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ルーズは誰かに相談しようと城を飛び回るが、どこも忙しそうにしており話せる人が見つからない。
ど、ど、どうしたらいい?
交際とかではなく結婚!?いきなりすぎでは?貴族はそういうもの??
当てもなく混乱しながら空を飛んだ。
貴族の恋愛の仕方は学んでいないルーズは教えを乞うために適任者を探し回るが、思いつかない。うろうろと城の敷地内を飛ぶ姿は皆の視界の邪魔になり始めていた。
『ルーズちゃん』
優しい声の王妃様がとても良い笑顔でルーズを引き留めた。
うろちょろしすぎる彼女を嗜めるつもりで部屋に呼び込んだが、ルーズは王妃の部屋の椅子に膝を抱え泣き出したため慰めるほか出来なくなってしまった。
『どうしたのかしら?』
『師匠が、空で、急に、きゅうに…』
顔を埋めその後の声が出てこない。
アシェルの名前を聞いて王妃は、王がルーズに婚約の話がきていると言っていたのを思い出した。さらに王はルーズを王命で婚姻させたくないと相手に伝えていた。
つまり、アシェルはルーズに直接婚姻を申し込んだのだろうと推測した。どうしたものかと思案し、王妃は少し助言することにした。
『あなたは、どんな景色を見たい?』
『景色、ですか?』
『そう景色。私は王と子どもたちと一緒に、民が笑っているところを見たいと思ったわ』
王妃は王と並んで、その景色が見たかったと言う。
『一歩下がって王を支えながらでも見れたの。でも私は隣に並んでその景色が見たかった。貴女は師匠とどんな景色をどんな位置で見たい?』
ルーズは顔を上げると、情けない顔をしていた。答えを探しにきたのに自分で考えろと言われてしまった。
分かっている。自分のことを他人に決めてもらうのは違うことは分かっていた。
ただどうしていいか分からなかった。
『私は……
私は師匠が生きているだけでいいと思いました』
目の前でぼろぼろの状態で落ちていった。死んだかもしれないと思ったら頭が真っ白になって何もいらない、自分の全てに変えても生きて欲しいと強く願った。
『私は師匠が生きて、出来るなら笑っている景色を願っています』
見ていたいなんてそんな図々しいことは言わない。ただ世界のどこかで師匠が笑ってくれていればそれでいい。それが私の願い。
王妃は満足そうに頷いた。ルーズのそばに来ると優しく抱きしめ、こう言った。
『じゃあ、結婚でいいじゃない。はい。返事してらっしゃい』
『!?いやいやいや、待ってください!結婚したいわけじゃないんですよ、私!』
『師匠は貴女と結婚したい。貴方は師匠が笑って生きてほしい。なら師匠の願いを叶えれば笑っているでしょう?解決ね』
そう言われたら、そうなのか?いや、え?
王妃の言葉に丸め込まれそうになり、結婚てそんなものなのか、いや違うはずとルーズはますます混乱していく。
そしてその状態の中、式典の準備があるからと王妃付きのメイドに追い出された。
空を飛び回る気が失せたため、次は城の中を歩き回った。邪魔にならないようにと人が少ないところへ向かい歩いていると、ボルデティオがふらふらしているのを見つけた。
『ボルデティオ殿下!(不法入国のくせに)何やってるんですか?!』
ルーズは慌てて近くの部屋に押し込んだ。
『あはははっ!隣国の王族に普通に怒ってくるのはお前とペイルくらいだな。
今入国手続きを、そのペイルがやっているから大丈夫だ』
怒りはすっかり消えご機嫌そうな王子にルーズはほっとしたが腹を抱え笑う姿に心配して損した気分だった。
『それで、ルーズはなんでここにいるんだ?アシェルは?』
ボルデティオはアシェルとルーズが上手くいかないとは微塵も考えていない。どう祝福するかしか頭になかった。だから、今アシェルの名を出した途端にルーズの顔が曇るとは微塵も思わなかった。
『え、どうしたんだ?』
困惑するボルデティオにルーズは躊躇しながら師匠から結婚して欲しいと言われたことを話した。
『え、すればいいだろう』
『いやいやいや。あの、師匠なんですよ!?急に結婚…ておかしくないです?』
政略結婚で婚約を結んでいる王子としてはルーズの気持ちが全く分からない。少なからず好意があればいいのでは?と首を傾げる。
『うー。やっぱり貴族とか王族の方から見たら、通常なんですね…』
『平民の結婚観も差はないだろう?』
『なんて言うか、交際期間があってそれから結婚と言いますか…そもそも…』
『交際…つまり婚約期間だろう?結んでしまえばいい』
ルーズは話の強引さに目の前の男が正真正銘の王族だと思い出した。どこの国も同じ匂いがする…
『あの、そもそも…幼い頃に会った私と結婚なんて無理じゃないですか?
逆の立場なら小さい頃を知ってる男の子と結婚なんて無理じゃないかなーと思ってしまって…』
ルーズは真剣な目をしている。ボルデティオが幼いアリナーデと婚約を結んだことなどすっかり忘れ去り、言い放った。
ドアの外で話を聞いていたペイルは吹き出し、肩を振るわせ中に入ることをやめた。安全な場所で話を聞くことにしたようだ。
さすが、ルーズ様強い。
『……』
ボルデティオは、精神的に大きな打撃を受け顔を伏せた。
『子守の延長で結婚のような、気がしません?……て聞いてますか?』
『…キイテイル』
それは"聞いている"のか"効いている"のかどちらだろうとペイルは悩んだ。うーん、どちらもかな?
『そうですか。私の身を案じてくれるのは嬉しいです。ただ、それで結婚して欲しくないです』
『あーーー、うーーん。その、子守のつもりはない。全くないと思うんだ。守りたいだけで、なんというか…
貴族が異性を守るには結婚が一番なんだ。分かってくれ』
なぜ俺がこんな必死にならなければならないのか、ルーズの背後にアリナーデの姿がちらつくからだろうか。後でアシェルに文句を言ってやろうと心に決めながら懸命に弁明した。
『貴族の結婚…ということですか』
ボルデティオが『そうだな』と頷くと、ルーズは立ち上がりお礼を言って立ち去った。
少し無理した笑いだったのが気になるが引き止めるのは自分の役目ではないと見送った。
その時、昼を知らせる鐘が鳴り響いた。
ペイルは昼休憩とばかりに宰相の待つ執務室へと足を向けた。ルーズとボルデティオの話を報告しなければと使命感に燃えた彼は、若者2人の恋路の行く末を思い僅かに口元が緩んだ。
若いっていいですね。うん。