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『ルーズ!今日は来てくれてありがとう』


 部屋の中央に置かれた小さなテーブルには二人分のティーセットが用意されていた。見た目が可愛らしいお菓子たちからはほのかな甘い香りが広がっている。


『アリナーデ様お招きありがとうございます。

わぁ!今日も大変可愛らしいです!』


 ルーズは淑女の礼で挨拶したあと、ぎゅっとアリナーデを抱きしめる。今日はお互いに久々の自由時間となる。

 ルーズは勉強や仕事に、アリナーデも準成人の祝いのための準備に追われていた。

 久しぶりの癒しに作法は忘れることにしたのだった。


 お姫様を腕の中に入れた瞬間心の栄養が補給されたのと同時に抱き心地の変化を感じた。

 また成長したのかと驚いていると、内緒話のように今日は高いヒールを履いているのだとこっそり教えてもらったのだった。

 可愛さに悶えながら二人だけのお茶会が始まった。



『12歳だとそんな高い靴を履くんですね』


 ちらりと机の下を見れば、明るさを抑えた黄色の靴が二つ行儀よく並ぶ。成長中の少女の可憐さを引き立てる控えめな石が輝いていた。


 アリナーデは視線に気付き、くすくす笑いながら見やすいように足の向きを少しずらした。

『公務も始まるから。練習を兼ねて今からヒールに慣れないといけないの』

 随分と高いヒールの靴から伸びる細い足首。不安定でちぐはぐな印象だがアリナーデの佇まいを見ると何故かしっくりくる。大変そうだが慣れるとはこういうことなのだと理解した。


 それから他愛もない話で時間を過ごしていると、アリナーデが静かにカップを置いた。少しだけ下がった眉が可愛い…ではなくどうしたのか声をかけようとしたが先に王女の口が開いた。


『ねぇ…ルーズはどんな人と結婚したい?』

 

 まさかの質問に手をカップにぶつけカチャン!と響いた。城の庭で不快な音を響かせたが12歳の少女から出た問いにそれどころではなかった。

『どんな…えっと。どんな人、ですかね……』

 頭を必死で動かしたが、答えは出てこなかった。

 自分がどんな人と結婚したいかなんて考えたことがなかった。


 楽しく過ごせる人?

 尊敬できる人?

 一緒にいたい人?

 どんな……どんな??


 村の同い年の友人たちも結婚し始めている。もういい大人だというのに何も考えずに過ごしていた。恋愛経験の無さや将来について空っぽの自分に情けないと肩を落とす。


『あら?結婚の申込みを断ったから理想があるのかと思っていたわ』

 貴族は利害が一致すれば婚約を結び結婚する。断ったと言うことはルーズの求める利が相手になかったのだろうと思ったらしい。

 だからこそルーズが結婚の相手に何を求めているのか聞きたかったのだと言う。

『あーと。えーと、あの、私はただ師匠と結婚ていうのが、違うと言うか何と言うか…』

 不思議そうに見つめる少女の純真な目が、ルーズの心に刺さる。


 自分でもよく分からない感情のまま断ってしまったことに後ろめたさがじわじわと湧き上がる。突然結婚の申込みをされたあの日から考えないようにしてた己の狡さを思い知らされるよう。


 頭を抱え唸る友人を見ながら、アリナーデは優雅にお茶に口をつけた。

 この分じゃルーズはまだそばにいてくれそうね。

 そして甘い液体が体を巡り温めるこのひと時に満足そうに微笑んだ。


 

 ルーズは多大な癒しと少々の混乱を得てお茶会は終わった。癒されたはずが何故か疲れが残ったが最後のアリナーデの笑顔が温かかったから良しとすることにした。


『ルーズ、またね』


 そう言って笑った陽だまりのようなお姫様。

 

『はい、では次はお誕生会で』

 城を後にした馬車の中でルーズは結婚なんてどうでもいいから、アリナーデのそばに居たいとぽやぽやした気持ちでそう思った。

 



 二人のお茶会のあったその夜。

 アリナーデは心の騒めきが落ち着かずに部屋のバルコニーに出ていた。


 夜空は雲がいたずらに月を隠し光と闇が交互に現れる。

 少ない灯りをぼんやりと眺めて、時間を持て余す。すると完全な暗闇が訪れた。雲が月を覆ったらしい、と視線を上げると大きな闇が目の前を塞いでいた。


『お姫様、夜のお散歩をいたしませんか?』


 真っ暗な視界に一瞬驚いたが、聞き覚えがありすぎる声にアリナーデはため息を思い切りついた。はしたないとかはこの人の前では無意味だ。

『…ボルデティオ様。不法侵入という言葉をご存知で?』

 ボルデティオは笑った。楽しそうに。

 彼に釣られ影も揺れる。それすらもちょっと不愉快だ。


 こちらの言葉などお構いなしで、アリナーデは城の外にあっという間に連れ出されていた。用意周到に王女好みの可愛らしい外套を被らせ夜の街を飛ぶ。


『ルーズの飛ぶとは違いますね』

『あれは……。アシェルとルーズしか出来ん』

 飛ぶと言っても空ではなく屋根を飛び移りながらの移動。抱えられながら上下に浮遊する感覚は不思議な乗り物のようで嫌いではないと思った。


 しばらく進んだところで降ろされたのは緑あふれる公園だった。静かなこの場所はアリナーデのお気に入りでもあった。


『あと2日で12歳か。出会ってから10年……まだまだ子どもだな』

 ボルデティオは、ちょこんとベンチに座らせたアリナーデを見ながら感慨深げに呟いた。悪気はない思ったことを言っただけだ。

 分かってはいるが大人っぽくなったと皆から言われ始めたばかりのアリナーデは不服だった。ぐっと湧き上がる感情を押さえつけ微笑む。

『そうです。まだ子どもです。ですから婚約破棄なさっては?』

『はははっ!まだ諦めてなかったのか。すまんな破棄はしない』

 無防備に笑うボルデティオは幼く見える。どっちが子どもだと呆れてしまうほどに。

 全く。何を考えてるのだと文句をつけようとするができなかった。


 見上げた視線にぶつかった彼の顔が怖いほどに真剣だったから。



『アリナーデ、結婚を難しく考えるな。


私なら…いや我が国なら君は勿論、ルーズも守り続けることが出来る。


我々は君たちを守り抜くと誓おう』


 暗い夜に月明かりがきらきらと輝いた気がした。



 怖かった。

 ずっと、ずっと怖かった。

 命を狙われたことじゃない。


 自分の魔法が。


 自分の魔法が他とは違うことに。

 それが周りを不幸にしてしまうかもしれないことに。


 アリナーデは息を呑んだ。

 恐怖が薄まる予感が戸惑いを生む。即座にあなたの守りなどいらないとは言えなかった。


 その想い全てを理解したような男の顔に腹が立つが、縋りたくなってしまう自分の弱さに泣きたくなる。


 魔法に馴染み深いモダーナリ国の王子であり王位から外れたボルデティオ。その彼が守ると言うならば、憂いは幾分も減るのは確かだった。

 条件としては問題ない。だが…手を取る事はできない。


『まぁ夫婦という肩書きが嫌ならば養子縁組でもいい』


 あ、それならいいかも…アリナーデは迂闊にも目を輝かせてしまった。


『ふむ。一緒にいるのが嫌なわけでは無さそうだな。ならばそれでいい。私たちは家族として時を過ごそう』


 やってしまった、と口をぱくぱくさせるが否定の言葉が出てこない。今言わなきゃ拙いことは分かるが、何を言っていいのか自分が本当はどうしたいかを表す明確な言葉が分からなかった。


 珍しくあたふたとする小さなお姫様を宝物を見るように見つめるボルデティオ。


『来て良かった』


 アリナーデが刺されたと聞き、自分が側にいなければと強く思った。そして自ら囮となると言ったとは言えそれを許したインダスパに嫌悪すら感じていた。

 自分がいればそんな事はさせなかったのに、と。


 ボルデティオが初めて会ったあの日からアリナーデは特別だった。


 天使に見紛うほどの美しい、畏怖すべき生き物。

 今は人間だと理解しているが、ボルデティオにとって特別な事は変わりない。愛とか欲とかではない別の感情。それに名をつけることもしない。

 ただ守るべき存在。

 遠く離れた場所から守ろうと思った時期もあるが、アリナーデを人間だと認識すればするほどに近くで守りたいと思うようになっていった。


 もう何人たりとも傷付けさせない。

 自分ですらアリナーデを傷付けさせない。

 守るために側にいたいと願った。


 その願いが手に入る。その幸運にボルデティオは感謝した。

 


『えっ…』


 アリナーデは突然明るくなったことに気づき驚いた。見上げると、夜空に彩り豊かなベールが浮かび上がっていた。


 空に光のカーテンが掛かってる…


 ゆらゆら揺れる空の光の綺麗さに目を奪われているとボルデティオが口を開いた。


『……すまない、俺の魔法だ』


 そう言いながら顔を覆い地面に崩れていった。多彩な光に照らされてか、彼の耳は赤く色づいて見えた。






『ドレス姿を楽しみにしている。では、おやすみ』


 アリナーデを部屋まで送り届けるとボルデティオは何事もなかったように帰っていった。

 本当に勝手だと呆れたが、この日はすぐに眠りにつくことが出来た。


 空のカーテンがすぐに消えてしまったことを残念に思いながら寝たせいか夢の中では、虹色の光が優しくアリナーデを照らしていた。




 翌日空に広がったあの光は騒ぎになったが、誰もその答えを見つけられなかった。

『あれはなんだったんだ…?』

『なんだったんですかね』

 ルディアシスとシヴァンが不思議そうに呟いた天井の裏では影がけたけたと揺れていた。

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