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 遠くの空に浮かんでいた陽が沈み始めた。暗かった空がより一層暗さを増していく。


『救いは、月が明るいことだな』


 今宵は一年で最も月が大きく輝く日。この日の月は迷い人の道を照らし導く女神の月と言われている。

『女神よ、勝利に導いてはくれないか?』

 そう月に頼むのは、悪いことではないだろう。ルディアシスは空に手を伸ばした。


『ちょっと、頼まれても月は持ってこれませんからね?流石に無理なんで』

 背後からヤジが飛ぶ。気分が台無しだ。闇に紛れ生き生きとした3人を睨む。どこにいるか知らないが。

『…さっさと動け』



 隣国のテントには休息のために戻ったボルデティオが待機していた。傷だらけだが、大きな怪我はないようだ。


『ルディアシス、手配をありがとう。

これで準備が揃ったな。あとは逆鱗が砕けるのを待つか、奴を落とすか…』


 鱗さえ剥がせれば、道は照らされる。


『あの!もし、逆鱗など無かったらどう…いたしますか?』

 若い兵は震える手を挙げ縋るような目で訴えた。


 この作戦はすでに全軍に通達された。疲労が強く現れた皆の顔に精気が戻り始めている。

 やっと見えた希望。それが失敗に終われば一度明るく照らされた道は閉ざされた瞬間に暗さを増す。


『この作戦が失敗しても次を探せば良いだけだ』


 ことな気もなくルディアシスは言い放った。

 モダーナリの人間は血の気が多いと彼らは言うがインダスパも大概だ。相手が倒れるまで殴り続ければ勝ちだと思っている節がある。

『ああ、そうだな』

 ボルデティオは笑った。そうだ勝つまでやれば良い。最初からそれしか道はない。


 元は同じ国だったもんなぁと両国の人間は思った。やり方が違うが根っこは同じ。両者ともに敵にまわれば面倒だ、今後も仲良くしたいと固く握手を交わした。



 戦場の魔物は大型のものはほとんど現れなくなった代わりに中型ほどの魔物が数多く出始めていると報告が上がった。

『これについては、我が国の責任だ…父、国王が魔物を追いかけながらこっちに来ているせいだ』

 ボルデティオはうんざりそうに言う。


 モダーナリの王は戦いを好む。ついでに自分が場を支配できないことは好きではない。待つが出来ない。

 国に出た魔物を追いかけるという大義名分を掲げここに向かったと連絡が入ったらしい。

『迷惑をかけるが、あれがいれば戦力は跳ね上がる。不愉快だろうが、ムカつくだろうが堪えて欲しい…』

 実の息子にここまで言われるほどの王とはなんなんだとインダスパの人間は困惑する。


 せっかく上がっていたモダーナリの士気が若干下がったような。戦力なら歓迎なのではと疑問が浮かぶ隣国の王は、どんな人物かと期待と不安が高まっていた。

 そして、その答えはすぐに分かることとなった。




 なにやらテントの外が騒がしい。魔物が現れたかと警戒しているとモダーナリの兵が飛び込んできた。


『ででで殿下!!王きちゃった!あの人連絡わざと遅らせたぞ!!!』

 到着予定より随分と早い到着にボルデティオは盛大な舌打ちを響かせた。



 モダーナリの王は大きかった。


 魔物と見間違うほどの立派な体格と溢れ出る魔力。支配者であることが当然であると思わせる出立ち。

 ルディアシスが挨拶しようと前に進み出たが、王の視線の先は空飛ぶ天災だった。


『行くぞ』


 これが勝手に来た人間が発した最初に出た言葉だった。場を乱すには十分な振る舞いだが、圧倒的強者には当たり前のようだ。

 

『相変わらずなんですから…丁度準備もできましたので行っても良いですが、死なないでくださいよ?』

 ボルデティオは心配というより死なれると面倒だとはっきり伝えた。


『あい、分かった。では死んでも死なぬ』

 行ってくる。そう言うと兵を引き連れ走りだした。これが常に死を背負う国に生きるものの強さかとルディアシスはこの光景を目に焼き付けた。



『では、我々もそろそろ行こうか。

全軍用意は良いか!!行くぞ!』



 テントの周辺は風が吹く音だけが聞こえる。


『モダーナリの王が参戦し、先ほど全軍戦地に進軍。天災は変わらず空にてアシェルとデュオ両名と交戦中。

これより逆鱗破壊作戦を開始します』

 城へと連絡を入れ、ルディアシスは息を吐き出した。

 恐ろしいほどの静けさ。こんなに落ち着く時間があるとは思いもしなかった。


 かさっと小さな音と共にテントの上に人が立つ気配。その場所が一番よく見えるらしい。


『よく見て記録を残して欲しい。100年後のために』

 返事はなかった。

 1人何もしない影がいる。彼は口も出さず手も出さずただ見る係だ。全てを余すことなく裏も表も全てを見て記録する任務が与えられている。

 途中に誰かがその記録を確認することはない。彼の記録を見るのは次の時代に生きるものだけ。



 ルディアシスは、影と一緒に月の光を浴び戦う彼らの様子をしばらく眺めたあと黒い炎に焼かれた負傷者の治療に向かった。





『ふん!大きいのはいないのか!?』

 モダーナリの王は不満を並べながら魔物たちを一掃していった。つまらんつまらんと呟き剣を振るう姿は恐ろしく、魔物のようであった。

『残しておくわけないでしょう!?勝手に来て文句言わないでくださいよ』

 ボルデティオは作戦のために兵を配置しながら、負傷者の手当てや魔物を片付けていた。

『久々に剣を握れたんだ。文句くらい言わせろ!

おいっそこのもの!引くな。引くならこの場で死せよ』

 相変わらずの理不尽ぷりに、これを玉座に縛りつけた先代に感謝した。王でなければ罪人になりかねなかった男は戦場によく似合う。


 モダーナリの兵たちは前に魔物、後ろに王の背水の陣で挑まされ精神的な疲労がひどい。魔物の方が罵倒がない分まだ可愛げがあるくらいだ。


 しかし父のおかげで配置が予定より早く終わったな…

 感謝したくはないが。はぁ…




 全ての準備が整い、合図を送る。

 いつでも逆鱗を壊して良いと。



『あー合図来たー早かったねー。どぉー?いけるー?』

『場所は分かったが、どう割るか…』


『一瞬暗闇で覆いますか?』

 知らぬ間に来ていたルーズに2人は驚く。薄く暗闇を纏って空まで飛んできたと言う。戦闘経験が少ないくせに、やり方が上手いなと感心しかない。


『…そうだな。私たちごと、いけるか?』

 ドラゴンだけでなく空を包むように3人も暗闇に入れば、墜落させずにそのまま素早く割れる。


『じゃあーいっせーのせで、いこっかー?』



 いっせぇーーのーー…


 せっっ!



 ルーズは暗闇を広げ、アシェルは足元に、デュオは天災の目の前に移動した。


 混乱するドラゴンの動きが止まる。


 真っ暗な暗闇の中、アシェルは目を付けていた虹色に光る黒曜石のような一枚の鱗を正確に狙い撃った。



 素早く二撃。

 加減などせず全力の一撃を打ち込み、すかさずに剣を振り下ろす。



 小さな線がいくつも走り、やがて…割れた。



 アシェルが手応えを感じたと同時に天災は激昂し空中で邪魔な虫を踏み潰した。


 怒りに身を任せた一撃にアシェルの防御は砕かれ全身に強烈な衝撃が襲った。

 力を振り絞り光を放った。逆鱗を壊した合図を送った。


 光が見えたルーズは暗闇を解除した。

 

 霧が消えると首を激しく振り叫び続ける天災と血を吐きながら落ちていくアシェルの姿が見えた。


 ルーズは回復薬を咄嗟に口に含み、落ちるアシェルを空中で抱き止め薬を飲ませた。鼓動を確かめると弱々しくだが、とくとくと音が聞こえる。

 頭上からデュオから行け!と指示を受けそのままテントへと飛び去った。


 デュオは予想していたように、天災に向かって叫ぶ。


『相手はこっちだ!!来い!!』




 だが、ドラゴンは目の前のデュオが見えていないように黒い炎を撒き散らしながら風を巻き起こし、爪を振り下ろす。



 地上では結界を張り待ち構えていたが、先ほどと比べ物にならない猛攻撃に結界が耐えられそうにない。


『何がどうなっている!?』

 

『逆鱗は壊されました!!!今デュオさんが上にいます!!』

 モルデティオの叫びにルーズが答えた。その肩にアシェルを担ぎながら。ありえない光景に絶句するが、王が『我が国の魔法士を頼んだぞ!小娘!!』叫んだ。強い目で頷き飛び去った。


『あの娘が弟子だろう?あれはいいな。よし。トカゲを落とすか…』



 王は大きな槍を手に構え、空に向かって放った。




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