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『では、我々は忙しいので失礼いたします』

 キーラは頭をちょっとだけ下げ退室した。去り際ルーズの肩をぽん、とひと叩きして足早に消えていったのはなんだったのか。




 忙しいのは分かるけど。これは…ひどい。


 不機嫌な王子と無言の筆頭魔法士とルーズの3人が部屋に押し込まれている。大変気まずい。



『あー……今日は不法入国ですか?来賓ですか?』


 しかも大事なことを聞いたら王子に睨まれた。理不尽すぎる。


『今日は殿下は川から。俺はちゃんと連絡して飛んできた』

 アシェルが代わりに答えたが、つまり王子はまた勝手に来たということだった。


『師匠はボルデティオ殿下を追いかけてきたってことですか…殿下は何用で?』

 ボルデティオは怒った顔をしながら口をもごもごさせた。ルーズが聞こえないとはっきり言うと、王子は頭を掻きむしりながら立ち上がった。


『アリナーデが王になると聞いた!』



 ルーズはきょとんとした。


『え、そうなんですか?』


 話にならん!と怒りながらボルデティオはまた座った。ルーズはそんな話聞いたこともないし言われてもいないため首を捻った。

 そう言われても、何も知らないしな…

 本当に何も知らされていない様子に、王子は段々と怒りが冷めルーズが可哀想になってきた。隣国の王族としては知らされていないということは他者から戦力外と見なされているのと同義だ。


 まさかルーズが戦力外な訳が…と思いつつも貴族になって一年未満だしなぁと色々考え、政治的には戦力外だと結論を出した。


『知らぬなら仕方ない。昨日集会でインダスパの王が王太子はアリナーデだと発表した、と報告があった。

モダーナリの王に聞いたら自分で聞け、と言うので来たんだ』

 じゃあ通信具を使えば良くないか?と優しく聞けば、王子の顔が曇った。


『ルーズ。アリナーデはな、私からの通信に出ない』


 悲しそうな王子に、ルーズは何故か謝ってしまった。


『もう少ししたらアリナーデ様をお呼びしますね。ではお待ちください』

 そう言って部屋を退室しようとすると、アシェルに手を掴まれた。何かあるのかとルーズはじっと師匠を見つめるが無言のまま。


『あの?師匠??どうしました。

お腹減ったので朝食の準備お願いしようと思うんですが、何か食べたいものあります?』


『…ルーズが作ったご飯が食べたい』

『えぇー城の料理人が作った方が美味しいですよ。ご飯はまた今度作りますから』

 ちょっと待ってくださいね、と男2人を置いてルーズはさっさと消えた。雰囲気がキーラと後ろ姿が似ておりアシェルはちょっとだけ顔が引き攣った。


『あれは、知らされてないな。何も』

 ボルデティオは同情した目でアシェルを見た。目に見えて落ち込む魔法士に頑張れと声をかけた。

『……お前もだろ』



 ルーズが食事を伴い部屋に戻ると落ち込む男2人がいた。なんと面倒な…と投げ出したくなったが、ほかほかのコーンスープの甘い匂いに励まされ、ぐっと堪え美味しい朝ごはんを食べきることに成功した。

 

 食後のお茶を飲んでいたころ、アリナーデはやってきた。完璧な笑顔を携えて。


『何用ですの?』

『貴女が…王になると聞いて、つい来てしまった』

 アリナーデは目を丸くし、なんでそんな話が?と驚いていた。だが否定も肯定もせず扇で口を隠した。

 あ、王妃様っぽいとルーズが考えているとアリナーデに退出するよう促された。その好意に有り難く乗っかりそそくさと部屋を出た。


『なんで師匠も?』

 何故かアシェルも着いてきてしまった。

『俺は正式な来賓だから部屋から出る許可がある。それに…婚約者同士の話がある』

 それもそうか、と部屋の中にいる2人を思えば納得だった。

 さすが師匠気が利くなと感心していると残念そうな顔をしたアシェルと目が合った。なんですか、その目は。



『いや、いい。ちょっと歩こう』



 城は午後から行われる天災の犠牲者を弔う式典の準備で慌ただしい。一度に多くの魂が天に向かうと良くないとされる。そのため生きた人々が魂が順に天に昇れるよう丁寧に送る儀式をする。


『モダーナリはすでに昨日執り行った。我が国は王が無理やり送るようなものだから、こちらのようにあまり準備などはなかったな』

 隣国は王が名を呼び送られる。早朝から犠牲者ひとりひとりの名を読み上げ、終わるのに夜中までかかったらしい。それが終わりすぐにボルデティオはこちらに来たようだ。


『少し空を飛んでいいか?』

 そう言うのと同時にルーズはアシェルに抱えられ空へと飛んだ。自分で飛ぶのとは違う浮遊感に変な感じがしたが、雲の上まで来るとルーズは感嘆の声を上げた。


『わぁ綺麗…』


 海のように広がる雲は雄大で、自然の脅威と美しさが混在しているようだった。一際青く見える空に吸い込まれそうになる。


『足場の雲を固めたから歩ける』

 恐る恐る降りると、さくっと音がした。不思議な踏み心地に病みつきになりそうだ。

『曇って水なんですね。本で読んでましたが、実際触れると不思議な気分です』

 氷点下以下の水を霧状に噴射し雲を固めたのだという。氷の粒がギチギチにあるため歩けるとのこと。落ちないように何かやっているようだったがルーズには分からなかったので少し悔しかった。


『師匠は本当にすごい』

『いつまでもルーズの師匠でいるために頑張った』

『なんですかそれー』

 ルーズは冗談を言ったのだろうと笑ったがアシェルの真剣な眼差しに気づき言葉が詰まった。


『本当だ。弟子ができたのに怠けられないだろう』

 そうアシェルは小さく笑った。


『いつまでも弟子でいてほしいと、思ってた』


 思って、た?なんで、師匠。過去形なの?

 私はずっと弟子でいたい


 アシェルの裾をぎゅっとつかみ縋る目で見上げる。ルーズはまるで迷子の子供のようだった。


『違うんだ、弟子…弟子でいいが、それだとずっとそばで守れないと気付いた。俺はルーズに何かあればすぐ助けに行きたいと思っている』


 天災の戦いで行方不明になった時、力尽きて落ちたと聞かされた時、アシェルは後悔していた。師弟では守れない、ずっとそばにいることができないと。また、その事実に自分自身が耐えられそうがないことに気付かされた。


『だから、ルーズ。俺と結婚をしてくれないか?』




 ルーズは思考が停止した。



 けっこん…結婚?師匠と私が??


 なんで?が頭を埋め尽くし、考えが進まない。同じところをぐるぐる回る。それでも何か言わなきゃという事だけはなんとか理解していたルーズは、たっぶり時間を使って答えた。


『考えさせてください!!』


 叫ぶと雲の下に素早く潜り、空から逃走した。

 アシェルは呆然と雲の上で立ち尽くし追うことができなかった。


『あ…』


 実はアシェルは天災の戦いが終わるのと同時にモダーナリの王にルーズと結婚したい旨を伝えていた。

 王は帰還後すぐさまインダスパの王に連絡を入れルーズとの婚約の承諾を得たと言っていた。


 そのためルーズと婚約者同士だと言っても過言ではないとアシェルは思っていた。だがインダスパの王はルーズに婚約の話をせずに天に還ったらしい。

 タチが悪いことにキーラは知っているはずが知らないふりをして義娘に話す気もないということが今日この国に来てわかったことだった。


 だから自分の口でルーズに伝えた。


 "結婚したい"と。

 そして結果はあれだ。


 すでに婚約済みだと気分よくボルデティオの回収ついでに来てみれば、義父予定のキーラには他人のような目を向けられルーズ本人は何も変わらない対応。


 なんなら、ドアを開けた時めんどくさそうだった…


 なんでだ…モダーナリの筆頭魔法士は雲の上でうだうだと時間を潰したのだった。

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