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『シヴァン様初めまして私…『私は男爵家の、『シヴァン様…!』
テーブルと椅子が魔法具によって収納された途端に、大勢の令嬢が押し寄せてきた。
ほとんどがシヴァン目当てのようだが、中には貴婦人も。こちらはキーラ目当てのよう。
『すごいですね…』
伯爵たちに助け出されたルーズは、家族たちのモテようを遠巻きに見ていた。
『彼らは身分も高い上に生存率が高いからねぇ…人気なんだよ。それに記念に話したいというのもあるのだろう』
シヴァンはルディアシスとともに文官として後方部隊になっている。高位貴族は前線に行くことが多いため余計に貴重度が高くなっているそう。
普段なら下位の貴族は後ろにいるしかないが今日は爵位に関係なく話しかけても良いとなれば仕方ないことのようだ。
群がる集団から『元平民が…』と囁き声が聞こえたのも仕方ないことだろう。相手の顔は覚えておくが。
みんな大変だな、と辺りを見渡すと別の爵位が高そうな女性たちの塊を見つけた。輪の中心はルディアシス。無礼講とはいえ王族には誰構わず突撃するのは難しいようだ。
サフィールは騎士団たちや男性に囲まれているが、女性も輪に加わり鋭い視線で会話をしているのが見える。前線に行くと宣言した彼女の場合は仕事が優先のよう。
アリナーデ様は大丈夫かな?
王と王妃の間に美しく置かれた人形のようにアリナーデはいた。可愛らしいのに冷たい笑顔で、ルーズの知らないお姫様。
なんか、すごい仕事してる…初めて見た…!
そう言えば忘れがちだが王族はとても高貴な方々なので、貴族に遜ることをせず凛としそこにいる。そんな立場だった。
戦いに出ないお姫様に勘の悪い貴族は、国王は妹姫を次の王にするつもりだ…と囁く。
つまらない妄想に付き合う気のないアリナーデの冷笑はとても王族らしく、より噂に拍車がかかる。
早くモーちゃんたちに癒されたいわ
モーちゃんとは離宮で育てられている愛らしい4匹の魔物たちのうち最初に出迎えた一匹の名前。アリナーデの頭の中は可愛いペットたちのことでいっぱいだった。
最近少し肥えてしまったモーちゃんたち。学者のおじいちゃんに嗜めらてしまって姫は、実は今ちょっと落ち込み気味。そんな姫の考えなど、挨拶と探りに来る貴族たちには全く伝わっていない。
賑やかな広間は、皆が皆迫り来る恐怖を無理やり押し込め笑い合うそんな雰囲気があった。明日戦いに行くことになったら今が最後かもしれない、だから優しく微笑みあい抱きしめて今を過ごしていた。
静かに家族と恋人と過ごす貴重な時間を、ただはしゃぎ回る集団が目についた。彼らは数代前に商売で財をなし貴族になったものたち。
魔力量が足りないため戦いには出ないと聞き、それは貴族として肩身が狭くないかと心配したが杞憂だったよう。
戦えないものを無理に戦わせてもかわいそうだ、とルーズは彼らを視界から外した…が少し遅かったようで目が合ってしまった。気付かないふりをして無視をしたのだがだめだった。
『ちょっと、あなた元平民なんでしょ?なのに戦いに行くらしいじゃない。
可哀想ね』
けらけらと笑う派手な髪飾りをした女性からはお酒の匂いがする。酔っていたとしても成人貴族としてあり得ない発言に眉を顰める。
『戦うことの意味も分からない人の方が可哀想ですよ?』
戦いに行くことが可哀想?意味が分からない。
戦いに行きたくても行けないアザンダを思い出した。彼女は戦場にいかずとも共に戦うと言っていた。
戦いに送り出す方も共に戦っているのだ。ルーズは戦うための力がたまたまあっただけ、だから自分で戦うことを選んだ。
戦わない人間に憐れまれる理由などない。
『この場にいる人間は、戦地に行かずとも共に戦う仲間です。
あなたは貴族なのに戦わないのですか?
戦わずしてなぜ貴族なのです?』
突っかかってきた彼女の後ろに、先ほど元平民だと笑った女性の顔が見える。この彼女と家族なのかもしれない。どうでも良いが。
『な!私は!あなたよりちゃんとした貴族です!
貴重な血筋だから血が守られ、戦わなくても良いのです!』
…は?何を、言った?
この言葉を聞きルーズは焦る。王族2人が戦地に行くのだ。なのに戦場に行かない自分の血は尊いと言うのは、王より偉いと言ったのと変わりない。近くにいた人たちも眉間に皺を寄せた。
困ったな…ルーズは言葉を選びながら彼女たちがこれ以上大変なことにならないよう話す。
『あなた…どこの家か知らないけれど、それ以上喋ると。お家なくなるわよ?』
ルーズは親切心からの言葉だったが、焦りすぎたせいでいつも以上の真顔での忠告は普通に脅迫だった。
元平民といえど公爵令嬢直々に家をなくすと言われたと思った彼女は、急に酔いが覚めたちまち足が震え出す。それを見たルーズは満足そうに笑った。
『やっと自分が何を言っているのか意味が分かったのね、よかったわ。
自分の立場をちゃんと知った方が身のためよ?いい?戦うことができるのは力があるの。ないものは静かにしてなさい』
貴族として矜持はルーズの方があるが、貴族としての歴は彼女のほうが上である。ルーズの言葉は貴族的に聞くと"立場を弁えろ、自分の持つ力で潰すぞ?"だ。もちろんルーズにそのような意図はないが、貴族にはこう聞こえる。
恐怖が許容量を超えた彼女は一礼し髪飾りを振り回しながら走って消えた。ルーズはやれやれとため息をついたが、見ていた人たちはただただルーズに恐れを抱いた。
少し離れたところでそれを見ていたキーラは、女性特有の話し方を誰かに教わってもらわねばな…と考えたところで普段付き合いのある婦人方が面白そうに今のやりとりを見ているのに気づいた。
わざと、だ。彼女らはルーズをわざとああ育てたのだと知り、戦慄した。
王たちは楽しそうに全てのやりとりを見ていた。
『皆、今日はよく集まってくれた。
ここに来るまで色々な思いがあったであろうが、ここにいることこそが其方らの勇敢なる意思と、しかと受け取った。
どこにいても我らは共にある。
今宵は笑い合おう。そして今日という日を忘れるな』
王の言葉のあと晩餐会後のパーティーは夜遅くまで続き、皆が笑い合い楽しい時間を目一杯過ごした。
ルーズは、帰り道もうすぐ丸くなりそうな月を見上げながら今日という日を楽しい思い出として忘れないだろうと思い返した。
魔法士団のみんな、騎士団、いつもは使用人として働く人たちと立場の垣根を越え友人のような時間を過ごした。中央都市で出会えた人々、全員と……全員?いや、全員ではないな、と思い出した。
『あ、そう言えばギル…『気にするな』
そう言えば本部ギルドの人達がいなかったな、と思ったが聞くなの圧がキーラから漂っていた。生きているはずだが、大丈夫だろうか…
『生きているから気にするな』
…何も言っていないはずだが。
まぁ、じゃあ良いか。ルーズは気にするのをやめ、明るい月の光を眺めた。
それから2日後の朝方、知らせがきた。
パーティーの疲れもすっかり取れた頃だった。ルーズはぐっすり寝ていたところ胸騒ぎがして目覚めた。
はっと起き上がり、辺りを見渡すが何もない。
息苦しいような、走り出したいような不安定な言い得ぬ気持ち悪さにシーツを握り締め、息を整えるのに精一杯な状態だった。
不安に押し潰れそうな時、天井からタナーが現れた。『天災が目覚めた、と連絡がありました』と耳に入るが、彼女の怖いくらい真剣な眼差し以外の情報がすり抜けていく。
『ルーズ様…!』
あまりに恐怖に囚われているルーズに、タナーは呼びかける。だが視線は合えど心が消えている。
『ルー…『近づいてる』
ルーズは突然空を見上げ寝巻きのまま窓から飛び出した。
『ルーズ様!』
タナーは追いかけるべきか悩み、外にいた人間にルーズを託し自分は知らせに走った。
次の更新は来週になります。