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 城の広間には各家の当主たちが集められていた。

『昨日の今日でなんでしょうね』

『何も書かれていなかったからなぁ。祝賀パーティーについてか?』

『こんな早い時間に集まるなどもっと重要なことやも。天災に関わる何かあったのかもしれませんよ』

 集まった貴族たちは何故今日ここに集められたのか知らされていない。王から必ず来るようにと書かれた召集状が昨夜届いただけだった。


『父上、王は何も言わずに皆を集めたのですね』

『ああ。奇襲だと笑っていたよ』

 呆れながら言うキーラの表情からシヴァンは、王が笑う様子を容易に想像することができた。面白半分、怒り半分といったところだろう。

 奇襲とは言い得て妙である。集められた彼らは王太子指名など微塵も予想していない。王の思惑通りに進むはずだ。

 呑気な周りの話し声を聞きながらこれから起こる事態を想像して気を引き締める。


 その時、衛兵たちが動き出し王族入場を知らせた。



 大きな扉が開かれ、双子殿下の真ん中にまだ幼さ可が残る美しい姫が煌びやかなドレスで現れた。


 アリナーデが歩くたびに揺れる長い裾は品よく輝き、胸元に下げられた大粒のダイヤモンドが人々の視線を奪った。あまりに王族たらしめるその姿に皆が息を呑む。

 まだお披露目前であった姫の初めての公式の場だった。

 多くの当主が知っていたのは噂で流れる"才女"であるということだけ。外見の話がなかったため特筆することがないのだろうと思われていた。


 だが違った。


 こんなに美しく強い目をした方だったとは…皆が驚き口を噤んだ。



 ルディアシスにエスコートされ、サフィールに守られながら堂々と、小さな姫は顔を上げ玉座に向かいまっすぐ歩いた。

 双子より頭ひとつ低い彼女は、足を踏み出すたびにその存在感を増した。


 一歩また一歩、玉座に近づく。


 重厚な特別な椅子が小さき姫を待っているように錯覚してしまうほどに、皆の目にはアリナーデしか映っていなかった。


 一段上がり、玉座の前に立ち振り返る。


 少し腰を落とせば、すとんと座れてしまうような立ち位置にぎょっとする。

 まさか…!と無音のざわめきが起こったが、すぐさま衛兵の声が響いた。

 『国王陛下並びに王妃殿下入場』の声に当主たちは慌てて口を閉じ頭を下げた。



 黒いベールをマントのように羽織った国王。その横には黒いシフォン生地が見え隠れするドレスで着飾った王妃の姿があった。

 服装に取り入れることがない色合いに広間は戸惑いに包まれた。

 だが2人が目の前を通るとき、宝石とも違った優しい光の反射が美しく揺らめいたのが見えた。夜空のような煌めきに、これは素晴らしいと羨望の眼差しを向けながら頭を下げ続けた。


 王が玉座に座り皆が顔を上げる。

 皆はアリナーデが玉座の横に立っていたことに、内心でほっとした。

 玉座に座る王は、少しやつれたように見えるが鋭い眼光は衰えを感じさせず広間の隅々まで行き渡らせた。


『当主たちよ、皆よく来てくれた。

此度の天災の出現は予想より早く混乱も大きかっただろう。各家問題は違えど影響があったはずだ』

 王の言葉に、何人もの当主が顔を渋くさせた。後継ぎに子が出来る前に子息子女を戦場に送った家や当主交代の直前で事が起こってしまった家。

 予想では天災が現れるのはあと10年ほど時間があったはずだった。その影響は多岐に渡った。


『…何が起こるか分からぬと儂は改めて感じた。

そこで今日そなたらを集めたのは王太子を指名するためだ』


 急すぎる王の宣言に、小さな声が広間を埋め尽くす。なぜ?どうして急に?誰だ?声は入り乱れ、騒がしさが増していく。

 そんな雑音が聞こえないのか王は顔色を変えずにひとりの名を呼んだ。


『アリナーデ・グラッツィル・ルチル』


 呼ばれたアリナーデは、綺麗な姿勢のまま前に出た。凛とした眼差しで腰を落としドレスを広げる。煌めく輝きは強く、まるで彼女がもたらす明日を象徴しているようであった。


『皆様、お初目にかかります。私はアリナーデ・グラッツィル。

王に名を呼ばれた私のお役目。命をかけ全うすると、ここに誓いましょう』


 しん、と音が消えた。


『なぜ!?』


 その静寂を破りひとりの男が叫んだ。何事かと振り向くと、男が顔を青ざめさせ震えていた。

『どうした?』

 王は叫んだ男を心配する口調で呼ぶが、その視線は怒りがこもっている。

 名を呼ばれ途端に冷静になったのか『いえ、何でもありません。失礼いたしました』と申し訳なさそうに頭を下げ続けた。


『新興した男爵家の当主ですね…』

『そのようだな』

 キーラたちは冷めた目で騒がしい男を見た。彼は真新しい綺麗なスーツ、指にはぴかぴか輝く当主の指輪を着けていた。

 代々受け継がれる当主の指輪が新しければ新しいほど家に歴史がないことを示す。彼の自慢の指輪は綺麗なままこの世から消えていくだろう。誰もが彼から興味を失くした。


『儂はこの国の明日をアリナーデに託した』


 広間に響く国王の声に、大きな拍手が沸き起こる。壇上に立つ双子もにこにこと可愛い妹に優しい目を向けていた。


 男爵のように騒がずとも、アリナーデを見る目に隠しきれない感情を灯す当主がぽつぽつといることを国王は確認していく。


 あそこと……あそこにも。あぁ、あやつも…


 少なくない人間の悪意ある視線を持つ人物の名を誰にも見えぬように紙に書き記していると、視界で動きがあった。


『イリア!』

 王の掛け声に、はっ!と即座に氷魔法を展開し1人の当主が手足を拘束された。冷たい風が広間に流れる。



『!!国王陛下!!これは何事でございましょうか!?』


 拘束された当主の胸元には真珠に白地の赤ラインが3本入ったリボンがつけられていた。リボンは城勤の人間の証だ。


 『あれはハリダ伯爵か?』

   『…そうだハリダ殿だ』


 騒めきがより一層広がる。

 ハリダは文官として、城で気の良いおじさんだと評判で温和な顔つきが特徴的だがどこにでもいそうな普通の人物だ。そんな彼がなぜ。


『やれ』

 氷に捕まったハリダの前に現れたのはギルド長だった。

 『失礼する』そういうと見たこともない魔法具を起動させると青い光がハリダを照らした。


『アリナーデ様、こやつはドルス・ハリダ伯爵。お願いします』

 ギルド長の言葉にアリナーデが、大きく頷くと『えい!』と奇妙な塊を手に出した。

 ルディアシスが塊を受け取りギルド長に手渡す。


 何が起こるのかと固唾を飲んで見守っていると氷から逃れようとしていたハリダが、くたっと力を失くしたように動かなくなった。氷が体を支えて倒れず立ったままのハリダに皆が死んだのか!?と騒ぎだした。 その様子に王は広間を黙らせ、しばし待てと命じた。


 やがて、かたかたかたかた…と何かが動く音と微かに『ぁ…ぁ…』と何者かの声。




『ハリダ、お前なにをしようとした?』


 王の問いかけに、ハリダは動かず氷に囚われたまま。これでは返事は出来なそうだと誰もが思っていた。

 しかし、次の瞬間どこからかハリダの声がはっきりと聞こえた。



【なにとは?いつでも私は国のために働いております】



『…それで?何をしようとしたのだ、見せてみろ』


【ええ、分かりました。……は?なぜだ?体が…!?】


 かたかたと揺れる奇妙な塊からハリダの声が聞こえる。三つの歪な窪みが影を落とし、笑った顔のようにも怒った顔のようにも見えた。

 見るものによって形を変える大変恐ろしいソレ。


【私が!なぜこのような姿に!?…はっ!ま、まさか!!


お前か!アリナーデッッッ!!!】



 ソレはありえない形をし、ありえない言葉を吐いた。


 なんだ、あれは?

  なぜハリダ殿の声が…

 アリナーデ殿下を呼び捨て、だと?


 騒めきは、ひとつひとつの言葉がはっきり聞こえた。それほどまでにソレは酷いものであった。

『貴様!』

 王は怒りから玉座に拳を叩きつける。王妃が慌ててそれを止め優しく撫でた。

 拳の力を抜き一呼吸し『すまない』と微笑んだ。視線が合わさると、王妃の両目が憤怒で揺らいでいた。



『ハリダ。お前はアリナーデを殺そうとしたな?』



【あれは!!国に、いやこの世に反するもの!!殺さなければならないものなのです】



 あまりに強い言葉に先ほどよりも強い衝撃が走り、広間は騒然となった。

 



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