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 ルディアシスは急ぎ支度に向かった。


『早く着替えてください。午後に間に合いませんよ!?』

 午後から行われる国王の葬儀に王族が遅れるわけにはいかない。数人がかりでルディアシスの身だしなみが整えられていった。

 されるがままに身を委ねているとチリひとつ、シワひとつない完璧な装いが急拵えで作られる。まるで魔法のようだと思わず笑ってしまうと顔を動かすな、と叱られてしまった。

 最後に従者が、煌びやかではないが存在感のある意匠の入った上衣を運んできた。


 光沢のある布地がするりと王子の腕を通す。

 胸には国章を輝かせながら、少年から青年へと移り変わる途中の体の細さと逞しさは儚げな美しさが漂う。

 その姿に皆が自然と頭を下げていた。


 今日は弔いのため普段の正装よりも装飾が少なく、軽量な上衣のはずがルディアシスはいつも以上にずっしりと重みを感じていた。

『重いな…』

『そりゃあ重いですよ』

 シヴァンは笑った。

『そうか。そうだな』

 ルディアシスも笑い2人は無言で見つめ合った。

『……では行こうか』

 先に王子が歩き出すと背中から声がかけられた。

『ああ。どこまでも』

 兄弟のように育った2人。主従関係だが、ルディアシスにとってシヴァンは兄だった。

 いつからか守らねばならない、越えなければならないと溺れそうになってしまっていた。


 いつだって自分の後ろには信頼する兄がいた。


 それに気付くと、重かった上衣が軽くなっていた。





 ルディアシスは予定の時刻にどうにか間に合った。王妃や妹たちは先に来ていたが問題はない時間通りだ。

『お待たせしました。母上。

…お聞きしたと思いますが、滞りなく終わりました』

 王妃は王子の姿を見ると扇を広げ頷いた。

『ええ、ありがとう。では行きましょう』




 葬送の義には多くの国民が集まっていた。アダンテのような王族を害そうとするものが現れるかと懸念されていたが順調に儀式は進んだ。

 貴族や平民どちらも涙を流し感謝を表すもので溢れ、皆は無能の王ではなく国を守り続けた王として送り出そうとしていた。

 このことに王妃や王子たちは安堵し、下げたくなる頭をぐっと堪えながら広場を見渡す。


『あの人は愛した国に愛されていたのね』

 王妃の言葉に3人は小さく微笑んだ。たとえ命をかけたことを知られずとも父親が歩んできた道は間違っていなかったと。

 


 辺りが暗くなってきた頃、儀式は最後の別れの時となった。

 皆が見守る中、王妃が壇上に上がり箱に火をつける。瞬間赤い火が高く上がり、歓声が上がった。あたたかな炎からは煙が出ていた。


 真っ白な煙が真っ直ぐ上る。

 煙は道標。魂が迷わぬように。

 空高く手を伸ばす。


 白い煙の行末を皆が見つめた。どうか安らかに眠れるよう願いながら。


 それから広場からはぽつぽつと光が現れた。空に向かい祈りと共に魔力を込める。人々の願いが魔力が光る。

 煙が国王に皆の想いと力を届けてくれると信じて。


 煙に光が纏いきらきらと空に溶けていく。

 王妃たちも一際光る想いを空へと届けた。


『星みたい…』

 誰かが呟く声に、空を見上げると輝く魔力が星になっていくように星空が広がっていった。


 煙が消えた頃、盛大な音楽が鳴り響き騎士団が一斉に剣を掲げた。魔法士団が灯を灯し、開かれた剣の道の間を王の棺が通る。キーラたち公爵と双子の殿下がその後ろに並び歩く。

 最後の別れを済ませると棺は閉められ、馬車に乗せられ走り出した。


 馬車が出発すると、魔法士団が炎を打ち上げる。熱さのない炎は空を舞う鳥のように羽を広げ飛び去った。圧巻の情景は人々の胸に刻まれ、偉大なる王を見送った。

 


『皆聞いてくれ』


 馬車のそばにいたはずのルディアシスとサフィールが壇上の上に姿を現した。



『これより王の言葉を届ける』

 そう言って取り出したのは両手に収まるほどの大きさの不思議な形をしたものだった。

 黒く重そうな台座から2本にょろりと生えた棒の先に大きな球体が付いていた。

 ルディアシスが台についているボタンを押すとざーざーと音がした。


『ザー…あーあーザー…聞こえる、か?』

 その声が聞こえた時、広場にざわめきが起こった。

"あの声は!?" "まさか"

"国王だ" "おうさまだ!"


『儂はもうすぐ息絶えるだろう。

本来なら王子たちが成人を迎えてから王太子を指名することになっているが待つことができないようだ。

残念だが仕方ない。時期は早まるが結果は変わらぬ。


皆聞くが良い。



今この言葉を持って王太子を任命する。


次代の王は

"ルディアシス・ヴァリスード・ルチル"


彼が導くインダスパに光が満ちることを願う。


それでは、皆さらばだ』


 一瞬の静寂の後、大きな歓声が上がった。

 成人を迎えた後ルディアシスが戴冠式を迎えること、サフィールもアリナーデもこの言葉に納得し王になる兄を支えることを宣言した。



『インダスパに生きると誓う。

私に続け!必ずや光に満たそう』


 多くの喜びの声が溢れ、王太子ルディアシスは認められた。一部の貴族たちはアリナーデが王太子になるのでは?と戸惑っていたが、空気を読み笑顔を作った。

 その後に王がアリナーデを紹介する時にはっきりと王太子だとは言っていなかったと思い出す。何故そんなことをと一瞬思ったが、国王殺害があったことから考えるべきでないと飲み込んだ。


 歓喜に沸く中で、アダンテ公爵が病に倒れたことが発表された。また娘は他国の王族に嫁ぐことになりアダンテ公爵家は継承者が消えたため断絶されることになったと知らされる。

 戸惑いの声が広がったが、ルディアシスが静めた。


『そしてアダンテ公爵家が無くなり、代わりに新たな公爵家を興すこととなった』


 連れられてきたのはギルド長。

 後ろ姿は足をガクガクと振るわせ、立っているのもやっとの様子。だが王族の血か貴族の成せる技か顔だけ見れば聡明な眼差しは強く、公爵として十分な素質を思わせる。


『私が新たな公爵家を承ることになった。魔法具の発展に尽力し王を支え、インダスパの発展に尽くす』

 最後の最後まで公爵なんて嫌だと泣き喚いた初老の男性とは思えないほど立派だった。

 ルディアシスは満足そうに頷き、王妃は後ろでにっこり笑っていた。



 こうして大きな拍手が鳴り響き葬送の儀式の1日を終えたのだった。




 帰宅する馬車の中キーラ家は無事に今日を終えたことに肩を撫で下ろしていた。


『そういえばギルド長泣いてましたけど…いいんですか?』

 ルーズはギルド長があんまり好きではないが、流石に可哀想になるほどに泣いていたため彼に同情した。


『待遇を良くするのだ。何も困らないだろう』

 しれっとキーラは言うが、あのギルド長が3人の公爵たちと並び楽しそうに談話する未来が見えない。


『魔法具を発明し放題って言ったら頷いたのだから仕方ないよ。条件を聞かなかったのが悪い』

 シヴァンは気持ちは分かるとしながらも仕方ないと苦笑い。


『うーん…』

 仕方ないと言われたら仕方ない。貴族とは大変だな…と改めて思わされる。


 そしてアダンテ家で唯一、何も知らされずに過ごしていたという娘。あまり表舞台に出ておらずルーズはよく知らない。

 彼女は知らない罪はあれど他国なら生きることができるという。


 ルーズもアダンテについて詳しくは知らされていない。ただ死んだというだけ。


 知らない自分が彼女と重なる。


 彼女のことはよく知らないから何も言葉には出来ないが、遠くに行く彼女のこれからを心の中で静かに祈った。


 悲しみの波に溺れないように

 孤独の海に落ちないように


 彼女に光がありますように


 ルーズは空に魔力を飛ばした。



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