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 飾りがなくなり静かに眠る城。そこには警備中の衛兵たちの姿だけがあった。平和になったとはいえ彼らは気を緩めた様子もなく職務にあたっている。

 ルーズは仕事の邪魔にならないように暗闇の魔法をくるりと返して身に纏った。夜空を内に隠し、影から影へと移動すればその姿はどこからも見えない。


 よし。これならバレないはず!侵入者と間違われるとややこしいからね。


 そうして夜に紛れなが宰相たちがいる部屋を目指した。暗闇を探して飛び回る姿は風にたなびかれ夜空の一部に溶け、衛兵たちに見つかることはなかった。


 肌に触れる風の冷たさの心地よさに、甘く飲みやすかったお酒は思っていた以上に酒精が強かったようだと気付く。

 丁度良い酔い覚ましとなり目的地に着いた頃には、ふわふわしていた頭は随分とすっきりしていた。


 一つだけ灯りのついた窓は、かっちりと閉められ中で何が話し合われているか聞こえてはこなかった。

 ボルデティオから聞いた話では、アシェルはキーラに呼ばれたらしい。二人で何をしているのかは知らないとのこと。


 仲良くしてくれてたらいいけど…


 淡い願望を胸に、カーテンが閉められた部屋の窓を叩く。


『誰だ?』


 警戒した宰相の声に『ルーズです』と答えると、窓はすぐに開いた。キーラは窓の外を飛んできた義娘に驚いた様子もなく、どうしたか問いかけた。

 緊迫した様子がないことにルーズは安堵し、呼吸を整える。

『師匠がこちらにいると聞いて…』

『そうか……だ、そうだ。では私はボルデティオ殿下のとこに行くとしよう。


だが!…分かっているな?』


 キーラは部屋を出る瞬間きつくアシェルに釘を刺した。どう言う意味なのかルーズには分からなかったが、アシェルは小さく頷いていた。


 ぱたん、と扉が閉まると部屋には二人きりとなると途端に音が消えた。

 時間が止まったような重い空気がルーズの体に纏わりつく。握りしめた拳を見つめながらお酒を持ってくれば良かったと少しだけ後悔した。


『す……すみません、急に。あの…』

 何か言わなければ。どうにか絞り出した言葉は続かない。いたずらにスカートの皺が増えていく。

 ああ、だめだ…気持ちが底につきそうになった時アシェルの方から僅かに布の擦れる音がした。


『ルーズ。これを見てほしい』


 いつもの穏やかな声に空気が少しだけ軽くなったようだった。

 恐る恐る顔をあげれば、机の上に手のひら程のガラス瓶がぽつんと置かれていた。至って普通のよくある瓶だったが中身が少し変わっていた。


『?…これは、何かの魔法薬…ですか?』


 何の変哲もない瓶の中は真っ黒だった。炭のように黒く、どろりと粘度の高そうな液体。

 見たことのない物体だが、塗り薬のように見えなくもない。分かるのは一般的に流通していないものだろうということだけ。

 

『いや、これは"ジャム"だ』


 じゃむ?

 ジャーム?

 そんな薬あっただろうか。


 首を傾げ繁々と見つめ続けるルーズにアシェルは、瓶を開けてどこからか取り出したスプーンでひと匙掬った。そしてそのまま、ぱくりと食べてみせた。


 !?


『これは、ジャムだ。見た目はよくないが、味は悪くない』


 じゃむ…ジャム?

 この黒いぬちゃっとした液体が!?


 疑問は多々あるが、ルーズはさらに二口目を食べるアシェルに瓶の中身が食べ物であると認識せざるを得ない。

 べちゃっと運ばれる三口目でどうにか無臭の禍々しい"それ"が"ジャム"だと理解することに努める。


『ジャム…なるほど…。

すごい変わった、ジャムですね?』

 師匠が言うならジャムと言うことにしよう。意味が分からないがこれはジャム。うん。


『ああこれは、俺が作ったジャムだ。

火の扱いなら得意だと思って作ってみたのだが…この通り。何度やっても真っ黒になってしまう。

…料理とは難しいんだな』


『作った?師匠が??』

『ああ。俺が作った』


 もう一度黒い呪物の塊のような液体に視線を向けた後アシェルを見た。


 これを師匠が?


『魔法しか取り柄がないのだとつくづく思い知らされた』

 瓶を手に取りながら、アシェルは言葉とは裏腹に楽しそうに語る。

 魔法しかというが十分なほどの取り柄だ。何を卑屈になって、と思うが目の前の真っ黒なジャムにかける言葉が見つからない。

 

『最初は味も酷かったんだ。

だから出来るまで何度も作った。みんなにも食べてもらって、その甲斐がありようやく食べられるようになった』


 初めて作った時はこの見た目通りの味がしたのだと。ボルデティオにこれ以上作るなと怒られたほどと言うからどんな味だかそっちの方が気になってしまう。

 あとで試食させられたと言う殿下に味の感想を聞こう。

 ふむふむと話を聞きながらルーズは何故アシェルはジャム作りにこだわったのか疑問が浮かぶ。

 料理をしたければ、もう少し違うもので良かっただろうに。


 植物は魔力に弱いという性質がある。魔力濃度の高い人間がつけた火では野菜や果物が痛みやすい。濃度は魔力量のように調整できないためアシェルのような人間では料理は難しいものだ。

 

 もし魔力が濃い貴族が料理をしたければステーキくらいしかない。動物は魔物でなくても魔力に強いため火加減さえ気をつければいいからだ。

 それはアシェルも分かっているはず。それでも彼は元々痛みやすい果物を使ったジャムにこだわって挑戦したらしい。

 ルーズはそれが不思議でならなかった。


『俺は天災を倒すためだけに生きてきた。それだけしか自分にはない。

ジャムひとつ作れない。でもいつか…

ルーズが食べたいと思うようなジャムをいつか作るから』


『え、あ…はい』


 よく分からないが、師匠は自分に美味しいジャムを作ってくれるらしい。本当によく分からないが。

 ルーズはぽかんとしたまま深く考えずに返事をした。それだけだった。


 しかし、そんな軽い返事にアシェルは笑った。目を細め嬉しさを噛み締めるように。

 ルーズが見たこともない顔で笑っていた。


『ありがとう』


 たった一言。優しい優しい声。

 ルーズはアシェルの笑顔に驚き、届いたその声に何故だか泣きたくなった。


『ずっと俺は、いつ現れるとも分からない天災との戦いで命を尽くすと思っていた。

正直、その先の時間があると思っていなかったんだ』

 筆頭魔法士であるアシェルが死戦に立つことは義務である。そのことはルーズも理解しているが、師匠の言い方はそれではまるで、最初から生き延びる気がなかったかのようで…


『天災に全てを捧げるのが俺の、筆頭魔法士の役目だった。

だが、ルーズのおかげで生き延びた』

 

『ちが!違います!師匠のおかげでみんなが生きてるんです!!』

 逆だ。完全に逆だ。

 師匠がいなければ、インダスパもモダーナリの人たちも全滅に近い状況になったはずだ。師匠とデュオさんがいたから、大勢の人が助かった。


『だが俺が生きているのはルーズのおかげだ。間違ってない』


 師匠が分からず屋である。

 師匠がいなければ、私は草原で天災と対峙した時にデュオさんと一緒に死んでいただろう。師匠が私たちを助けたのだ。


『いーや!間違ってますね。師匠がいなければ私は確実に死んでました!そもそも師匠がいなければ私はあの場にすら行けなかったんですよ!?』


 アシェルが師匠にならなければルーズは魔法を上手く使えずにただ暗闇を出せる村人のままだった。そう鼻息荒く力説してみせると、アシェルはひどく驚いた顔をしていた。


『俺が、ルーズを、あの戦いに、巻き込んだ…?』

 なんてことだ、と頭を抱え始めた。

 ぶつぶつと『るーずのおかげだなんて、なんてことを』『俺のせいじゃないか』『俺がいなければ…』とかなんとか煩い。


『あー!もうなんでそうなるんですか!?師匠のおかげだって言ってるんですよ!!

私に守りたいものを守る力をくれたんですよ師匠が!それで私たちを守ってくれた師匠に感謝してるんです!!』

 机をばんばんと打ち鳴らしながら一言ずつ丁寧に伝える。大きな音が鳴るたびにアシェルの目が困惑に染まっていったが、そんなことは気にしない。

 どれだけ感謝をしているのか分かるかと大きな声で確認すると引き攣った顔でアシェルは小さく頷いた。


『そ…そうか。

だが俺もルーズに感謝している。ルーズの魔法がなければ俺は死んでいたんだ。


では俺たちは互いに助け合ったということだな…』


 ふぅ、と息を吐き出すとアシェルは可笑しそうに笑った。何やら納得したらしい。


『ルーズ、ありがとう。

共に戦えたのがルーズで良かったと心から思う』


 ああ、駄目だ。視界が揺らぐ。


 ずっと二人の背中を見ていた。

 動こうとした時には、師匠とデュオさんはすでに前を飛び、背中に離されないように必死に追いかけた。二人が戦ってる後ろでなんとか着いて行っただけだ。

 

 戦いながら二人との実力の差をまざまざと感じさせられた。1番近くにいたからこそ分かる。

 魔法筆頭士と魔法士団副団長に付いた一兵。それが自分。ただ空を飛べるからそばに居ただけだと。

 


『俺とデュオはルーズと肩を並べ戦えたと思っている。我々は誰一人欠けても、あの戦いに勝利はなかった。自信を持て。

ルーズは俺の自慢の一番弟子だ。

俺がこの世で唯一信頼する人だ。

この先も肩を並べ、一緒に歩きたいと思う人だ。


だから胸を張って、笑っていい』


 ルーズは目から溢れ出した涙のせいで何も見えていないが、アシェルの笑った顔だけはよく見えた。


『ししょー…無理。笑えないー!』


 幼子のように泣き出した弟子に師匠は狼狽た。あわあわと立ち上がり手を伸ばし引っ込め、また伸ばしては下ろすを無意味に繰り返す。


『うー…ししょー何してるんですか?』

『…魔力を注いで精神を安定させようか悩んでいる』


『ひっく。それ…眠らせるやつですよね?』

 たしか混乱したり暴れてる相手に使うやつだ。なんという力技…

 ちょっとひどいが師匠らしい。


『師匠。泣いてる相手に強制入眠はあんまり良くないです』

 ルーズはぷっと吹き出すと今度は笑い出した。師匠だなーとご機嫌な様子にアシェルは椅子に音を立てて深く座った。


 はあー。この酔っ払いめ…


 途中で気が付いた。ルーズの赤みを帯びた頬が酒のせいだと。すぐに気付けなかったのはアシェル自身がひどく緊張していたからだということも。


 まぁ、弟子が楽しそうだからいい…か


 笑いながら師匠の悪口だか褒めてるのか分からない言葉を言いたい放題の弟子。それを見てふふと笑いが漏れ、アシェルも笑い出す。




『おー!ししょーが笑ってる!楽しいですねぇー』

『ああ、そうだな』


 しばらく部屋には、二人の楽しそうな声が響いていた。



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