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 ルーズは空から人がいなそうなところを探した。衛兵や捜索隊の持つ灯りが地上の星のように広がる。その隙を抜けながら北に向かうつもりだった。


『でも、こんなに人が出てるならアリナーデ様も自分が捜索されてるのに気付くはず…』

 草木を割って這うように何かを探す彼らの姿を王女が見ていないわけはない。ちょっとした散歩をしているだけならすぐに帰ってくるはず。

 モッちゃんの様子から攫われたり危険な目に遭ってはいないのは確かだ。ならばアリナーデは自身の意思でいなくなっている。


 なんで、アリナーデ様…


 灯りを掻い潜りながらルーズは不安に襲われる。彼女はどんな思いでいるのか。


『待っててくださいね!アリナーデさまーーっ』





 


『アリナーデがいなくなったと言うのは本当か?』

『ボルデティオ殿下…ええ。今捜索隊が城内を隈なく探しております』


 ボルデティオはペイルを引き連れて離宮に訪れていた。

 行方知れずとは言え聡明な王女が無策で飛び出して危険な目に遭っているとは考えにくい。心配はあるが緊急性は低いと予想し最低人数で捜索にあたっているが手がかりの一つもないのは些か気になる。


『誰の目にも触れていないならば、自分の意思で行方をくらませていると言うことか…』

 ボルデティオは考えながら徐々に眉間に深く皺を寄せていった。自身に何か落ち度があったのか、記憶を引っ掻き出し探った。


 婚約が嫌だったのか?

 国から出たくない?なんだ??俺か???


 婚約発表直後の失踪という事実にがっくり肩を落とし、眠るアリナーデを見つめる。可愛らしい笑顔に心が痛み目から涙がちょっと出そうだ。


『はぁ…なんでたアリナーデ…

……



は?』


 王子は眠る人形姫を見つめ続けて、ありえないことに気づいた。眠りながらふんわり笑うアリナーデの美しさはずっと変わらない。人形のように。


 まさか、そんな?

 いや、だが…これは……


『?…どうかなさいましたか?』

『お前ら!ちゃんと見ろ!これは……!!』


 ボルデティオから伝えられた事実はすぐさま捜索隊へと伝えられることとなった。

 捜索隊たちはその事実に打ちのめされ、土に汚れた自分たちの顔を見て遠い目をした。

『あ、はい。分かりました…引き続き王女を探します…』

『すまぬな。頼んだぞ』

 キーラはなんとも言えぬ顔で彼らを見送った。見つけるのはルーズかアシェルだろうな、とあたりをつけながら。




『モーッ!』

『モッちゃん…こんなところにまで…』

 城壁の外に丸まった魔物がいると思えば、まさかのモッちゃん。先ほど屋根の上にいた子とは別の個体のようで少し長いお尻の毛が跳ねていて元気が良さそうだった。

 ルーズはその子をひょいと抱き上げると、アリナーデの居場所を聞いた。

『アリナーデ様がどこにいるか分かる?』

『モ!』

 大きく一鳴きし見つめるのはやはり北だった。塀を越えたさらに先。

『アリナーデ様は城から出て行ったのね。教えてくれてありがとう、行ってくる』

 地面に優しく降ろしたがモッちゃんは、ぴょんとルーズの肩に飛び乗った。一緒に行くつもりのようでモッモッと一生懸命鳴いていた。

『そっか。じゃあ一緒に行こ。落ちないようにね』

 風の魔法で優しく包み、空を飛ぶ。肩の重みがずっしりと伝わるが我慢だ。というかこの重さをアリナーデは常に持ち歩いたり乗っかられたりしていたのか。すごいの一言に尽きる。


『モッちゃん結構重…アリナーデ様実は力持ちなのね…』



 重りを乗せて飛ぶ空の旅は重心が傾き、ルーズは飛び辛そうにしていたがしばらくすると慣れてきたようですいすいと進んで行った。

 城を背に森を抜け広い野原に出れば、その先に不思議なものを見つけた。ものすごい速さで動く何か。


『何あれ…』


 近づいてみると土煙をあげ北へと向かう白い塊だった。魔物かと警戒し離れようとしたが肩に乗ったモッちゃんが『モッ!モッ!』と何か伝えようと暴れ出した。

『え、何?うわ暴れないでぇ…て、え?あそこに行けって??えーまさかあれ…』

 そうだと言わんばかりに頷く肩に乗った小さな白い塊。その指示に従いよくよく目を凝らせば見知った生き物が何かを乗せて走っているだけだった。それに気付くとルーズは一気に空を降り手を振る。



『わーやっぱり!アリナーデさまーー!!』


 大きな声で、白い塊もといモッちゃんたちに乗ったアリナーデを呼び止めた。

 王女を背に乗せ走っていたモッちゃんたちはルーズの声に勢いを落とし、ゆっくりと止まった。


『あら、もう見つかっちゃったのね…』

『アリナーデ様…』

 ルーズの姿を見て残念そうに呟いたアリナーデの姿は夜の散歩に出かけたはずが、鳥でも虫でもなくアリナーデそのものだった。

 精巧な器の姿は、自然にできたとは考えにくい。この突然始まった夜の散歩ではなく自らの意思で始めたのだとルーズは悟った。


『どうしますか?』

『あら、帰れとは言わないの?』

『帰ったほうが良いとは思いますけど…帰りたくないならもう少しいいのでは?私もいるので危ない目には合わせません』

 ルーズの言葉にアリナーデは眉毛をへにょんと下げて弱々しく笑った。モッちゃんたちもアリナーデを守る!と言わんばかりに跳ねている。

『皆ありがとう。ちゃんと帰るから…だから、もう少しどこかに散歩してもいいかしら?』

『ええ!もちろんです』

 潤んだ瞳に気付かぬふりをしてルーズは任せろと言わんばかりに胸を叩いた。



 2人と白い塊数匹は何もない野原を歩いた。抜けていく風が涼しげで散歩には丁度良い。


『え、待ってください。今の姿って器じゃないんですか!?』

『そうよ?器を寝かせて散歩に来ちゃった』

 可愛らしく言うがとんでもないことに加担していることに今更気付きルーズは青ざめる。これは散歩ではなく用意周到な家出だ。今この状況は下手をすれば王女誘拐中でしかない。

 やっぱり早く帰そうかと思い始めたところで、自分の体でひとり外を出歩くのは初めてだと嬉しそうに話すアリナーデの顔を見てしまっては何も言えなくなった。

 …腹を括るしかない。

『痛いところがあったら言ってくださいね!すぐに!』

 真剣な顔で伝えるルーズにアリナーデはにっこり頷いた。


 ああ、本当に。このお姫様は嘘をつけない。


『心もですよ?』

『必要なら言うわ』


 広がる野原にどこまでも続く星空。

 ちっぽけな2人は自然に溶けていく。世界の一部になって思考を止め、感情を忘れて漂うように歩く。



 地平線に向かいどこまでも歩いたが、草を踏む音は段々と小さくなっていった。アリナーデがふと足を止めると空から星がひとつ、溢れ落ちた。


 インダスパでは星が落ちる時、新しい生命が生まれると言われている。天に還った魂が大地に戻る瞬間だとされていた。

 どんな魂がどんな形で生まれるのか、落ちる星を眺めながら想像して楽しむのだ。


 二人は空を見上げる。輝く星空に描かれた光の線は強く美しかった。壮大な景色に現れた光に心奪われる。

 言葉なく眺めていると長い直線は遠い大地へと消えていった。


『…綺麗でしたね』

『ええ、本当に』


 光の余韻に浸りながら空を見ていると、ルーズは黒い点が近づいてくるのに気付いた。気持ちを即座に切り替えて王女の前に立った。戦闘体制をとり警戒を強める。

 すごい速さで近づく点はどんどんと大きくなっていく。アリナーデは点が小さなボールくらいになったところで漸く何かの存在に気付いた。


『何か分かる?』

『えーと。あ…人ぽいです。あの速さだと…デュオさん…違う。師匠だ!それで多分誰かを担いでます』

『筆頭魔法士…じゃあ担いでいるのは、殿下だわ。ルーズ隠れるわよ!』


 言うや否やアリナーデはモッちゃんたちに乗ると指示を出し森へと走らせた。ルーズは状況が掴めないまま、とりあえず自分たちに薄く暗闇魔法をかけ闇夜に隠して逃走することにした。




 アシェルは城周辺の上空から捜索していたところ突然ボルデティオに『白い魔物がアリナーデは北に行ったと!俺を連れて行け』と言われ、渋々担いで探しに来ていた。ひとりの方が確実に早く飛べるというのに。

 邪魔でしかないが数少ない友人の言うことだと仕方なく担いで急ぎ北へ飛び立った。


『ボルデティオ…なんかしたのか?』

『どう言うことだ??』

『恐らくこちらに気付いてアリナーデ様たちが逃げた』



『は!?!?』



 なぜ…と絶望した声を出す荷物を見てアシェルはやっぱり邪魔だったと判断を誤ったことを後悔した。



『なんでだアリナーデ!!』




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