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『皆おはよう。今日は一日忙しくなるがよろしく頼む』

 ルディアシスは執務室で爽やかに朝の挨拶をした。シヴァンも何事もなかったように席につき手元の書類を確認している。

 今日は国王の葬送の儀が執り行われる特別な日。着々と準備が進められていた。


 城内は準備に追われ忙しそうにはしているが、特に目立って大きな変化はなかった。

 昨晩のアリナーデ殺害未遂は緘口令が敷かれ一部の人間だけが知る一件だった。城は国王の早い死を惜しむ声で溢れるばかりだった。


『では、また後で』


 問題がないことが分かったルディアシスはシヴァンを連れて部屋を出た。




『本当に何事もなかったようですね』

 シヴァンは昨夜の出来事を思い出しながら城の静けさを見渡し、完璧な情報統制に感心と少しの怖さを感じていた。


『なんの制約もなく従ってくれる優秀な家臣ばかりで助かるな』

 魔法契約などなくても十分だと、ルディアシスは皆の働きを誇った。が気がつく。


 いや。あいつらは微妙だな…


 天井を見上げため息をついた。シヴァンに急にどうしたかと心配されたが、なんでもないと答える。

 すると何かの影が視界の端でけらけら揺れた。



『…さぁ行くぞ』


 2人が向かったのは城内の隅に建てられた高い塔。たった一部屋のために作られた特別な塔。

 螺旋階段を登った先にあるその部屋は、ぐるりと壁に描かれた天使が楽しげに出迎えられる通称"光の間"と言われている。

 天井に嵌め込まれた大きな丸いガラス窓から差し込む陽の光は柔らかなベールのようだった。


 美しい部屋といえばそうだが、ルディアシスには無数の天使の目に見つめられ居心地が悪く感じさせた。だが歴代の王の中には昼寝に使うものもいた記録があり、この部屋の価値は人それぞれのよう。



『待たせたな』


 ルディアシスが中に入ると、すでに全員が揃っていた。


『お待ちしておりました』

 頭を下げるのは、キーラとタスペル、ガニエル公爵の3人。威厳ある顔つきだが、その表情からは何一つの感情が読み取れない。怒っているようにも笑っているようにも見える器用な顔をしていた。

『遅い!』

 怒るのはサフィール。その後ろに騎士団団長と魔法士団団長。こちらは難しそうな顔で、僅かに苦痛が感じられる。


 さすが公爵たちは感情を隠すのが上手い。嫌になるほどに。


 


 部屋の奥に進むと、陽が一番よく当たる場所に膝をついた状態の男が見えた。

 目はじっと一点を見つめ、口は微かに振るわせぶつぶつと何か言っている。意識はあるようだが、自分がどこにいて何をしているのか認識しているようには見えない。


『昨日より酷くなってないか?』

 引きづられて行った時よりもさらに精神に損傷を負った様子に何をしたのかと騎士団長を見る。

『いやーそれが何も』

 キーラも分からないと首を振る。何かがあったが何かしたわけではないらしい。詳しく話すつもりもないようだ。

『まあ、いい。…言葉を聞いているといいが』

 心を壊そうと声さえ届けば問題ない。


 ルディアシスは跪く男であるアダンテに視線を向けた。

 光を十分に浴びているはずが髪の艶は無く、肌は老人のよう。たった一夜で老いた男。


 馬鹿なことをしたものだ…


 


『では始める。


これよりアダンテ公爵家ヴァナス・アダンテの罪を神に委ねる。皆異論はないか?異議があるものは前へ出よ!

いないようだな』


 ルディアシスとサフィールは、アダンテの前に並んで立つ。


『『罪深きヴァナス・アダンテ!自身の罪を認めよ!

神の裁きを自身に受けよ!


神 の 意 思 を 受 け よ 』』


 双子の王子と王女が言い終わると、アダンテはゆっくり体勢を崩した。どさっと重い音を立て倒れ込む。

 瞼は閉じ、不気味な音が止まった口からは一筋の血が流れていた。

 動かなくなったのを見届けると、双子は胸に手を当て目を瞑り祈った。つづいて公爵や団長たちも静かに頭を下げる。



『『ヴァナス・アダンテの罪は裁かれた』』


 これは、インダスパの貴族が表沙汰にできない罪を犯したときに行われる神の判定という名の裁判。王が神の代理人と呼ばれる理由である。

 床に転がるアダンテの罰は死だった。双子がこの結果を望んだわけではない。2人はただ神の意思と伝えただけ。


 罰は"死"とは限らない。軽すぎる罰も重すぎる罰もあったそう。その時にならなければどんな罰が下されるか誰にも分からない。


 分かるのは王が願った罰になることはないということだ。



『神の意思…というのは本当は誰の意思なのだろうな』

『神ではないのか?』

 ルディアシスの呟きにサフィールは不思議そうにした。"神の意思を受けよ"と魔法を使った。ならば、神の意思を受けたのだろうとサフィールは言う。

『…そうだな』 


 神が何を考え、どんな世界を望むのか人には何も分からない。ただ世界に生きるのみ。

 神とは…と思考し足を止めたルディアシスにそれよりも早くしろと急かすサフィール。

 

 その言葉に時計を見ると思っていたよりも時間が迫っていたようだった。ルディアシスは考えるのをやめ天使たちが微笑む部屋を後にした。

 


 倒れたアダンテの上にベールが降り注ぐ。

 公爵たちはその光景をじっと眺めた。言葉を掛け合うことも顔を見合わせることなくただ見つめる。


 しばらくすると誰ともなくひとり、またひとり部屋から出ていく。最後に出たキーラが部屋の鍵をかけるとガチャンとやけに大きな音が鳴り響いた。



 あたたかな光に包まれ、神の意思を大事にしていた彼が何を思っていたのか。

 確かめる術はもうない。


 

 


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