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『どういう事だ!?』

 部屋に緊張感が走り兵士たちは一斉に身構えた。聴取官はいつでも応援を呼べるように緊急連絡用魔法具を握りしめる。

 ひりついた空気にただひとり、男は涼しげに座ったまま。キーラはその様子に苦々しく感じるが男の言葉を待った。


『天災も神が作りしもの。それもまた廻っているんだ。

だが…人が歪むせいで調整しないと廻らない。だから理の流れに任せながら少し介入が必要でね』


 アリナーデについて話している時とは打って変わり穏やかに話すアダンテに部屋の緊張感は増していく。

 いつまた面が外れ、動き出すか分からない。

 柔らかな恐怖に包まれる。


『なにを……何をしたんだ』

 詰め寄りたい気持ち抑えキーラは静かに聞いた。男はそれをよく出来たと言わんばかりに微笑む。


『なぁ君らは魔法を使った後の魔力がどうなるか知っているか?魔力を持つ生き物が死した後魔力がどこに行くか考えたことがあるか?』

 質問に答えずゆっくりとひとりひとり顔を見ながら『どうだ?』と聞くも、返事はなかった。


『ないようだな。

魔力もまた神が作りし世界に廻るもの』


 皆の心の中に戸惑いが広がる。聴取官や兵たちは互いに顔を見合わせた。

 魔力は体内で作られる。体が死ぬと魔力は作られない、魔法を使えば消えてなくなる…はずだ。そもそも死んだ後や魔法を放った後の魔力がどうなるかなんて考えたこともなかった。3人は分からないと頭をふるふる振った。


『魔力は体内で作られ体を巡り外に出される。だが水を通る管に水が残るのと同じように魔力は体内に僅かに残る。管は掃除をしなければ汚れるだろう?我々の体内は魔力が付着したままだ。やがて死を迎えようと消えない。体が土に還るとき魔力もまた土に還る』


 ガニエルの兵は思わず自分の手を眺めた。体内の魔力を探るがどこにもそんな気配はなかった。

 不思議に思っていると、それに気付いたアダンテは少しずつ体に馴染みそれが当たり前になるのだから気気付かないのだと生徒に教えるような口調で言った。


『そして、魔法だ。

火を燃せば滓が出る。水を流せば大地に溶ける。風を起こせば空に舞う。

消えないんだ。魔法を使っても魔力は僅かでもどこかに残る。体内やどこかに残る魔力を我々は魔力の残滓と呼んでいる。

そうして残った残滓は流れ、人や魔物に戻り廻る。さあ魔力は廻っているのが理解できたかい?』


 "魔力の残滓"


 それは皆聞いたこともない言葉だった。

 聴取官たちはまで聞いたこともなかったものの存在に半信半疑ではあるが、何も考えずに使っていた魔力が何か不思議なものに感じ始めた。

 

『魔力は戻る。だが、戻る場所がなければどうなるか。実は溢れた残滓はさらに流れるんだ。

残滓は神によって100年かけ集められ、また世界に廻る』


 100年と聞き反応したのはキーラと騎士団の兵士のみ。ガニエルの兵と聴取官には話が見えず戸惑いが顔に浮かんだ。


『ああ君たちは知らないか。いや恥じることはない平民なら仕方ないことだ。

100年というのは必ずではない。早まったり遅くなったり、溢れた残滓で満ちるのにはその時代によって変わるからね。

満ちるまでに大凡100年必要ということだ』


『み…満ち、る?』

 騎士団の兵士が震えながら口を開いた。まさかそんなはずはない。治ったはずの腹の傷が痛む。痛い、痛い。心が記憶が体が。


『満ちるとは、器が魔力で満ちるということ。

満ちた時、器が目覚め魔力が世界に戻る。


それが皆が"天災"と呼ぶもの』


 理解し名を耳に入れた時、兵士は腹に痛みが走り顔を歪めた。自身の魔力が巡り自分の腹に返ってきた気がした。


 兵士の苦しみにアダンテアは可哀想にと言いながら仕方ないんだと続けた。天災は魔力の残滓を100年かけて集め世界に戻す、神からの恩恵なのだと。

『神は素晴らしいだろう?』


 この時キーラは国立図書館に隠されている天災について書かれた本を思い出した。なぜ料理のレシピ本に天災の情報を忍ばせたのか不思議に思っていた。


 そうか…そうだったのか。天災は料理のように作り出されたものだと、それ自体が隠された情報だったのか…


 天災は突然現れるのではなく、作為的かどうかに関わらず作られ産まれる。そして恐らく生きるのに食事が必須であることと同じようにこの世界に必要になっていると、あの本は伝えたかったのだと気付かされた。


 天災とは、本当によく言ったものだ


 忌々しさに舌打ちがでる。

 


 アダンテの言うことを信じるならば天災が100年毎に現れる理由も納得するところではあるが、ひとつ疑問が浮かぶ。


『…なぜ天災を起こした?』

 器。残滓の受け皿になる生き物ということだろう。生き物の皿がいっぱいになれば目覚めるということではないのだろうか。

 大凡とはいえ今回は100年には早かった。予想では早くとも10年は先だとしていた。起こさなければならなかったと言うことか?何故。


『歪んだせいだ。

アリナーデが、あれが生まれてしまったから!』


 机に拳を叩きつけ悲劇だと叫ぶ男。あれは駄目だとまた始まった。


『あれはこの世界のものではない。あの国が別の世界から持ってきた異物。あれは返さねばならない!』


 アダンテが言うあの国とは、かつてインダスパとモダーナリの国境にあった小国。

 小国は魔法を使い小さいながらもどの国にも降伏せず繁栄していた。それが崩れたのは魔法の力に溺れたとされる。


『あの国はあれを使い、肉体が死んだものに新たな体を与え不死身の戦士を作り続け世界を歪ませた!分かるか!?神が与えた死を、人の手により奪う罪深さが!!

それだけではない!あれは自身の魔力を使わない。この世界のものではないからな!残滓を取り込み生み出す。ああ、ああなんて悍ましい!神の力を盗み使う。神の意思や恩恵を覆す所業は叛逆!

あれのせいで!

器を形を変え歪む』


 アリナーデが造る魔力ボール。魂が入る不思議な塊。それを造り出す時、確かに彼女は魔力を"持ってくると造れる"と言っていた。

 体内から持ってくるイメージと教えたとルーズは言っていたが、アリナーデ様は無意識に外部から持ってきてしまったのか?

 夜の散歩も同じ魔力ボールのはずだ。週に一度周囲からの残滓を使い続けていたということだろうか。魔力ボールを造り始めてから散歩がなくなったのは残滓がなくなったから?

 キーラはごくりと喉を鳴らす。



『器が歪めば世界も歪む!ゆえに歪みが大きくなる前に起こすしかなかった。この世界のために!』

 血走った目は見開き怒りを放ち、苦悩を嘆く様はもはや安い芝居を見させられているよう。壇場でひとり、観客を置いて劇が進む。


『我々は世界のために動き続けた!良質な魔力を各地から探し注ぎ育て!その時を待った!ああどうだったかい。素晴らしかっただろう?器は歪みはあったが、こちらの想像以上に強く美しかっただろう』

 腹を抑える兵士に優しく問いかける。天災に腹を割かれながら恐怖を飲み込み立ち向かった彼に。

 一度流れ出た恐怖を再び飲み込むことは難しい。彼は思い出す。あの魔力に揺らぐ目を、全てを覆う大きな翼を、強靭な爪を。


『はっ!すでにいなくなった天災のことなどどうでも良い。お前が何をしたのかと聞いている』


 劇を止めるためキーラは大きく鼻を鳴らし、我々は勝った大丈夫だと兵士に声をかけた。痛みに耐えた彼は呼吸を整え『失礼いたしました』と頭を下げ次に顔を上げると立派な騎士の姿に戻っていた。


『あの素晴らしさを理解できないとは可哀想に。それで何を、だって?

そうだな、私は各地より良質な魔力を探し集め注いだ。量が足りずとも満たされるように。満たされれば起きるからな』


『良質な魔力…?なんだそれは』

 

『数が少なくてね探したよ。良質な魔力を持つものたちを。彼らは神のために全てを捧げてくれた。


ああ、本当は王妃やルーズも捧げてもらいたかったが、失敗してしまったよ。うまく行けばもう少し早く器を満たせたのだが、計画通りにはなかなか進まなくてね。それが神のご意志だと理解したが』


 男は穏やかに微笑みキーラを真っ直ぐ見つめた。


『神は選んだのだろう。捧げるべきものを』


 何を言いたいのかキーラは正しく理解した。良質な魔力とは何か、この男が何をしてきたのか。


 そして…失敗の代わりに捧げられたものが何か。


『貴様かっ!!!!


貴様が我が妻シャンリーを殺したのか!?』


 立場や任務全てを忘れ、キーラは男に掴みかかった。


 この男が!シャリーを!!

 今すぐに終わらせてやろう。私の手で必ず


 怒り狂う宰相を兵士たちが慌てて間に入るが、怒鳴りながら男を掴み離さない。

 凄まじい形相に聴取官は怯えるが、宰相をよく見れば憎悪に染まった目元は悲しみが溢れ出す寸前であった。


 

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