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 天災はどんなに強い魔法もどんなに鋭い剣も傷をつけることができなかった。ただ唯一の弱点は、目玉のみだと思われた。

 地上から空飛ぶ天災の目を狙うことなど到底無理だ。だから何も出来ないと誰もが思った。


 だが、王は違った。


 相手を貫けなくても、打てる相手なら戦える。


 槍は鱗を通らない。

 だが、強い衝撃でぶつかれば体を傾けることは可能。飛ぶ鳥は石を投げて落とす。


 風魔法で威力を増した槍は天災の翼にぶつかった。途端に均衡を失いドラゴンは体制を崩した。すぐに翼を広げ立て直そうとするが、デュオが起こした気流に飲み込まれ地面へと真っ逆さまに落ちていった。


 大きな音と衝撃が響き渡る。

『かかれー!』

 すぐさまミストが天災に襲いかかった。

 細かい水の粒が鱗の間に少しずつ割り込んでいく。汚れをかき出すようにくるくると粒が回りながら鱗を浮かす。

 そのわずかな隙間に騎士たちが剣を入れ鱗を剥いでいく。簡単にとはいかないが、先ほどまではびくともしなかった鱗が、一枚、二枚と落ちていった。


 その間暴れ回る天災に無理やりしがみつき、剣を振るった。使命は一枚でも多くこの鱗を無くすこと。


 翼が風を巻き起こし何人も吹き飛ばされる。それでも懸命に1人でも多く、剣を振るい、鱗が離れた場所に一つでも多くの魔法を打ち込んだ。

 自分の一振りが確実に未来に近づく実感。手応えが彼らの闘争心を満たす。



 天災が両翼を広げ咆哮を上げると、木々がざわめき、地面が割れた。

 邪魔そうに人々を見回すと、尻尾で薙ぎ払い空へと高く飛ぶ。

 生まれた風が淀んだ空気を払い、夜空の月がよく見えた。


 静かに見守る大きな月は、空と大地を明るく照らす。月明かりは血を流す天災が片眼で地上を睨みつける姿を空に映し出した。


 女神を背に空気を揺らすほどの怒りを含んだ雄叫びを上げた。


 鱗を剥がされようと、生きるもの全ての王は自分であると主張しているようだった。



『うるさいトカゲだな』


 だが地上の王はくだらないと吐き捨てた。





 テントまで揺らす大きな咆哮にルディアシスは足を震えさせた。強者の声に恐怖したわけではなく、それが不気味な音に聞こえたのだ。

 一匹の声ではなく混ざったような幾重にも重ねられたようなそんな気がした。

『気味が悪いな…』


『殿下…では行ってきますね。師匠をお願いします』

『ああ、分かった。あ、これを食べていけ』

 シヴァンから渡された最後の切り札。ルーズの魔力増強食イノウの干し肉。

 すぐに何か分かったらしく笑いながらいただきますと行って彼女は飛び出した。


 急にルーズがアシェルを担いで飛び込んできた時は敗北かと焦ったが、なんとか容体が落ち着き今は最強の魔法士が起きるのを待つだけだ。





[作戦は上手くいったようです。アシェル殿が負傷しておりますが、回復中です。

必ずや勝利を持って帰ります]



 ルディアシスからの連絡に城は沸いた。ようやく、ようやく戦える。こちらは回復薬と供給する魔力を作らなければならない。


【皆のもの、ここが正念場だ!勝つぞ、必ず!】





 ギルド本部は一日中魔法具の調整、修理、魔力集めと通常業務に追われ、魔法士団は魔法具と回復薬の作成に尽力していた。


 疲れたが、疲れたとは言えない環境に心労が溜まって雰囲気は最悪の中で働き続けた。


『あっちに行ったみんなのことを考えたら、何一つ文句は言えないけど、辛い…』

 一緒に行きたかったのに、平民だという理由で連れて行ってはもらえなかった。理由は分からないが、何かがあるのは伝わった。

 ルーズは飛べるほどの才能があったから行けたと分かれば、自分の実力不足を突きつけられ泣いた。


『分かるよ…でも俺貴族出身のやつらほどの覚悟持てなかったしなぁ。あいつらは家を国を当たり前に背負うじゃん?俺は分からなかった…その覚悟』

 ルーズにはその覚悟があった。力があった。

『ううう…ルーズちゃん会いたいーみんな早く帰ってきて〜』


 早く治りますように。

 強くなりますように。

 負けませんように。

 願いを込めひとつひとつ作った。

 想いが届きますように…


 イリアは想いの詰まった回復薬を見て、適材適所だなと笑った。貴族出身の人間は個を見ない。我々は戦いに行けばただの兵。

 戦いに行く覚悟を持った貴族が回復薬を作ったら、こんなに良質な薬は作れない。量を優先して適当に作りそうだ。自分も含めて。

 平民出身の彼らの優しさは戦場ではなく、ここで必要だ。


『戦いの潮目が変わった!作戦がうまく行ったらしい。だが、まだ回復薬も魔法具も必要不可欠。

後少しだ、頑張るぞ!』


 疲労で重々しかった団員たちに、笑顔が戻った。よかったよかった、涙が溢れようと回復薬を作る手は止まらない。


『魔法具部が改良した洗水魔法具もうまく稼働したらしい。時間のない中よく頑張った』

 ルーズの友人でもあるアンナはそれを聞いて倒れ込んだ。

 急に大量のミストを出すようにしてくれ、でも粒子は従来より細かくという無理難題を押し付けられ、どうにかこうにか作ってみれば、試用もままならないまま持ち運ばれた。

 『信じているから』そんな怖い言葉があるだろうか?作った物も試さずに作成した我々すら確信していないものを笑顔で持ち去ったイリア団長。


 怖かった、怖かったよ〜


 知らせが来るまで、自分たちのせいで作戦が失敗したらと思うと口から様々なものが出てきそうだった。


 ルーズに迷惑かけなくて良かった〜あとデュオ副団長も〜


 わーんと泣きわめき心労からアンナはそのまま寝てしまった。他の部員たちも似たり寄ったりだった。


 回復薬作成チームは魔法具部の抜け殻具合を見て同情し、やっぱり文句は言えないな、と黙々と薬を作り続けることにした。




 そんな色々な想いの詰まった回復薬はテントに運ばれた。


 ルディアシスは、アシェルの体にどばっとぶっかけ、もう一本を口に放り込んだ。

 不快そうに歪められた顔が面白い。


『目覚めましたか?』


『お陰様で…意外と雑なんだな』


 アシェルも笑った。全身びしょびしょだが、体が軽い。高価な回復薬をこんな使い方するのは王族くらいだろう。



『では、行ってくる』


『頼みました』


 アシェルはルディアシスの頭を雑に撫で『お返しだ』と言い残し飛び去った。


『ルーズさんの人たらしってアシェルさん仕込み?いやルーズさんのが移った??どう思います殿下』

 頬を染めたルディアシスはまだ未成年。兄として第一王子として頑張ってきた。急に年下扱いされるのに慣れていない。


『…うるさい!知らん!』


 とは言いつつルディアシスは考えた。

 ボルデティオは義弟だ。やはりルーズを姉としてアシェルを義兄と呼ぼう。シヴァンだけずるいしな…

とこっそり計画を立てた。


 

 自分の夢の実現のためには天災には早々に消えてもらわなければならない。


 後少し…


 月に手が届きそうだ。



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