れた様子のアシェルを見ながらルーズは驚愕した。


 確かに父のジャムは美味しい。だからってまさかジャムにそんな思いが!?


 衝撃的だ。言葉が出て来ない。

 結婚とジャム…なるほど??浅はかと言われればそうでもある気もする。結婚に必要なのは多分ジャムではない。けれど、その思いをルーズは嬉しいと思った。

 胸の中は満たされたはずなのに、何かがまた染み込んで溺れそうだ。


 ずっと目標にしていた師匠。追いつきたいと背中ばかり追いかけた。

 そんな師匠に結婚して欲しいと言われて戸惑った。私と師匠では違いすぎるから。ただの師弟の延長のような関係では師匠に申し訳なさすぎる。

 私は師匠に笑っていて欲しいのだ。

 そのために必要なのは、私ではないと思っていた。


 ただ追いかけるだけの私では駄目だと。


 じゅわじゅわと滲み出た何かが、言葉になる。


『私が、隣を歩いてもいいんですか?』


 でも、師匠が私の隣にいたいと言ってくれた。


『勿論だ。俺が隣にいたいと、そう思った。

ルーズ。この先も二人で並び歩んでいきたい。だからどうか、この手をとって欲しい』


 溺れるほど満たされた心が熱い。

 

『はいっ』




 インダスパの北の草原の夜明け空が突如として暗闇に染まった。明けたはずの夜がまた戻ってきたと城では騒ぎになったが、暗闇は徐々に空に流れていった。

 光の粒が空を悠々と泳ぎ、まるで星の川のようだった。朝焼けに突如現れた煌めく星たちは川に流れ、それから大地へと消えていった。



『わーすみません!師匠!つい暗闇をぶわっと…うわーだいぶ先までやっちゃいました』

『いやいい、気にするな。あーそうだな城まで行きそうだな』


 二人は暗闇の流れる先を見届けた後、顔を見合わせ笑った。

 ルーズは心に広がった何かが隙間を埋めて温かくなっていくのを感じ、漸く自分を見つけた気がした。


 私はずっと師匠が好きだったのだ。


 今やっとそれに気付けた。


 



『ルーズ!!大丈夫?!』


 アリナーデたちが暗闇を見つけ探しにきてくれたようだった。慌てた様子にルーズは申し訳なさが募る。


『すみません!ちょっと、やってしまいました…』

 しゅんとする友人にアリナーデは、ぎゅっと抱きついた。ルーズに問題がなければそれでいい、と。

『心配していただきありがとうございます。私は大丈夫です』

 ルーズはいつも以上にへらりと笑った。

 そのことに王族二人は目敏く気付いた。アシェルの方もちらりと窺えば、ちょっとだけ空気が柔らかい。


 どうやら上手くいったらしい。


 王族たちは頷き合いにこにこした。


『私はモッちゃんとボルデティオ殿下と帰ります。ではまた後で』

『二人とも気をつけて帰れ』


 そう一方的に言うとあっという間にアシェルとルーズを草原に残し、彼らは去っていった。

 アリナーデを探しここまできたと言うのに本人に置いていかれたとはどう言うことか…。

 王族たちは気を利かせたつもりだったが、残念なことに二人には全く通じていなかった。ただわがままに振り回され置いていかれたと思われていることなど露ほども考えてはいなかった。


『そんなぁアリナーデ様ー』


 アリーナを見つけ城に一緒に帰ったのは自分だったのに、その役目を攫われてしまった。

 アリナーデの成長を喜ぶべきか薄情さを恨むべきか…いや喜ばしいな。ただ少し寂しいだけ。


『アリナーデ様…』


 アシェルは落ち込むルーズの頭を撫でた。

 こういう時は師弟を感じ安心していたはずが、今はなんだか恥ずかしい。

 気持ちが落ち着かないのに嬉しいとは感情が騒がしい。


 こんな時間をこれから過ごすのか…


『師匠!これからもよろしくお願いします』

『ああ、それはこちらこそよろしく。それでルーズは…呼び方は変えてくれないのか?』


 アシェルと呼んで欲しい、と見つめられルーズは頷きかけたが理性を振る動員し今は無理だと断った。


 師匠は師匠だ。

 いきなりは呼び方を変えられない。

 ア、アシェルなんて!無理だ。ただでさえ心臓が痛いというのに。無理だ無理!


『急には無理です!心の準備期間が必要です』

『…そうか。ではいずれだな』

 あまりの必死さに笑いを堪えたアシェル。無理と言われ呼び名などどっちでもいいかと思ったがルーズの反応が面白いので頑張ってもらおうことにした。



『時間はまだまだあるからな』



 広がる空はどこまでも続き、手を伸ばしても届かない。見える先に何があるのかアシェルは楽しみだった。


『はい!いつかは!がんばります』



 ルーズと一緒ならば、何があっても笑っていられるそんな予感がした。




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