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 ルーズは夜が明ける少し前に目を覚ました。

 ぼんやりする頭で部屋を見渡し自分が今どこにいるのかを徐々に認識した。


『…終わったんだ』


 嫌な気配も気持ち悪い圧も感じない部屋に気が抜けていく。そしてもう安全なのだと知った途端にお腹が音を鳴らす。

 空腹を自覚すると、湯浴みの前に少し摘んだだけで最後に食事をしたのは昨日の昼ごろだったと思い出した。ベッドサイドに置かれたサンドイッチに手を伸ばし、行儀が悪いがベッドから降り歩きながら一口食べた。


 カーテンを開けると、日が空に向かって行くのが見える。


 朝が、来た。



『…美味しい』

 口に広がる味に嬉しくなり、ひとくちふたくちと急かされるように食べ進める。


 ルーズは窓の外の塗り変わる色を眺めながら口を動かす。自身の心も色を変えていくのを感じながら明るくなっていく空になぜだか涙が溢れた。


『?…なんだろ。変だな…』

 戦いが終わり嬉しいはずなのに、流れ出る涙に戸惑う。ちぐはぐな自分に笑っていると窓に影が差した。



 コン、コン…


 顔を上げると、優しく叩かれたガラスの向こうにデュオが浮いていた。



『朝早くごめんねー、て大丈夫?!』


 初めての戦いで死を間近で触りながら生き抜いたルーズは、つい最近までただの女の子だった。貴族の当たり前の覚悟とルーズの覚悟は別物。

 義務で課せられたものではない、自身で課した責任。それは本人が自覚している以上の重圧となっていた。


『そっかー自分でもなんで泣いてるのか分からないのかー。うーん…』

 信頼するデュオに会えたせいでさらに涙が溢れ出てくるが、ルーズは自分がなぜ泣いているのか分からず困っていると笑いながら話す。


『すみません。空を眺めていたら急に出てきてしまって…へへっ』

『辛くないなら流しとけばいいんじゃないー?嫌なこと全部流してると思って全部さー』

 無理に止めなくていい、とデュオは言う。そういう考え方もあるのかとルーズは納得した。


『そうですね。…じゃあそうします』

 泣きながらルーズは笑った。いい笑顔にデュオも笑って頷いた。

『辛くなったら呼べばいいよ。きっと来るからー』

 来る?誰が?

『あの…『あ、ごめん。今日はこれを渡したかったんだよね!』

 ルーズの声を遮り差し出されたのは一通の手紙だった。表には何も書かれていないが裏を返すと国印で押された封蝋がされていた。


『ルーズちゃんのー魔力にだけ反応して開くからよろしくー。ってことで急にごめんねー』

 じゃあ、と飛び立とうとするデュオを慌てて止める。嫌な予感しかない手紙に気を取られうっかり忘れそうになっていた。


『あ!待って!!イリアから伝言です!!


"よく頑張った" と』


 デュオはそれを聞くとへなへなと空中で顔を手で覆い座り込んだ。

 飛びながらしゃがむってすごいな…とルーズは感心しながらマントを揺らし空に留まる副団長を見ていた。


『ルーズちゃん伝言ありがとー。

     ぁー早く帰りたい…』

 

 じゃあねーと疲れた笑顔で飛び立ったデュオを見送った。大変そう…と魔法士団の忙しさを目の当たりにして呑気に寝ていたルーズは申し訳なさを覚える。



 はぁ…と息を吐き出すと自分も頑張るか、と妙に重たく感じる手紙に渋々魔力を通した。




 肌触りの良い上質な紙には丁寧な女性の字で"なるべく早めに城にきて欲しい"という内容が書かれていた。

 送り主は予想通りに王の名。


 この綺麗な文字は、王妃様かな…


 文字を書くことができなくなった王の代わりに書いたのだろう。ルーズは滑らかに流れる筆跡を指でなぞった。

 サイドテーブルに置かれているベルを鳴らし、置かれたひとくちタルトと残りのサンドイッチを頬張る。一気に流し込んだグラスの水は優しい甘みがした。


『ルーズ様、おはようございます』

『タナー早くからごめんね。今からお城に行くから準備をお願い』

 優秀なメイドは少し驚きながらもすぐに頭を下げて、支度に動き出した。




『馬車をお呼びしますか?』

 普通は馬車を呼ぶのが当たり前だが、さすがルーズ専属メイドである。自分に支えている人間がどういう人物が心得ていた。

『いえ、いいわ。飛んでいく。宰相やシヴァンくんに先に行っているとあとで伝えてちょうだい。


じゃあ行ってくるわね』


『行ってらしゃいませ』


 窓を開け勢いよく飛び出すルーズを今度は安心して見送る。これから起こることなど天災に向かっていたことに比べれば取るに足らないだろう。

『あとは任せましたよ』

 タナーは、ルーズの後を追った人間に向かって声をかけると静かに窓を閉めた。





 ルーズは空高く誰にも気づかれないように飛び、城の最上階にやってきた。

 大きな窓を覗くとイリアの姿が見える。彼女にきたことを知らせるためにガラスを優しく叩く。


『…ルーズおはよう。飛んで来るかもとは予想していたけれど本当に来るなんて……』

 王の護衛を担当しているイリアとしては易々と城に侵入した不届きものの友人に心中は複雑だった。

 以前なら衛兵に侵入を見つかっていたはずが、今日はまだどこからも連絡が来ていない。城の誰もルーズがここにいることを知らないということだ。

 ルーズが特殊なのは前からだが、またさらに腕を上げたらしいことにイリアは嬉しくなった。それから魔法騎士団の訓練を一段と力を入れなければならないと決意した。



【ルーズ、呼び出してすまないな】


 像に入った王は寝ることはないが、魔力を温存するため喋らず動かずじっと一夜を過ごしていた。

 アリナーデたちの姿はなく、部屋にはイリアとベッドに眠る王と王様の像だけであった。王妃は隣の部屋で支度をしているとのことだった。


『王族の方々には普段通りに過ごしてもらっている』

 そうしなければ王に何かあったことを勘づかれてしまうからだ。殿下たちは他者に悟られぬように日常を演じ続けている。


『そうなのですね』

 俯きそうになり慌てて顔を上げた。辛いのは自分ではなく家族だから。


 私が落ち込んでどうするの…やることやらないと殿下たちに顔向けできない。頑張らなきゃ


 ここには仕事できたのだと喝を入れ、王様の像をまっすぐ見据えた。すると何も変化はないはずが、ルーズには王が笑った気がした。

 王と向き合いしばしの静寂の後、像がかたっと音を立てた。



【ルーズ、儂に魔法をかけよ】


 ベッド上の台座が、玉座に変わった瞬間だった。

 気づけばルーズは膝を折り『承知いたしました』と口にしていた。なんの魔法かも何も分からないが"従う"と本能が答えた。


 これが、王の魔法…


 ルーズが感心しているとつい言葉にしていたらしい。隣のイリアから『今のは王の…貫禄だな』と苦笑いで教えられた。


【はーっはっはっ!そうか、魔法のようだったか。儂は自分が思った以上に王として生きられたようだな…これはいいことを聞いた。ルーズよ…ありがとう】


 よく分からないが、王はかたかたと嬉しそうで何よりだとルーズは笑った。


 王の像はひっそりと胸をあたたかくした。

 血に流れる魔法で貴族たちを従えていくのも王の役目だ。だが魔法無くして自分自身の言葉にどれほどの価値があるか、ふと考えてしまうこともあった。

 胸の奥の小さな棘が今消えていった。


 思い残すことは何もない。



【ルーズ。儂に暗闇をかけておくれ】



 それは優しい優しい王様の声だった。





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